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46.大蛇の巣窟、錆の夢

『この先、二級ダンジョン“大蛇オロチの巣窟”。冒険者ギルドが認定していません。危険、注意!』


 と書かれた看板が地下にあいた洞窟の入り口に置いてあった。

 たぶん、タリッサの置いたものだろう。

 大多頭蛇ラージヒュドラを倒しつつ建てたのだろうか。

 手先が器用なのか、余裕があるのか。


 ダンジョンが危険な場所、地域だというのは周知の事実だ。

 しかし、その危険が魔力によって引き起こされる場合、その危険度は更に増すことになる。

 ダンジョンのボスの発生だ。

 ダンジョン内を巡る魔力が、そこに住む者に蓄積されることにより、それがボスへと変貌するのだ。

 それは、人だろうが、動物だろうが、魔物だろうが変わりはない。

 ボスはダンジョンの維持を目的として動くようになり、変化前とは桁違いの力を持つようになる。

 逆に言えば、ボスを撃破することにより、ダンジョンの魔力の大半を消滅させ、機能停止させることができる。

 長い年月をかけて、魔力が蓄積されるまで、そこはただの場所になるのだ。

 冒険者にとって、ダンジョンのボス撃破とダンジョンの踏破は、高位の魔物を倒す以上の名誉と褒賞をもたらす。


 その憧れのダンジョン探索を、まさかこんな形ですることになろうとは。

 俺は状況に、わずかに落胆しながらも、“大蛇オロチの巣窟”を歩いていく。

 出現するモンスターは、蛇頭の人型種である“蛇人間サーペンター”や体長1メートルほどの大蛇スネークボア、そして成長しきる前の小多頭蛇レッサーヒュドラなどである。

 どれも、俺の相手にはならない。

 天井からボトボトと蛇が落ちてくる罠部屋トラップルームなどもあったが、蛇にそこまで嫌悪感を持っているわけではないから、対処は容易だ。


 ぐるぐると螺旋状になって、下へ下へと進んでいく構造のこのダンジョンは、進んでいくうちに方向感覚が曖昧になっていく。

 そして、警戒心が緩んだところを、成長した多頭蛇ヒュドラが囲んで襲うのだ。

 一体一体は勝てない相手ではない。

 五本首なら二体でも余裕で勝てる。

 しかし、三体以上、もしくは六本、七本首の奴らが出てくると生身では厳しい。


 もちろん、暗黒鎧アビスアーマーを使えば問題はない。

 地上で戦った八本首だろうが、タリッサが爆死させた大多頭蛇ラージヒュドラだろうが勝てる。


 だが。

 魔王軍敗走から、一切のメンテナンスをしていない暗黒鎧アビスアーマーは各部の損傷がひどい。

 虎獣人のジレオンに砕かれた面頬、リギルードに貫かれた右肩、フレアに焼かれた手のひら。

 まだいい。

 まだ戦える。

 しかし、この傷がもっと大きくなり、損傷がひどくなり、鎧が壊れてしまえば、俺の切り札は失われる。

 鎧自体を修理すればいいのだが、鎧の本体は魔界にある。

 人間界に残ると決めた以上、簡単に帰るわけにはいかないし、簡単に帰れるわけでもない。

 そのため、俺は暗黒鎧アビスアーマーの使用をためらっているのだった。


 半日は過ぎたと思う。

 たった一人でのダンジョン攻略は、予想以上にしんどいものだった。

 多頭で連続攻撃を仕掛けてくる多頭蛇ヒュドラに、一撃必殺の攻撃を加える。

 やっているのは、それだけだ。

 むしろ、それだけしか有効な攻撃はない。

 蛇に格闘戦は通じないし、神速の抜刀術でも多数の首を斬ることはできない。

 それなら、力任せの攻撃で相手を怯ませつつ、的確に首を落としていくしかない。

 けれど、そのやり方では少なからず相手の攻撃を食らう。

 死ぬにはまだ遠い。

 だが、痛みと疲労は蓄積されていく。


 なんとか、多頭蛇ヒュドラの群れを潰し、安全を確保して俺は石壁に寄りかかり、休息を取った。

 行程的には悪くない。

 ダンジョンの九割は踏破し、ボスとその付近にいるのを倒せば目標クリアだ。


 ただ、俺が疲れすぎているだけだ。


