44.客観的とか相手の立場になるとか、俺には難しい、けど
「クキュルルル『あれが例の島です』」
ここ最近で、一番心地よく目覚めた朝。
アペシュが可愛い鳴き声で、それを教えてくれた。
見た目はなんの変哲もない島だ。
広さはアペシュより狭い。
砂浜があって、森があって、島の中心に山がある。
「ギアさん、あれ!」
リヴィが指差す先、森の中から煙があがっている。
「なかなか切羽詰まっているようだな」
「クルルルン『送りますねー』」
「おう、助かったよ、アペシュ」
「え、なんて言ったんです?」
「リヴィ、ダヴィド、飛んでいる時は気絶するなよ。安全のためだ」
「え?」
「どういう?」
「クルー!!『発射!!』」
アペシュのかけ声と共に、アペシュの背中に重力弾魔法が発動する。
本来は弾頭となる岩石を生成し、長距離爆撃を行う魔法だが、今回は俺たちを現場へ直行させるために使用してもらった。
アペシュの背中から空中へ移動し、自由落下と重力制御を組み合わせながら向かう。
「ギアさん、空、空!?」
「ギア殿、飛んで、俺飛んで!?」
「喋りすぎると噛むぞ」
落下の段階になると、現場の様子が見えてくる。
傷だらけのバルカー、後衛の位置にいるポーザ、彼女を守る小鬼や妖精などの使い魔。
向き合うのは、八つの首を持つ大蛇だ。
「多頭蛇!?」
ダヴィドの信じられないものを見たような声。
確かに、人間界では珍しいモンスターだ。
魔界では竜族の古き山に多く生息している。
「着いたらすぐ加勢する。準備はしておけ!」
「はい、ギアさん!」
「了解だ、ギア殿!」
俺たちは武器を構えながら、落ちていった。
この島にたどり着いたバルカーとポーザは、ギアたちと同じように水と寝床を求めて森をさ迷っていた。
幸い、洞窟とその中に清浄な湧き水があったために、休むことはできた。
「任されたから助けたけど、ボクはギアさんと一緒が良かったなー」
「……俺だって……師匠にやれって言われたら、どうにかしてたさ……」
うつむいたままのバルカーに、ポーザはうかつに声をかけることができない。
第一印象は、明るいバカ。
本当にバカみたいに周りにおかしなことを言って、先頭に突っ込んでいってバカをやって、みんなにやれやれと言われるタイプ、だと思った。
けれど、それは虚勢だったのだな、と気付く。
きっと彼の周りには、彼より弱く、彼より不安な者がたくさんいたのだろう。
その人たちを元気づけようとして、明るいバカを演じていたのかもしれない。
本当は、彼自身が誰より弱くて、誰より不安だったのに。
ギアに認めてほしいのは、その反動だろう。
強くて頼りになる人に認めてもらえれば、自分も強くて頼りになる存在だと思うことができるから。
けれど、現実は何もできない子供のまま、こうやって暗い洞窟でうなだれているしかできない。
そんなバルカーの気持ちをポーザは理解できた。
「ボクは……さ、わりと技術あるからさ。頼みやすいだけで、ギアさんが本当に信頼しているのはキミの方だと思うんだよね」
「ンなわけねぇよ」
「なんでそう思うの?」
「だってよ、師匠はいつまでも、俺を弟子と認めてくれねェ。本当に信頼しているなら、師匠と呼んでもいいだろ?」
「うーん、それはさ。ギアさんの出自の都合だと思うんだよね」
「あん?」
「キミも知ってると思うけど、彼、魔王軍の暗黒騎士じゃん?」
「……らしいな」
「今ではキミも、リオニアスの冒険者たちもそれを知ってて認めてる、んだよね?」
「ああ」
「でもさ。他の人はどう?街の人は?旅商人は?」
「……まだ知らねぇと思う」
「もし、最近まで、世界中を恐怖に陥れていた魔王軍の生き残りが、密かに街に入り込んでいたとしたら?」
「師匠は違う!」
「そう、ボクたちはギアさんがそんな人じゃないのを知ってる。でもギアさんの人となりを知らない人たちもいるってことをわかっておいた方がいい」
