403.異世界からの援軍
「俺がここに来てから……二時間ほど、か?」
魔王軍の仲間たちに再会し、指令を下し、異界化本営に突入し、霊帝と戦っているから、そのくらいだろう。
「ならばイグドラールでは一月は立っています」
この世界とイグドラールは三百倍ほどの時間差がある。
一日こちらで立てば、向こうでは一年が過ぎている。
「一月もあれば再度、七つの北辰宮を攻略し、霊峰に四つの宝玉を納め、輝夜命に力を認めさせるには充分だ」
とオリエンヌが言った。
え、なにこいつら、世界を超える方法をもう一度やったってことか?
なんのために?
「あなたを助けるためですわ」
俺の思考を読んだかのようなミスルトゥは笑顔でそう言った。
「というか、そもそもみんな生きているのか?」
「もちろんですわ。オリエンヌさんはもとより、ロドリグさんはそもそも死んでますし」
アンデッドであるロドリグは確かにもう死んでいる。
しかし、オリエンヌに完全にやられたのでは?
「そんなの、霊峰のような魔力の濃いところじゃ、簡単に復活するゼェ!」
異様なテンションでロドリグは言いながら、また回転し始める。
アンデッドは強い死者の念と魔力が結びついて発生するから理屈としてはあっている。
「同じようにギシラスさんとアリアさんは“騎士”の不死性をいかんなく発揮して復活してますわ」
元とはいえ霊帝騎士団の団員だった二人は、オリエンヌの持つ神器“魔の大釜”によって与えられる不死性を持っている。
何度死んでも、経験値を捧げることでよみがえることができるという。
「ちなみに二人のことは私が鍛え直した」
「堕ちたるとはいえ“騎士の中の騎士”であることは間違いござらぬ」
「まったく、仇敵に指導を受けるなどとザレオルが聞いたらなんと思うか」
ギシラスとアリアが、それぞれの感想を述べる。
人格的に難はあれど、オリエンヌが優秀な騎士であり、理想的な指導者であることは間違いないようだった。
「その三人はわかった。で、ゴブリン二人とお前はどういう経緯でここにいるんだ?」
「ゴブリアさんとゴブールさんは、霊峰の戦いで確かに絶命しました」
そうだ。
オリエンヌに致命傷を与えて、しかし二人は奴の反撃にあって死んだはずだった。
「私たちは転生したのです。同じゴブリンに二人一緒に」
俺の知る二人のゴブリンの特徴を持つ一人のゴブリンは、よく知った口調でそう口にした。
「二人一緒に、転生?」
死んだゴブリアとゴブールの魂は共に、ゴーレン平野の巣穴に帰還した。
そして、生まれる直前のゴブリンの赤子に転生したのだという。
二人分の赤帽子の能力を持って生まれたそのゴブリンは超爆速で成長し、赤帽子のさらなる進化型である黒帽子となったのだそうだ。
そして、オリエンヌによる神への面会作戦への再挑戦に合流、一つの宮を解放したのだという。
「じゃあ、お前らのことはなんて呼べばいいんだ?」
「ゴブリアールで」
「ゴブリアとゴブールで、ゴブリアール、か。安直だな」
「安直上等です。ご主人」
「生まれ変わっても、俺に会いに来るとは奇特な奴らだ」
「それだけお慕いしているということです」
二人分が混ざって、なんか落ち着いた感じになっていた。
ゴブリアは狂信的すぎたし、ゴブールは冷静すぎた気がする。
足して二で割るとちょうどいい。
「わかった。んで最後、お前だ」
ミスルトゥは霊峰の地脈から魔力を引き出すために“接続”し、俺に魔力を供給したあと、そのまま地脈に取り込まれたはずだった。
「わたくしは地脈すなわちイグドラール世界と一体化したのです。つまり、あの世界のどこにでもいる、いわば地母神的存在となったのですわ」
「お、おう」
いきなり、地母神的存在と言われても面食らう。
「ここにいるのは分体です。わたくしの本体はイグドラールとともにあり、かの地を守り続けています」
「もし望まぬ選択であれば、俺は謝るぞ」
俺の申し訳なさそうな態度に、ミスルトゥは朗らかに笑う。
「エルフの教義は森との一体化ですわ。スケールでいえばわたくしの方が大きいのですから、これはこれでエルフ的には理想ですわね」
「……そうか。嫌でなければいいんだ」
エルフの理想をミスルトゥはかなえ、そして満足しているようなのでこれ以上は何も言わなかった。
「そう言えば、わたくし樹楽台に席を得ましたわ」
「それは凄いじゃないか。何番目なんだ?」
イグドラール世界におけるエルフの統治機構、それが樹楽台だ。
その中で指導者的存在なのが十二人の席持ちのエルフたちである。
「第五席ですわ」
「というと、ミトラクシア殿の次か」
と、俺はイグドラールで世話になったエルフの偉い人の名前をあげた。
好人物のようでいて、なかなか野心的なエルフの老人だったことを覚えている。
「そうですわ」
「……イグドラールの地母神的存在でも五番目なのか?」
なんかおかしいぞ。
そうなると、高位のエルフたちはイグドラール世界そのものより上の存在ということになるのでは?
「わたくしも参加して初めて知ったのですけれど、ミトラクシア様以上の方々はおそらく神レベルの存在ですわ」
「神レベル?それぞれ治めている世界があるということか?」
神の定義は色々あるらしいが、何かを司ったり、抜群の功績をあげたり、することが必要らしい。
そんな神と呼ばれる存在は、それぞれ自分の治める世界を持っている。
イグドラールは魔法の神からリヴィへ。
俺たちの世界はラスヴェートが治めている。
「はい。どうやらエルフの樹楽台は多元宇宙的機関らしくて、上位六席が固定で神的存在がつき、下位六席はそれぞれの世界のエルフの有力者が就任するようですわね」
「お前はイグドラールの地母神になったから上位六席の内に食い込めた、というわけか」
あまり知りたくなかったエルフの統治機構裏話である。
「そういうことなりますわ。そういえばわたくしの下は順ぐりにランクダウンしたのですけれど、ローリエ殿はギア様に協力した功績を認められて十二席に残留なさいました」
「それはめでたい……のか?まあ、礼を言っておいてくれ。あの石を渡してくれなければ道は開けなかったのは確かだ」
「ふふふ。ローリエ殿がギア様に石を渡したのもわたくしとしては運命だと思うのですけれど」
「相も変わらず、リーダー殿のまわりには色々な連中が集まるものよのう」
と、そんな俺たちを見て、メリジェーヌが笑う。
確かに、と全員が思う。
ドラゴンに、スケルトン、ゴブリン、エルフ、人間、魔人。
この本営の外には巨人、吸血鬼、獣人他多種多様な種族の者が集まっている。
そういえば勇者=エクリプスは天使だったか。
どうやら俺はそのようなものを引き付ける運命でも持っているらしい。
そして、多くの力を、一億とか言っていたか、集めてただ一人神の域に登り立った“霊帝”とは真逆の運命であるように感じた。
『それは、ギアさんが面倒なことに自分から首を突っ込んでいったから引き寄せた運命ですよ。わたしだって、それに引き寄せられた一人にしか過ぎないんですから』
その声は、目の前のリヴィの姿をした“霊帝”からではなく、俺の胸元で暖かい光を放つ銀の蝶の首飾りから発せられていた。
そうだ。
リヴィはここにいる。
霊帝はリヴィの見た目をした別物だ。
再び、闘志を燃え上がらせ俺は戦闘態勢を取った。
 




