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416.ギアとリヴィ

 精霊楽団の荘厳な音楽が鳴り響く、ラスヴェート神の聖堂で俺とリヴィはお互いの緊張した顔を見合って、それぞれ笑った。


 聖堂の中には客たちが入っており、主役たちの登場をいまかいまかと待っている。

 魔界の十七種族の代表、魔王の親族、個人的な友人。

 人間界から訪れた諸国の使者。

 多種多様な人種、生物、あるいは死者まで、この場に集まっている。

 それはいまだ例を見ないことだ。

 戦乱に明け暮れた魔界、そして魔王軍と戦った人間たち、本来なら憎悪がお互いを遠ざけ、すぐにでも大戦争が勃発してもおかしくない。

 しかし、そうならないのは魔王とその妻のことを、ここにいる全員が知っていて、そして負の感情を誰も持っていないからだ。

 恩義、忠誠、友情、その他にもいくつもの感情が主役たちに向けられている。


 結婚式はもうすぐ始まる。



 今朝のことだ。

 俺は侍従に起こされた。

 エルフの村からやってきた若者たちのうち、文官よりもこちらがいいと言った幾人かはこのように、俺の侍従になった。


「陛下。またお酔いになって、平服のまま休みましたね?」


 と怒られる。

 確かに昨夜はボルルームと楽しく飲んで、そのまま寝た。

 寝台に転がって、目を閉じて、もう寝てしまったらしい。

 ちょっと油断しすぎかな、とは思う。

 旅先では寝ていても変事が起こればすぐ起きて行動できる態勢でいるが、どうもここの奴らに気を許しすぎているのだろう。


「丞相閣下はもう起きて仕事なされてますから」


 ボルルームも結構飲んだはずなのにな。

 飲み方が違うのか。


 そのまま俺は連れ回された。

 しわだらけの(昨日から着ていた)服を脱がされ、湯浴みさせられ、髭を剃られた。

 自分でやると言っても、侍従たちは聞かないのだ。

 これが私たちの仕事です。

 仕事をとらないでください、とでも言うようにだ。


 湯浴みのあとは、今日着る服を用意してあったのだがこれも着せようとしてくる。

 自分で着るからいいと言っても、私たちの仕事を取る気ですか?みたいな態度を取られると辛い。

 無職というのは時に耐え難いものなのだ(私見)。

 それを考えるとちゃんと仕事をしているのを無下に断るわけにもいかない気がしてくる。

 あとは上着と細かな飾り付け、という段になってはじめて俺は解放された。

 起床してから実に二時間たっていた。


 そこにエリザベーシアが現れた。


「遅く起きたのですから、朝ごはんは我慢してください」


「むう」


 一食抜くくらいはどうってことないが。

 それはこちらの覚悟が決まっている場合だ。

 面と向かってごはん抜きと言われるのは、ほんの少し過去のトラウマが刺激される。

 子供のころは食事抜きなんて日常茶飯事だったな、そういえば。


「リヴィエール様は夜明け前から起きて準備されてましたよ」


「女性は準備が大変だとは聞いていたが」


「顔を見せていらしたらどうです?化粧も大方終わりでしょうし」


「わかった」


 私は寝ます、とエリザベーシアは去っていった。

 彼女は夜行性の吸血鬼である。

 乾きの女王として日光にはある程度の耐性はあるらしいが、やはり日中は辛いのだろう。


 エリザベーシアに言われたように、俺はリヴィのいる控え室に向かった。


「入ってもいいか?」


「大丈夫ですよー」


 扉を開けて部屋の中に入る。

 そこにいたリヴィを見て、俺は電撃に打たれたように立ち止まった。


「どうしました?……ギアさん?」


「リヴィ……きれいだ」


 偽らざる本心が口から出てきた。

 普段はこんな脊髄反射のような言動はしないのだが、あまりにもリヴィが美しすぎたのだ。


「いやだなあ、まるで普段のわたしがきれいじゃないみたいじゃないですか」


「い、いや!そうは言っていない。普段のリヴィもめちゃくちゃ可愛いし、きれいだ」


 化粧をしていた侍女が呆れたような顔をしていた。

