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48.藍水、知らない自分の嗜好に気付く

「なぜ笑う?」


 ナンダが怪訝な様子で俺にたずねる。


「凄い魔法が見れて、それを耐えきり、その使い手にほめられたから、かな」


「勝ち目がなく、自身の無力さに笑うしかない、というわけではない、と?」


「そいつはもう、経験したんでな」


 勇者という強大な敵。

 どう頑張っても勝ち目はなく、結果的に俺は負けてしまったのだ。

 魔王様の敗北という形で。


「なれば、勝ち目はある、と?」


「ああ」


「ほう……ならばやってみせよ。もう時間と機会はあまりないぞ」


「ああ」


 俺は剣を納刀した。

 そして、暗黒剣ダークエッジを再発動し、調整する。


「我は遠慮せずにやらせてもらうおう」


 十本の首がうねうねと動き、一斉に突進を始める。


 集中。

 雑念にとらわれず、ただ剣を抜くことに全てをかける。


闇氷咲やみひざき一刀流“闇凍土”」


 魔力が鞘に込められ爆発する。

 射出された剣の柄をとり、剣を抜く。

 腰を切り、足を踏み出し、師に教わった最速で抜刀。

 鞘から抜き放たれた剣は“暗黒剣ダークエッジ”によって十メートル以上の刀身となる。

 神速のまま振られた剣はまずは横薙ぎ、跳ねるように袈裟斬り、下からの切り上げ、最後に逆方向の袈裟斬り。


 そして、納刀。


「……駆け抜ける闇の如し、この我が動くこともできぬ、とは」


 ナンダは蛇の顔で笑った。


「魔界の剣魔に教わった神速の剣、それを巨大化した暗黒剣ダークエッジで使った。この剣に斬れぬものなく、またこの剣の届かぬとこなし」


「一つ聞きたい。なぜ、それをはじめから使わなんだ?我を一刀のもとに切り伏せていればかような傷も負わずにすんだろうに」


「ずっと見ていた。一つ一つの首の動き、その突進の方向、速さを。そして、俺がなるべく少ない手数で斬れるタイミングを探っていた」


「剣を振るに値する刻を探していたか。なるほど納得した」


「辛いなら介錯するが?」


「無用ぞ。もう事切れる寸前ゆえな。我が消えしあとは、残った物はお主のものだ。討伐証明でも記念品でも好きなように使うとよい」


「ありがたくいただこう」


「そうしてくれ。ではさらばだ。魔界の勇者よ」


 ナンダの目が閉じられ、息が止まった。

 そして、全ての首がずり落ち、重い音をたてて地面に落ちた。


 その亡骸は見るまに、青白い魔力光になってきらきらと洞窟に拡散し、ゆっくりと消えていった。


 最後に、ナンダがいた場所には金属のような光沢を持つ鱗が一枚残っていた。

 俺はそれを拾って懐に入れた。


「帰るか」


 出口に向けて俺は歩きだした。

 あの螺旋状の通路を登っていかなければならない、とうんざりしながら。



「もうすぐやな」


 昇る朝日を見ながら、タリッサは呟いた。

 残っているドアーズの面々に緊張が走る。


「……ギアさんは帰ってきます」


 約束したから、とリヴィは祈る。


「もし、時間になっても帰って来なければ、あんたらはウチについてきてもらうで。報酬も払うし、リオニアスにも帰す。それは確約するで」


「師匠は……どうすんだよ」


 感情を押し殺したバルカーの声。


「もし死んでいるとしたら、置いていく」


「連れて帰らねえのか!?」


「ウチの見立てではあのダンジョンは二級パーティ程度の実力がない、と踏破できへん。ウチはともかく、あんたらがどうにかできるとはおもえへん」


「ボクは、たとえ死んでもギアさんを連れて帰るよ」


「死ぬなんて簡単に言うたらあかんで」


「簡単に言ってると思う?」


 タリッサとドアーズの間に緊張が走る。

 今にもどちらかが武器を抜いてもおかしくない。


 ダヴィドだけは第三者の視点で両者を見ている。

 三人でかかっても、タリッサは倒せない。

 それが彼の意見だ。


「あー腹減った。リヴィ、何か食べるものはあるか?」


