405.反撃、そして開門
前衛が直接攻撃をし、後衛が補助回復、隙間があれば遠距離攻撃、というパーティ先頭の基本形で俺とリヴィは霊帝と戦っていた。
「攻撃力上昇特大、防御力上昇特大、攻撃速度上昇特大」
ステータス上昇系魔法を特大効果で三連発。
するとひよっこ冒険者でも勇者パーティに入れるくらいのステータスになる。
ましてや、魔王の俺が強化されればそれはもう魔王である。
「閻魔天、混沌の衣、獄炎華・朧偃月、暗黒鱗鎧」
それに加えて自前の強化魔法や能力を最大限まで使用することで、霊帝に追い付く。
今は、わずかだが全てのステータスが上回っているように感じる。
さきほど受け止められた超神速の抜刀術は、霊帝の知覚範囲を超えて、まともに攻撃が与えられるようになった。
通常攻撃の時点で神速を超えている。
この状態ならオリエンヌにも楽勝だったのにな。
「くうう、これは予想以上に!?」
霊帝が苦悶の声をあげる。
相手が苦しい時は、もっと攻撃をする。
暗黒騎士の常套手段だ。
「俺式闇氷咲一刀流奥義“奈落”」
一太刀一太刀が、超神速の連続抜刀術。
縦斬り、横斬り、袈裟斬り。
幾重にも重なる斬撃。
もう、よくわからないほどの連撃が、ついに霊帝に会心の一撃を与える。
斬撃の勢いに霊帝は吹き飛ばされ、玉座に突っ込む。
粉々になる玉座。
あれ、俺の椅子なんだがなあ。
霊帝は玉座の破片の中から立ち上がる。
「“体躯自動修復・極限”、“限界突破”、“物理ダメージ軽減・極限”」
三つの能力を使用し、霊帝は無傷の状態に戻る。
だが、ダメージを与えたことは確かだ。
霊帝の顔には怒りが見える。
「リヴィ、今のをもう一度やるぞ。手応えがあった」
「うん!」
「やらせるかよ。そもそも、リヴィエールの体は近接戦向きじゃない。それに二対一だ」
「“私の能力は一億ある!”とか言ってたのはどこのどいつだ?」
「黙れ。“守護者創造”、“能力付与”、“影模倣”」
霊帝の影がスーっと伸び、立ち上がった。
それは体格のいい男の影だ。
手に持っているのは一振の大太刀。
「どこかで見たような奴だな」
「ていうかギアさんのコピーですよ」
「本人はリヴィのコピーで、影は俺のコピーか。物真似が得意なんだな」
「おーい。あれは俺たちが戦った影だ。元の状態でも強かったぞ」
後方にいた師匠から声が届く。
「わかりました!がんばります!見ててくださいシフォスさん!」
リヴィがぶんぶんと手を振る。
シフォスとキャロラインが控えめに手を振り返す。
「余裕をかますのも、ここまでだ。これで二対二だからね。さあ、行くよ」
俺のコピーらしき影の守護者は大太刀を納刀した。
うおお、これはかなりの威圧感。
俺もこんな感じなのかよ。
これは怖い。
ピクリと影の守護者の右肩に力み。
本能的に抜刀が来ると脳髄で反応。
そういえば、俺の抜刀術は本職の居合使いに対抗するための、対抜刀術用抜刀術だ。
何を言っているか自分でもよくわからないが、そういうことだ。
抜刀術は奇襲性が高く、居合の技術を知っているかどうかで攻略難易度が大きく変化する、と魔王軍では判断されていた。
対抗策は主に三つ。
抜刀術より速い攻撃を加える。
抜刀術でも耐えられる装甲を得る。
抜刀術を覚えて対抗する。
俺が選んだのは三番目だ。
当時の俺は神速の攻撃なんてできなかったし、石人や亀魔獣の甲殻のような装甲は持っていない。
必然的に選べたのは三つ目だったわけだ。
“剣魔”と呼ばれた達人である師匠シフォス・ガルダイアは俺に抜刀術と抜刀術相手の戦い方をみっちり教えてくれた。
その教えが俺には本能のようにしみついている。
微妙な筋肉の動きが、抜刀のおこりとして見える。
そのおこりが見えたとき、どうすればいいのか考える前に体が動く。
