400.魔王(本人)の帰還
なるほど、こうなっているのか。
と、俺は空を見上げた。
夜をそのまま閉じ込めたような黒い球体に、赤い刺々しい何かが侵食しようとしている。
異界化した本営に、新たな世界の赤い力か。
その本営のあった跡地には、エクリプスが瞑目したまま立っている。
その後ろには、エクリプスの配下である日蝕騎士団の面々が従っている。
ボルルームが魔王軍から抽出した救出部隊を突入させようとしているが、エクリプスには敵わないためにためらっている、という状況のようだ。
しかし、俺が帰って来たというのに誰も気付かないもんかねえ。
「陛下がご不在の今、魔王軍の統帥権は丞相が持つのが法です。私が臨時に指揮を取ると言っているのです!」
力説するボルルーム。
「暗黒騎士として、また丞相府付騎士として陛下不在の魔王軍を動かすのは反対です」
イラロッジが反対か。
暗黒騎士隊を率いさせているアユーシもイラロッジに賛成のようだ。
ヴォルカンは中立か。
まあ、あれはもともとサラマンディア家の私兵出身だからな。
俺に付き従うのが使命だと思っていそうだ。
魔人以外の種族らも静観のようだ。
わけのわからない事態での魔王軍の解決を通して、魔王軍と魔王その人の資質を量ろうとしているのかもしれないな。
「コール」
俺は魔王軍隠密部隊“影道”の隊長であるコールを呼んだ。
この影道はもともと四天王の一人ヨンギャが孤児を集めて作った私兵集団だ。
勇者一行の一人である“忍者”モモチの指導を受けているため、一人一人がかなりの実力を持つようになっていた。
まあ、イグドラールの赤帽子であるゴブリアとゴブールのほうが隠密的には上の実力を持っていたかもしれない。
まあ、こちらは数が揃っているから総合力では上だろう。
隊長のコールは緑の髪が特徴のハーフエルフ女性だ。
「は」
と、コールは俺の背後に現れた。
ゴブリアたちの気配の消し方に慣れていたので、出現場所は読み取れる。
モモチ>ゴブリア、ゴブール>コール達、という感じか。
「魔王勅命、現在周囲にいる魔王軍幹部、同盟軍の将軍を集結させよ」
「復命します。現在周囲にいる魔王軍幹部、同盟軍の将軍を集結させます」
「よし、行け」
コールがさっといなくなり、同時に付近にいた“影道”の隊員たちが動く気配がした。
それでさすがに気付いたのだろう。
ボルルームやイラロッジが俺の方を向いた。
見るからにホッとしたような様子だ。
だが、俺はその更に奥に布陣しているエクリプスを見た。
そして、近寄る。
「エクリプス、相手はお前以上か?」
「……はい。しかし止められる可能性があったのも私だけでしたので」
“霊帝”が新たなる世界の関係者であることはラスヴェートに聞いた通り、そしてエクリプスもまた偶発的にこちらに来たとはいえ新たなる世界の関係者だ。
「お前が向こう側につく可能性は?」
「無い、とは断言できません。ですが、私の中にいる七人が認めないでしょう」
もともと大して自由意思のない“天使”であるエクリプスが、自分の意思を持つようになったのは偶然出会った七人の冒険者の死だった。
その七人の意思や記憶をベースにして、エクリプスは、勇者は誕生している。
「よし、頼りにしている」
「お任せください」
そんな会話をすると、ぞろぞろと魔王軍の幹部たちが集まってきた気配を感じていた。
“明けの丞相”ボルルーム。
“宵の丞相”ツェルゲート。
丞相府付き騎士イラロッジ。
暗黒騎士隊アユーシ。
魔人部隊トリオラズ。
影道コール。
業火軍団ヴォルカン。
アンデッド統括ロイヤルスケルトン。
巨人鎮護軍団ガ・デオゴリアノ。
獣魔軍団狼人族ウェンデル。
海魔軍団アペシュ。
聖竜騎士ヴェイン。
それにスツィイルソン、バルカー、ポーザ、カレザノフ、エリザベーシア、ホイール、フォルトナ、深淵の夢の使者、イアペトス……。
イアペトス!?
「生きて?」
オリエンヌとの戦いでイアペトスは死んだはずでは?
「イグドラールに送った分体はな」
どうやら、世界を超えて助けにきてくれたのは分身したイアペトスだったらしい。
相変わらず規格外だ。
まあ、いい。
俺はここに集っている魔王軍の面々をながめた。
こいつらとは俺の体感で半年ほど会っていない。
懐かしい、とまでは、言わないがそれに近いものは、ある。
「まずは事態の収拾が遅れたことを詫びよう」
「陛下……」
「魔王軍は周辺地域の混乱を収めよ。暗黒騎士隊、両丞相府、及び付属騎士は日蝕騎士団と共に異界化した本営の警護にあたれ」
「ははッ!」
ほらな、方向性を与えればこいつらは動くのだ。
「ボルルーム。俺はあの中に突入する」
「でしょうね」
「生きて帰るつもりだが、もし俺が来なかったら」
「もしもの話はいりません。私たちは貴方についていきたい、と思っているからここにいるんです。もしそうなったらみんなバラバラになるでしょう。そんなこと、あなたは気にしなくていいんです」
「俺がいないとバラバラになるのか、お前らは」
ボルルームだけではなく、そこにいる全員が頷いた。
なんだよ。
簡単に死ねないじゃないか。
イグドラールと時間の流れがちがくて良かった、と思った。
数ヵ月も行方不明になっていたら、本当に魔王軍が解散していたかもしれない。
「それで突入するんですね?」
「ああ。中に“剣魔”シフォスとキャロラインが残っている。そして、おそらくリヴィも」
「師匠、その、ニコは……?」
バルカーが聞いてきた。
バルカーの妹、ニコもこの本営の中に取り込まれ、そしておそらく命を落とした。
ラスヴェートが言ったことなので、間違いはないだろう。
俺は首を横に振った。
バルカーはうなだれる、がポーザがその頬をバチンと張った。
「まだ助かる命があるんだから、あんたがもっとしっかりしないと、ニコちゃんがゆっくりできないでしょうが」
「あ、ああ」
「まったく、ドラゴンのとこで何を学んで来たんだか」
「おい、それはちょっと言い過ぎじゃねえか?」
「言い過ぎじゃないですぅ」
「なんだと!?」
と、夫婦ゲンカを始めた二人は放っておこう。
「俺が不在の間の指揮権はボルルームに委譲する。いいな、ツェルゲート」
二つの丞相府を置いたせいで、俺が不在の時に混乱をきたしたと聞いた。
緊急時にはやはり権力は一本化しないとな。
もう一人の丞相であるツェルゲートに確認する。
「了解しました。まあ、そもそもこんな昼間じゃ、私たちのような吸血鬼は役に立ちませんので」
「エリザベーシア、あんまり泣くなよ?」
「な!?泣いてなんかおりませんわ!」
と目を赤くしてエリザベーシアは反論する。
状況証拠が残りすぎて反論になっていないが。
「しかし、突入はどうするのだ?ドラゴンの攻撃でも侵入できなかったぞ?」
竜の最強の聖竜騎士ヴェインが興味深そうに聞いてきた。
「そんなことは決まってる。力ずくで穴を開けるんだよ」
「ドラゴンが出来なかった、と言ったぞ?」
「魔王ならできる」
有無を言わせない力。
それを持つのが魔王だ。
少なくとも俺は、その力を持っている。