「師匠がいい人じゃないと、知らない人たち?」
「うん。そんな人たちにとって、やっぱり魔王軍の暗黒騎士って怖いよね?」
「……怖い、だろうな」
「でしょ?そこでもう一つ、想像してみて……魔王軍の暗黒騎士の弟子」
「俺のことか?……ああと、師匠のことを知らない、俺のことももちろん知らない、そんな奴らにとって師匠の弟子は、そのつまり……」
バルカーは想像した。
見知らぬ街に潜む、魔王軍の生き残り。
それは正体を隠して、街の中で暗躍しているのだ。
そんな暗黒の騎士には弟子がいて、彼の仕事を手伝っている。
「どう?」
「わかった。怖ェ、それは怖いことだよ」
「でしょでしょ?」
「そっか、だから師匠は、俺のことを考えて……」
「キミの評判とか、将来のことを考えてるんだとボクは思うんだけど」
「わかる。わかるけどよ、なんか水くせえよ。俺だって、子供じゃねえんだ」
「事情を知らない人たちに迫害されるのは怖いことだよ」
ポーザはギアに会う前のことを思い出しながら、ポツポツと語る。
「?」
「誰も何もしてくれないし、食べ物をくれたりしない、道端で寝てても怒鳴られたり、蹴られたりする。仕事をくださいと言っても追い返される。街の外に出ることもできない。辛くて辛くて、喉が乾いて、お腹もペッタンこで、涙も枯れてるし、目も乾いているから何もでないし、真っ青な空を見ながらこのまま死ねば楽かなーって思ったりもする」
「ひでぇな、ひでぇ話だよ、それは」
「他人事みたいに言わないでほしいな。だってこれ、つい最近のリオニアスでの話だよ」
「……え?」
心底、驚いた顔をバルカーはした。
ポーザの話は、彼女を不憫に思いながらも、どこかの遠い街の話だと思っていたからだ。
それが地元の話だと?
バルカーは信じられない。
「信じられない?嘘だと思う?本当だよ。本当の話だよ。ギアさんが助けてくれなきゃ、本当にボクは死んでたよ。夏のカナリア亭の前の道の真ん中でひからびて死んでたんだ」
「……夏のカナリア亭……知ってる」
バルカーも何度か行ったことのある。
美味しい肉料理が出るから。
人当たりのいい宿の主人がいるから。
でも、そんな人でさえ、ポーザを見捨てた。
「だからギアさんのことは、命の恩人だと思ってる。異性としても大好きだ。でも、リヴィエールちゃんの方をギアさんは見ているから、リヴィエールちゃんも応援する。ボクと結婚してくれるなら最高なんだけど、ギアさんが幸せなら、リヴィエールちゃんでもいい。ボクはそれでいい。ギアさんが幸せなら」
「お前……」
「バカやっててもいいよ。でもちゃんと考えた方がいい。自分にできること」
「ああ、ありがとな。俺より若いのに、すげェな、ポーザは」
「ふふん。女の子は男子より成長が早いんだよ」
ずるり。
会話に夢中になっていて、気配を探るのがおろそかになっていたことに二人は気付いた。
「やっちまった。警戒は怠るなって、師匠に言われてたのに」
「ボクも悪かった。哨戒用の使い魔だすべきだった」
ずるり。
ずるり。
ずるり。
ずるり。
洞窟の奥から響く、何かが這いずる音はだんだん近付いてくる。
やがて、その姿を見せる。
十六の赤いほおずきのような目。
それが二人を見ていた。
「ヤベェやつだ」
最近見えるようになってきた相手の力量を測る目。
それを見てバルカーはそう言った。
「多頭蛇!危険度2、四人以上の二級冒険者パーティで当たるべき、って怪物一覧に載ってた」
「有用な情報だな……」
「とりあえず」
バルカーとポーザは顔を見合わせて、頷いた。
「「逃げよう!」」
洞窟から脱出した二人を、多頭蛇は執拗に追跡し、森の中で捕捉され、戦うことになるまで三十分ほどだった。
そして、それは空から来る援軍が間に合うまで持ちこたえたことを意味していた。