 休息ついでに剣を見る。

 魔界ではありふれた、重量のある魔鉄鋼の剣。

 持ち主の魔力をわずかずつ吸いとって、自身の切れ味を保つ優れものだ。


「……錆か?」


 刃にほんのわずか、茶色いものがかさぶたのように張り付いている。

 錆びるほど手入れを怠っていたわけではないが、やはり海流に流されたりした時に、海水に浸かったのがまずかったかもしれない。


 朝にこのヤマタ島についてから半日、もう外では日が暮れたころだろうか。

 疲れたことを自覚していなかったが、休息をとるうちに自然とまぶたが降りてくる。



 夢の中だと気付く。

 なぜなら、さっきまでの石の洞窟とはまったく別の場所にいたからだ。

 それに頭がふわふわとして、物が上手く考えられない。


 俺の目の前に見えているのは一面の錆びた茶色。

 元の光景がどんなだったか想像もつかないほどの異様な場所だった。


 そこに若い女性がいた。

 錆びの中に埋もれ、それだけ錆びの無い矛に貫かれている。


 黒髪、黒い目、人形のような印象を与える顔。


「夢を通してお話できて嬉しいです。ギア様」


「ここは……夢か」


「はい。わたくしはナギ。ですがわたくしを“錆姫”と呼ぶ方もおります」


「それは、まあ随分な呼び方だな」


「でしょう?」


「……で、ナギさんの目的はなんだ?」


「目的と申しましても、たまたま魔力の波長が合っただけで、夢を通してでも他の方と話す機会が嬉しくて、それだけです」


「そうか。……こういう言い方が適切かわからんが、長いのか?この錆に囲まれた暮らしは」


「かれこれ三年にもなりましょうか。不思議なことに何も食べてませんのに死にません」


「そりゃあ、たぶん魔力が流れてきて、栄養素の代替となってるんだろうな。言いたかないが、そのやり方だともう長くはないな」


 本来摂取すべき栄養素を取らずに、魔力で補うというのは無理のあるやり方だ。

 持って一年……という言葉はさすがに言わなかった。


「それはわたくしもなんとなく察しておりました。実を申せばわたくしも、なぜこうなったかを理解できておりません。ですので対処もできないのです」


「錆ができるには、そうだな。鉄に海水をかけるのが手っ取り早い。塩水はすぐに鉄を錆びさせるからな」


「ではそれでしょうか。こうなる前に、この矛から海水を呼び出す方に襲われたのです。わたくしは鉄魔法と雷魔法を扱えますので、それで迎撃したのですが」


「……素人考えだが、鉄と海水が接触することで錆が発生する。雷魔法は海水に流れることでそれを促進したのかもしれない。で、あんたの頭の魔法野が二つの魔法を自動的に発動し続けているのかもしれない。で、その矛から海水が無限に供給されて……ああ、そうか。その召喚の際の余剰魔力があんたに流れて、魔法を発動させ続けているのかもしれない」


 頭がワケわからん状態になってきた。

 かもしれない、かもしれない、と言い続けるのは精神的に良くないな。


 見たままの姿から推測すれば魔法と海水を呼び出す矛が組合わさるという偶然が重なって、彼女は無限に錆を産み出し続ける存在になった、というしかない。


「偶然からこのようなものができるのですね」


「あんたは、ナギは助かりたいのか?」


「助かりたいです。身動きできない状態で、錆びた光景だけ見ているというのも気が滅入ります」


「気が滅入るだけですむのか?」


「はじめのうちは悲しみましたし、はしたなく叫んだりもしました。けれど状況は変わらなかった。であるならば、見苦しくないように冷静であろう、としているだけです」


「そうか」


「……あ、もう接続が切れそうです。あの程度の錆ではこのくらいですね」


 俺の剣についていた錆のことだろうか。

 こんな小さな欠片からこの会話に繋がるとは、やはり人というのは不思議なものだ、と俺は思った。


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