 それは緊張した空気の中、普通に入ってきた。

 どかりと座り、焚き火にあたり首をゴキゴキとならす。


「しんどかったぜー、バルカー、肩もんでくれよ。あと、ポーザ、飲むものはあるか?酒以外で」


「ギアさん!」


「師匠!」


「リーダー!」


「なんだよ、みんな泣きそうな顔で。あれか?タリッサが飯を食わせてくれなかったか?」


「違うんです、ギアさんがちゃんと帰って来てくれて嬉しいんです」


「約束、したからな」


「はい」


「こうやって、すぐ二人の世界に入る」


「師匠とリヴィエールってすげぇよなあ」


 ポーザとバルカーが顔を見合せていると、タリッサが近付いてきた。


「さっすが、ウチのみこんだ男や。どや?ダンジョン踏破の証明はあるん?入り口でずっと震えてたなんて言ったら承知せえへんで……!?……」


 喋っていたタリッサが気づいたときには、彼女の鼻先に俺の剣の切っ先が見えていた。

 神速の抜刀術で抜いた剣は、タリッサでは見えない。


「べらべら喋るな。……一つ聞こう。お前の返事ははい、か、いいえだ。ダンジョンボスが十本首の名前付ネームドきの大多頭蛇ラージヒュドラだと知っていたか?」


「え!?」


 十本首の名前付ネームドきの大多頭蛇ラージヒュドラ

 それは一級パーティ、確実を期すなら英雄級冒険者パーティが戦わねば倒せない相手だ。

 それを、一人で倒した?


「返事をしろ。タリッサ・メルキドーレ」


 タリッサに向けているのはまぎれもなく殺気だ。

 いい加減な返事をした瞬間に、剣はタリッサを貫く。

 隠し持っている道具アイテムもご自慢の自家製弩を放つ間もなく、突き刺す。

 それがわかったらしい。


「いいえ、知らなかったわ」


 とタリッサは素直に答えた。

 俺は剣を向けたまま、じっと見つめる。


「そうか。本当に知らなかったようだな。今回は許してやろう。だが、次に同じようなことをすれば」

 

 チン、と神速で納刀する。


「わかるな?」


「も、もちろん」


 ここにきて、俺とタリッサの立場は逆転した。

 俺が力を見せつけたからだ。


「討伐証明とか言っていたな。これならどうだ?」


 俺は懐から、ナンダの鱗を取り出す。


「大きい鱗やな……十本首まで成長した多頭蛇ヒュドラのものと言われてもなんの違和感もあらへん……それにずいぶん硬い……これ!?」


「なんだ?やらんぞ」


「これ、天然のオリハルコンや……超希少金属や、この大きさなら貴族の位も買えるで、ホンマ」


「売るつもりはない」


 そう伝えて、俺はナンダの鱗を取り返し、しまう。

 もっとさわりたかったわー、と呟いているタリッサはとりあえず無視する。


「よくみるとギアさん傷だらけじゃないですか!?」


「うお!ホントだ。大丈夫かよ、師匠」


「心配ない。すぐ治る」


「いや、ボクが応急措置をするよ」


 ナンダとの戦いでついた傷を仲間たちが癒してくれる。

 正直言うと、内臓のダメージが一番酷かった。

 二回も多頭蛇ヒュドラの頭突きをくらったのだ。

 並みの人間なら昏倒しててもおかしくない。

 半分とはいえ、魔人の血を引いていることに今は感謝している。


「これで、俺たちの間にはなんのわだかまりもないわけだ」


「せ、せやね」


「で、渦をどうするつもりだ?」


「それは」


「ギリアの錆姫」


 タリッサの顔が青ざめる。

 そして、ダヴィドの顔も。


「ウチも気付いたのは今朝になってからや。どこでそれを?」


「お前に言う義理はない」


「……今までウチにそんな口の聞き方した奴、おらへん……なんか、この、こう目覚めそうや」


「なあ、この姉ちゃん、やばくないか?」


 しなしなと崩れ落ちたタリッサを見て、バルカーは眉をひそめた。


「仕方ないよ。リーダーだもん」


 ポーザの言に、リヴィもうんうんと頷く。


 とりあえず話が進まないことがわかった。

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