40.渦との邂逅
「出港準備ができしだい、遅くとも今日中に出発したいんやけど」
タリッサは下船するなり、そう言った。
その後ろで怪我をした船員たちが運ばれていく。
「それは構いません。積み込みは終わってますし、人員も問題ありません。けどメルキドーレさんが」
イッツォが準備完了を告げ、そしてタリッサのことを心配するようなことを言った。
しかし、タリッサはその言葉を遮る。
「ウチが休んでる暇はあらへん。もう手遅れになるかもしれへん」
「そこまで!?」
「せや、渦から錆だけやなくて、魔物もでてきよった。早急に解決せなあかん」
「わかりました。ドアーズの皆さんはどうです?」
「俺たちはいつでも行ける」
「なら早速、乗船や」
あわただしく出発の準備が進んでいく。
すぐに俺達は船に乗り、タリッサが乗る。
錨が巻き上げられ、係留されていた船は戒めから解き放たれ、海上を進んでいく。
緊張感を持ったまま、俺達ドアーズとタリッサは船室の一つに集まり、今後のことを話し合うことになった。
「まずは自己紹介からやな。ウチが依頼人のタリッサ・メルキドーレ。マルツフェル出身の海洋学者や。年は24やね」
ついさっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際にいたわりには、あっけらかんと元気な女性だった。
「俺はギア、今回あんたの依頼を受けたドアーズのリーダーだ」
「ギアはんね。さっきはおおきに、ほんま助かったわ」
「わたしは見習い魔法使いのリヴィエールです」
「魔法使いのリヴィエールちゃんね」
「俺は武道家のバルカー」
「うん?バルカー君……なんか嗅いだことのある臭いが……碧木?」
「ボクはポーザ、魔物操士です」
「へぇ……メルティリアの、やないんやな?あんたも含めて、なかなかおもろいメンツやな」
「それで、タリッサさんはこの後どうするつもりなんだ?」
「せやね、まず前提としてあの渦は何かが海水を吸い込んで生まれている、ようなんやな」
「海の底で何かが海水を吸い込んでいる?」
「確証はあらへんよ。そして、その何かから錆と魔物が出てきている」
「しかし、錆と魔物か。どうにも結び付かないな」
俺の知る限り、錆と魔物、ことに半魚人は関連がまったくない。
例えば鉱物系のゴーレムなどが錆びるというのならわかるのだが。
「まあ、そういうんのも含めての調査やな」
「調査の内容は?」
「その海域の水質検査はしたんやけど、渦自体の水質はまだやね。それに渦の中でいろいろ調べたいこともあんねん」
「おい、それはつまり……渦に」
「せや!屈強な冒険者さんが渦に飛び込んでくれれば!」
「なんでそうなる!」
「ウチな。結構多めの依頼金を冒険者ギルドに先払いしてんねん。ふふふ、スポンサー様に逆らえるとでも?」
「きったねえ、金か、金で脅すのか?」
「ウチこれでも、マルツフェル商人の血を引いてるさかいな」
とまあ、軽口の応酬をしているが実際選択肢はそう多くない。
やるか、やらないか、だ。
それになんだか、魔王軍のやらかしの後始末をすることになるような気がしている。
答えは結局、やるしかない、のだ。
それから二日かけて目的の海域へと向かう。
リオニア王国の領海の南端だ。
そして、そこにたどり着く前に渦は見えていた。
「総員戦闘準備……調査どころじゃないぞ、これは」
ゆっくりと渦巻く海。
そして、その流れに逆らうように泳ぐ半魚人の群れ。
「これ……もしかして、半魚人に氏族ができつつあるのかも」
おそらく百体単位で海の上を泳ぐ半魚人。
魔物操士のポーザが言うのならおそらく当たりだろう。
「ということは、だ。氏族を率いる上位種がいるということか」
ポーザが頷く。
足場の悪い船の上や水の上では戦いにくい。
しかし、そこは半魚人にとって最高の戦場だ。