神速の踏み込みで、相手の間合いに入り、柄頭を手で押さえる。
鯉口をきったばかりだと、抜刀の勢いが乗らないので充分な力が入らず、簡単に止められる。
度胸があれば誰にでもできる対抜刀術の一つだ。
ちょっと遅ければ抜き放たれた刃に斬られるけども。
そのあとの対処はいろいろあるが、せっかく間合いに入っているのだから打撃で攻撃する。
みぞおちに肘鉄、そのまま肘を固定して拳を動かし喉骨に打撃、その拳を突き上げてあごにアッパー気味の殴打を連続で加える。
人体の急所を連打されて、影の守護者は硬直した。
そこを蹴り飛ばす。
ぐるぐると回転しながら、影の守護者は玉座の破片に突っ込んだ。
あー、俺の椅子が……。
「え?え?え?なんで?あれは君の影のはずだよ。なんで何もできずに倒される?」
「さあ、なんでだろうな?」
「あれは完全な君のコピーだ。こんな簡単にやられるはずないんだ!」
「もしかして、お前、俺のことを舐めてねえか?」
「な、なに?」
「ああ、そうか。リヴィの記憶から俺のことを再現しているってことか。なるほどなあ、そうかそうか」
「なんなんだよ?」
「なんなんです?」
霊帝とリヴィが同じように聞いてくる。
「いやあ、俺もリヴィにはまだ見せてないところがあるってことだ」
師匠とのいざこざや、魔界での少年時代など俺を形成する過去のことについて、俺はあまりリヴィには話してこなかった。
それはある意味でのトラウマではあるが、同時に俺の肉体にしみついた技術の根幹でもある。
リヴィには言えない部分が、強さの根っこを形成しているのが俺ということになる。
「隠し事はなしですよ?夫婦なんですから」
「おいおい話すつもりでいたさ」
「……いつまで寝てる、起きろ」
霊帝は苛立ちをあらわにしていた。
それは影の守護者をたたき起こす様子からも見てとれる。
たたき起こす、というよりは蹴り起こす、という方が正確か。
「そろそろ倒すぞ。覚悟しろ」
この戦いは長く続いている。
戦いそのものもそうだし、戦いにいたるまでの話や試練が長すぎた。
俺なんて体感時間で半年くらい、イグドラールをさまよっていたからな。
師匠やキャロラインは終わらない極光の夜を生き延びるために戦っていたらしい。
長すぎた。
もうそろそろ終わりにしよう。
だが、霊帝はリヴィそっくりな顔で、そしてリヴィがしなさそうな気色悪い笑みを浮かべた。
「まだだよ。こんな簡単に終わらせてなるものか」
霊帝は口を開いた。
そして、一言“開門”と言った。
「何を!?」
「世界各地に置いた新たな世界への通路を強制に開いた。これによっていまかいまかと待ち構えていた天使たちがこの世界にやってくるんだ」
新たな世界への通路。
それは油のような光沢をした七色の金属でつくられた祭壇の姿をしている。
ザドキ墳墓にあったその祭壇から現れた中級の天使ドミニオンに俺たちは苦しめられたことを覚えている。
それが世界各地で?
「そんなことをしてなんになる!」
「いいじゃない。どうせ、この世界は滅ぼすんだ。延命案は君が蹴ったしね」
霊帝をリヴィだと思って一生を過ごせば、俺が生きている限り滅ぼすのを待つ。
というなんの解決にもなってない案を霊帝は出してきた。
まあ、そんなことは受け入れられるはずもなく、俺は拒否している。
玉座の後ろにも祭壇があった。
そこから現れたのは獣の頭部を持つ天使だ。
その天使は俺たちを飛び越えて、後方に向かっていく。
そこには師匠たちとイグドラール勢が退避している。
「まずい!」
助けに行こうと俺が動くと、それを止めるように影の守護者が斬りつけてくる。
「あはは。いいよ決着をつけようじゃない。その前に世界各地で天使が大暴れするだろうけどね」
醜悪な笑みを浮かべる霊帝に、今度は俺が苛立っていた。




