414.十八が協力しあう時
「あ、起きた」
視界いっぱいにリヴィの顔。
嬉しそうな笑顔。
頭の下には柔らかな感触。
太ももだな。
ということは、いわゆるひざまくらをされている、というところだ。
「最高の目覚めだな」
夕方の優しげなオレンジの日差しがほとんど廃墟の本営に差し込んでいる。
夜空でない、ということは本営の異界化は解けたということだ。
「今日は休みでいいそうですよ」
「何ヵ月ぶりかな」
「ずいぶん長い間でしたもんね」
「そうだな」
あたりに人影はない。
勇者も神も魔人も吸血鬼も、ここから去ったようだ。
「わたし女神やめちゃいました」
「ん?そうなのか?」
「だって、まだまだ学生の身分で、花嫁修業もできてないし、色々やらなきゃないのに神様なんてできませんよ」
「あー、そうだよなあ。……じゃあ女神の力はどうしたんだ?」
イグドラール世界の主神の仕事は誰かがやらなきゃならないはずだが?
「ミスルトゥさんに押し付け……お任せしました」
押し付け、と聞こえた気がするが?
リヴィは本妻パワーとか言っている。
やけに楽しそうだ。
「そうか。まあ、あれならうまくやるだろ」
「なんか信頼してます?」
「仲間として、な」
「ふーん?」
「リヴィはずっと一緒にいてくれるか?」
「もちろん、と言いたいですけど卒業までは待ってくださいね」
「そうだったな。そういえば」
一度は神様になったのに学生だから辞めるとか、わけがわからない。
が、それだからリヴィだ。
「お腹すきませんか?」
「めちゃくちゃすいてる」
知ってるか?
俺自身の主観では、霊帝騎士団の拠点に攻めこんで以来、ノンストップで戦い続けている。
今、ようやく休んでいるし、腹がすいているのを自覚したところなのだ。
「ニコちゃんが復活記念料理大会を開くそうですよ」
「それは……元気だな」
ニコこそ復活したばかりで体ガタガタなのでは?
「料理してれば大丈夫!だって」
「ちょっと休めよと、言っておけ」
「そうですね。せっかく復活したのに過労死したら可哀想ですもんね」
ともかく、腹がすいて死にそうなことに気付いたので、俺とリヴィはご飯のあるところへ向かうことにしたのだった。
本営の、もう跡地といってもいい廃墟の広場ではニコがでっかい鍋でなにか作っている。
魔界にも支店を作る気なのか、魔人の料理人をこき使っている。
暗黒騎士隊と魔人部隊が片付けをしていて、ヴォルカンら業火軍団の奴らがとりあえずの簡易宿舎を建設している。
本営にやってきた客も多いから、その人たちの寝泊まりする場所も必要だろう。
宿舎になっていた貴族の屋敷もボロボロのところも多いしな。
なんでこんなに人間界からの客が多いんだっけ。
「あ、いました。隊長!ごはん食べてる場合じゃないですよー」
「アユーシ、隊長ではなく陛下だ」
暗黒騎士隊の隊長であるアユーシと、暗黒騎士であり丞相府付きの騎士であるイラロッジが俺たちに探していた、とやってきた。
魔人と獣人の混血であるアユーシは魔法が不得手だが、爆発的な身体能力を持つ騎士だ。
イラロッジは長年俺の副官を務めていた経験豊富な魔人の騎士である。
「おう、どうした?」
「リヴィエールちゃん、じゃなくて奥方様もいるなら一緒に丞相府(仮)に来ていただきたい、と」
「俺とリヴィ、二人でか?」
なんだろう、何か緊急事態か?
まあ、今が緊急事態なのは間違いない。
丞相府にはボルルームがいた。
「結婚式をやります」
「この状況でか?」
本営はボロボロだし、死者もいくらか出ている。
中止とまでは言わなくても延期もやむなし、と俺は思っていたが。
「この状況だからです」
いいですか、とボルルームは説明を始めた。
「魔王軍の本営が壊滅的被害を受けた状況は魔界全土に伝わっています。ですがなんでもない、魔王軍は問題ない、ということを見せたけるための結婚式であり、遷都です」
「結婚式に夢も希望もないですよ、それ」
リヴィが感想を言った。
「奥方様には申し訳ないですが、魔王軍は弱体化したことで一度、魔界に認められない時期がありました。同じ轍は踏みたくないのです」
それは人間界侵攻が失敗したあとのことだ。
魔王軍本営は内乱を勝ち抜いた吸血鬼軍に包囲された。
これは魔王不在の魔王軍は統治組織として認められていなかったことを示している。
当時の責任者だったボルルームとしては、それはもう二度と味わいたくないことなんだろう。
それはわかる。
「そして、この状況では人間界からの客人を充分にもてなせないのです」
「あー、そうだな」
そう。
人間界からの客が多かったのは、俺たちの結婚式に参加するためだ。
なるほど早くやって、早く人間界に帰ってもらわないと緊急事態の魔王軍が大変だ、と。
「幸運なことに、結婚式の準備はあらかた終わっていましたし、資材や食材は本営の外から届くことになってます。なので結婚式は問題なくできます」
「そうか。なら盛大にやるか」
「わたしも了解しました」
「では明後日にします」
「早いな」
「一日準備期間を置いて、一日式と宴、翌日解散。早いようですが準備は整っていると申しましたでしょう?」
ということで、その次の瞬間から魔王軍は目まぐるしく活動し始めた。
巨人軍が壊滅した本営に代わる会場を作り、エルフがそれを飾り付けしていく。
夢魔たちが夢を通じて式の開催を知らせ、海魔たちが食材などの運搬を行い、それを樹人と石人がサポートする。
ニコが宴の料理長に任命され、吸血鬼と不死の料理人が調理していく。
蜥蜴人と妖鬼と獣人の給仕が式と宴の進行についてミーティングをしていた。
ドラゴンと鳥人と虫が、その背に精霊の楽団を乗せて魔王軍の健在を大々的に知らせていく。
期せずして、魔界の十七種族と人間が協力しあっている光景が拡がっていた。
俺とリヴィは明日に着せられる衣装の合わせをしている。
「俺は軍服でいいだろ?」
「ダメでございます」
衣装係をまとめているエリザベーシアが笑顔で却下してきた。
そう言われても軍服か、旅用の丈夫な服くらいしか着ていないのに、それ以外の華美な服など見たことしかない。
「ダメですよねえ。ギアさん、いっつも同じ服しか着ないし。たまにはド派手な服も着た方いいですよ」
「その通りです。魔王たる者、威厳を保つのも必要不可欠!」
と、リヴィとエリザベーシアの仲がいいのもだんだん慣れてきた。
服は、まあこれから考慮していくことにしよう。
「結婚前夜というのはこういうものなのか?」
準備日となった日の夜、俺はすでに疲れきっていた。
もちろん、ここにいるみんながそれぞれの役目を果たして疲れてはいるのだろうが。
暗黒騎士時代には感じることのなかった気疲れだ。
魔王は魔王でやることも考えることも多いのだなあ、と思うことはたくさんある。
「こういうものですよ。私もあなたほどではないですが、こういうことをたくさんしましたから」
目の前のボルルームが笑って言った。
魔王と丞相という前に、最も古い友人同士という関係は変わらない。
そして、結婚というものに関してはボルルームの方が先輩になるのだ。
「めちゃくちゃ疲れた」
という俺の愚痴を友人は笑って聞いていた。