 自分の言動を思い返して、俺は、そしてなぜかリヴィも真っ赤な顔をしていた。


「……あんまり、言われると恥ずかしいです……」


「う、うん。そうだな」


 咳払いをして、赤面をごまかす。


「ギアさんは、あのその準備終わったんですか?」


「あとは上着と飾り付け、だそうだ」


「わたしは」


 リヴィは真っ白なドレスを俺に見せた。


「ネックレスとか、ティアラとか付けるくらいです」


「そうか」


「お姫様みたいです」


「どちらかといえばお妃様なんだがな」


「確かに!」


 とかじゃれあってるうちに、俺は支度係の侍従に呼ばれた。

 そうして、上着と飾り付けをゴテゴテとされて、俺の格好は完成した。

 リヴィも花嫁衣裳を完成させて、二人で聖堂の控室に押し込められた。


 そして、その控室の前を客人たちが歩いていく音を二人で聞いてドキドキしている、というわけだ。


「そろそろですよ。ご覚悟は固まりましたか?」


 侍従が呼びに来た。

 二人で顔を見合わせて、そしてぎこちなく頷いた。



「新郎、入場!」


 厳かな曲に合わせて俺は一人歩みだす。

 先に新郎が入り、そして新婦は父親と共に入場し、父親が新郎に新婦を預ける、というのが式の始まりなのだ。

 が、リヴィの父親は亡くなっているので、代役としてグルマフカラ王が隣に立つことになった。

 グルマフカラ王は俺の縁戚というくくりで出席しているのだが、リオニア王国出身のリヴィの大きな意味での父親という解釈で王様がやってくれることになったのだ。


 俺は祭壇の前で、二人が来るのを待つ。

 ゆっくりとした歩みに、俺はいろんなことを思い出す。


 魔王軍を抜けた俺が、パリオダ鉱山の近くで出会った冒険者。

 それがリヴィとの出会いだ。

 彼女の仲間だったミスティの裏切り、盗賊団との戦いを経て、俺は彼女の住むリオニアスへついていった。

 そこへ、魔王軍の残党が攻めてきた。

 俺はかつての同輩と戦い、勝利した。

 そして、流れで彼女の家に住むことになったのだ。


 それからリオニア王国内の暗闘に巻き込まれたり、ギリアに行ったり、二人だったり、仲間とだったり色々なところに行った。


 深い仲になって、リヴィは学校に通うことになり、俺は依頼を受けて旅に出ることになった。

 それからお互い離ればなれだったけれど、リヴィの作った次元門を通して助け合ったりして、絆は繋がっていることは確認しあってた。


 俺は覚悟を決めて魔界に戻り、魔王となった。


 そして、プロポーズをして。


 あの異変が起こった。

 俺の主観では半年近くイグドラールをさまよい、そこかしこにリヴィの気配を感じてはいたが本人には会えないままだった。


 その長い旅を終えて、ようやく会えたと思ったら霊帝ラスボスだった。

 その戦いも長く続いたが、俺は約束通りリヴィを助け、救いだし、取り戻すことができた。


 そして、今日だ。


「ギア殿」


 グルマフカラ王が声をかける。

 俺は頷き、リヴィの手を取る。

 そして、二人で祭壇の前に立つ。


 本来なら、そこには司祭がいて誓いの言葉を宣誓するやり取りがあるのだが。

 立っていたのは「ラスヴェート?」と思わず声が出る。


「神に誓うのだろう?余でもよいではないか」


「いいか?いいのか?」


「わたしはいいですけど」


「病める時も健やかなる時も、互いが互いを支え合い、助け合うことを誓うか?」


「誓います」

「誓います」


「よろしい。暁の主の名のもとに二人の結婚を承認しよう。汝らの生涯に幸福あれ!」


 珍しく神様らしいことをして、ラスヴェートは笑った。


「ギアさん!」


 リヴィが顔を隠しているヴェールを指した。

 ああ、このヴェールをあげて、誓いの……。


 俺はなぜか震える手でリヴィのヴェールを上げた。


「リヴィ、愛してる」


「わたしも、ギアさんを愛してます」


 二人の唇が重なって。


 聖堂の中は拍手と歓声に包まれた。


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