42.震える島
「硬い甲殻を持った相手に正面から戦っても仕方ない。相手の一番得意な戦法では勝てないからだ」
ならば、どう戦うか。
二足歩行の亀という存在しないものを、無理矢理魔力が成立させたこの亀魔獣は、本来の亀が持っていない弱点を持っている。
それは、頭の位置が高いこと。
そのために、バランスが悪いことだ。
素早く接近し、首をしめながら後ろへ落とす。
亀魔獣はあっけないほど簡単に仰向けになった。
そして、バタバタと手足を振り回す。
甲羅が重すぎて起き上がれないのだ。
「嘘、だろ?」
と、剣士が呆然とする。
まあ、今までギリギリの戦いをしていた彼にとって、こんな簡単な攻略法があることなど信じられないのだろう。
俺は亀魔獣の心臓に剣を突き刺し、とどめをさす。
魔力の影響を受けただけのこの亀には罪はないが、やらなければやられる、ことだけは俺は理解していた。
亀魔獣の目がドロリと濁り、手足が痙攣し、やがて止まった。
「大丈夫か?」
剣士はハッと気付き、頭を下げた。
「怪我はさっきの殴られた分だけです。深い傷ではありません」
「なら、良かった。助けた礼というわけではないが、ここについて何か知っていたら教えてくれないか?」
無人島にいる剣士。
何か知っているだろう、と俺は思っていた。
だが。
「すまん。俺もここについては何も知らない」
「なに?」
「俺はダヴィド。ギリアを中心に活動する冒険者だ」
「ギリア!?ここはリオニアだぞ?」
「リオニア!?」
俺とダヴィドは、それぞれの事情があることを察した。
「とりあえず、それぞれ話をしよう。近くに泉がある」
亀魔獣の亡骸から離れ、一夜を明かした泉まで移動する。
道すがら話をする。
リオニアとマルツフェルの間の海に発生した渦の調査と同行者が起こした爆発で、海に落ち、ここまで流された。
「俺は、仲間たちと一緒にある……ダンジョンを攻略していた。そして、そこの奥の……宝物に手を触れた瞬間、屋内に太陽のような輝きが発生した。そして、気が付いたらここにいた」
タイミングを聞くと、どうやらタリッサがアルゲースの眼をぶちまけた辺りのことらしい。
たぶんなにか関係しているのだろう。
やはり勇者関係者はとんでもない。
うん。
よく考えたら、勇者を含めて、あの関係者たちには迷惑しかかけられていない気がする。
上司と職場と住居と仕事を(物理的に)失ったのも勇者のせいだし。
そして、今は無人島で知らない剣士と一緒だし。
唯一の救いはリヴィがいることだけだ。
俺の隣にいるリヴィは、不安げな面持ちで泉を見ている。
俺も、リヴィも、そしてダヴィドも。
ほとんどの荷物がない。
携帯食料と武器以外は、海なりダンジョンなりに置いてきてしまったのだから。
幸い水は見つけたが、どうやって島を脱出すればいいかもわからない。
「この島を探索したいと思う。よければ仲間が見つかるまで同行しないか?」
ダヴィドを誘うと、剣士は頷いた。
「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。亀魔獣を倒した腕は信頼できる」
「よし、リヴィ歩けるか?」
「はい。大丈夫ですよ、ギアさん」
「俺たちの来た方向には海しか見えなかった。見晴らしのいい高台を探して位置を確認したい」
「わかった」
一人増えた旅の仲間と共に、俺たちは出発した。
森を歩き、傾斜を登り、高台を探す。
途中何度か、亀魔獣を見かけた。
積極的に襲ってくる様子は無かったので放置する。
「なぜ、お前は襲われたんだ?」
「……腹が……減ってな」
「うん?」
歯切れの悪いダヴィド。
「卵を……取ろうとしたんだ」
「……なるほど、それを見られて襲われた、と」
「ギリアでは亀の、特に亀魔獣の卵は高級食材でな。つい」
「つい、ってお前。それで襲われたら高級も何もないだろうに」
「でも、わたしわかりますよ。目の前に美味しい食べ物があったら、すぐ食べたくなりますもん」
リヴィがよだれをたらして言った。
「だろう?亀魔獣の卵はな、火を通しても白身が固まらないんだ。しかし、とろりと濃厚な味わいで一つ銀貨五枚で売れる」
「銀貨五枚!銀貨五枚のおいしさ……想像もできないです……」
「腹減ってる時に食べ物の話をするなよ、お前ら」
食の関係で意気投合したダヴィドとリヴィ。
ダヴィドも大人ぶってはいるが、まだ二十にもならないだろう。
リヴィよりも上、バルカーと同じくらいか。
ほほえましく見ていると、リヴィがこちらを見る。
「今度、ダヴィドさんが美味しい料理屋さんに連れていってくれるそうです。ギアさんも行きましょ!」
さっき知り合ったばかりなのに、さすがのリヴィのコミュ力である。
そんな話をしていると、地面に変化が現れた。
土がだんだんと固くなり、黒い石の地面が増えていく。
傾斜は坂になり、地面の黒い石も登りにくい。
「ここで滑るなよ。下まで真っ逆さまだ」
「はい」
「わかった」
ゆっくりと、確実に登っていく。
そして、たどり着いたのは360度開けた広場のように整地された場所だった。
「頂上、か?」
「山では無かったが……」
「ギアさん!わたしたちの着いた場所見えますよ」
遠くに砂浜が見える。
漂着した船の破片が見えた。
「だな」
「俺の飛ばされてきた場所もあるな」
ダヴィドは森の真ん中あたりを指す。
そこだけ、森の中が開けていた。
俺たちのルートとダヴィドのルートが交わるところは、木が倒れているからわかる。
そこからここまで歩いてきたのだ。
六角形になっている広場からは、他の方向も見えた。
景観はほとんど同じで、砂浜、森、黒石の坂に続く感じだ。
「……ギアさん……なんか、動いてません?」
急にリヴィが怯えた声を出す。
「動く?何がだ?」
「なんか、地面が……」
「地面?」
「揺れて……」
ズン!と地面が揺れた。
「地震か!?」
しかし、何かがおかしい。
地震にしては、揺れが規則的なのだ。
何かが。
巨大なものが歩いているような。
「ギアさん……これ、島が」
リヴィが震えている。
そう、リヴィの言うように島が動いているのだ。
「聞いたことがある……海の上を歩く島。その正体は何千年もの年経た……」
ダヴィドが青い顔をしている。
その視線の先を見ると、巨大な何かがこちらを見ていることに気付く。
つぶらな瞳がじっと、見ている。
「亀、だと……」
「だな」
「ですね」
下にいた亀魔獣が赤ちゃんに見えるくらいの大きさの亀。
「この島自体が巨大な亀」
ダヴィドとリヴィの震えが増す。
「そういや、お前ら亀の卵がうまいとか言っていたな」
「あ!」
「む!」
「まずいよなー、卵」
「ま、待て!ギア殿、あの亀魔獣を倒したのは貴公ではないか」
「そ、そうですよ、ギアさん」
「亀魔獣を切り刻んだのはダヴィドだったか、確か“火球”で頭を燃やした奴もいたな」
「そ、それは自衛のためで」
「ひ、ひどいですよ、ギアさん!燃やせって言ったのはギアさんですよ!」
「クルルルウェ?」
巨大な島亀がこちらをじっと見ていた。