かつて、魔王軍の一角を占めた海魔軍団の得意技が海を召喚して、最大戦力で相手を圧倒する、というものだった。
「うーん。ちょっと試したいことがあるんやけど、ええかな?」
「なにをするつもりだ?」
「これ」
タリッサが取り出したのはほのかに青白く輝く金属の球体だった。
見た目は子供が投げ合って遊ぶ球技とかで使いそうな球だ。
しかし、俺には見えてしまった。
その内に秘められた莫大な魔力を。
「よく、わからないが圧縮して迷宮化した魔力を積層化しているのか?」
タリッサの顔が悪そうに笑う形に見える。
「ふっふっふ。ギアさん、なかなか目がいいね。こいつはね“アルゲースの眼”というアイテムやねん。ちなみにウチの発明や。あんたの見た通り、魔力をできるだけ詰め込んで、その詰め込みそのものを呪文化したんや」
「魔力そのものを詰め込み、その型を呪文になるようにした、か」
控えめに言って天才の所業だ。
「で、こいつのここをポチっと押すと」
タリッサは“アルゲースの眼”についていた突起物を押した。
タリッサから少量の魔力が球体に移り、球体内部を駆け巡った。
そう自動化された魔法が魔力を得て、球体に刻まれた呪文を実行していく。
普通の詠唱による魔法の十数倍の速さで。
「おい、大丈夫か?」
「だい……じょばないかも」
「さっさと投げろ!」
「あわわわ、え、えいッ!」
タリッサは“アルゲースの眼”を投げた。
高く高く投げられた“アルゲースの眼”はきれいな放物線を描き、青白く輝きながら船のすぐそばにチャポンと落ちた。
「……おい」
「あ、あは。ウチ運動神経悪いねん……よく、それであいつにもからかわれてん……」
「……と、さすがに気に障ったようだな」
俺達のドタバタしている間に、半魚人たちがこちらへゆっくりと泳いできている。
ゆるりと包囲されている。
なまじ人の顔をしているから、意思疎通ができそうに思えるが、決定的に違う点がある。
目、だ。
一切の交渉を拒む目。
冷たい魚の目だ。
おそらくはこのまま戦闘になる。
そう、覚悟を決めたとき。
ビシリ、と異音が海の底から聞こえた。
音の発生源を探ろうと水面に目をやると、眩しかった。
「おお、思ったより明るいわ」
なぜか嬉しそうなタリッサ。
「おい、なんだあれは!」
俺の問いにタリッサはニヤリと笑った。
「アルゲース。古き旧き天の神と地の女神の子供。神にならぬ巨人の王、新たな世界の王に雷霆を授けしもの。で、それになぞらえて、圧縮して、圧縮して、圧縮した電撃魔法を詰め込んだわけやな」
「アホか、お前!そんなん海に放り込んだら」
「せや!この海まるごと電気でチンや!」
「俺らまで感電するだろが!!」
「へ?」
タリッサは、甲板まで水につかっていることに気付いていなかった。
だって、半魚人に襲われかけた船だぞ。
波しぶきくらいかぶるに決まってる。
「止める方法は?」
眩しさは、海面にまで到達し、海全体が輝いているように見えた。
「あると思うん?」
「ポーザ、バルカーは任せた!」
ある程度の実力はあるポーザなら、魔法防御力を高めるなどして耐えきれるだろう。
「わかった、任せてリーダー」
「リヴィは俺に掴まれ」
「はい、ギアさん!」
「あの……ウチは?」
「あんたも勇者関係者なら、どうにかできるだろ?」
「へえ?まあ、ええわ。再会したら、調査も再開やで、ほなさいなら、暗黒騎士ギア」
「ああ、またな。“藍水”」
そこで、アルゲースの眼はその全力を解放した。
真っ白な曙光にも似た雷霆は、海中にいるすべてを区別なく焼き尽くしていった。
俺達の乗った船も衝撃に耐えきれずに、爆散した。
リヴィを抱き抱えながら、暗黒鎧を召喚。
俺とリヴィの防御に性能を全振りする。
そのアルゲースの眼が引き起こした海上爆発の発光は、リオニアスでも、マルツフェルでも、そして遠くギリアからでも見えたのだという。
 




