398.現状確認
光輝く世界樹に手を触れると一気に空へと運ばれる。
霊峰の頂きを超え、そして次元門へ。
扉が開き、俺は光に包まれた。
光が収まると、そこにはやけに禍々しい玉座に腰かけたラスヴェートの姿があった。
「定命の身で余の玉座の前に至りしは、うぬが初めてだ」
場所は霊峰……ではない。
世界を越えたか。
いわゆる謁見の間、というやつだが装飾が神々しさを示している。
光や、清廉、優雅さといった善の要素が多分に現された空間だ。
その中で、ラスヴェートの座る玉座だけが禍々しい。
「おーい、聞いておるか?」
「聞いているが、観察するのに忙しい」
「観察、とは?」
なぜか興味を示したようにラスヴェートは笑う。
「側に侍る者はいない。暁の主の性格もあるが、事が事だけにそれどころではない、ということか。そもそも本来はもっと仰々しい儀式でもあったのだろうな、と」
「その通りだ。余の威光を示さんと文武百官の神々を並べ、神なる音色を奏で、美味神酒でもてなす、つもりであった」
「あれだけの試練の結果がそれ、か?」
「どう思うかはそれぞれよな。まあ、そなたが言うたとおり、それどころではない。ついてこい、現状確認だ」
ラスヴェートは立ち上がった。
と同時に光に満ちた謁見の間は消え去り、薄暗い通路へと変わった。
俺と神は歩を進める。
「それで?」
「第二代魔王“霊帝”。“将烈帝”ガルダイア亡き後、継承戦争を勝ち抜き、精霊の魔王となった者だ」
「霊帝、ね」
気にはなっていた。
霊帝と霊帝騎士団、この二つには繋がりがあるのか、否か。
「その治世は、まあどうでもよかろう。問題は退位後だ」
「退位?魔王とはその生涯の終わりと共に次の継承戦争が始まることで続いていくものではないのか?」
魔王トールズ様の死後、俺が継ぐまでに一年近くの空位期間がある。
その間は魔王の継承戦争が魔界と人間界で行われていた。
「本質的な意味で精霊に死はない。魔王としては死んだその“霊帝”も次の何かにそれを受け継がせていた」
確かに、火の精霊や水の精霊なんてものはいるがそれは固有名詞ではなく、大きなくくりでしかない。
目の前で一体の火の精霊が斬られ消えても、火の精霊自体は滅ぶことはない。
「それがなんでこうなる?」
「まあ聞け。問題は“霊帝”が能力を取り込めると知ったことだ」
「能力の取り込み、受け継ぎ、か」
戦った他の継承者の能力を受け継ぎ、己のものとできる。
当時の俺は魔人として薄かったために、それを自覚できなかったが、ちゃんと受け継いでいたことを今はもう知っている。
「精霊はもともと霊魂に近い種族だ。個々の能力が発現しやすい。そして精霊は強い感情の発露によって生まれる」
するとどうなるか。
「“霊帝”を継いだその精霊が、まさか能力を集め始めたとでも?」
「そうだ。そしてそのために、感情を操ることさえした。魔界全土を巻き込む継承戦争などはさぞかし多くの精霊が誕生したであろうな」
「多くの能力を集める、か」
まるでオリエンヌのようだ。
奴もまた五百の能力を集め、俺を凌駕する身体能力を得たバケモノだった。
「放置した間にどれだけの力を得たのか」
「何も対策しなかったのか?見つけられなかった、とか?」
「魔法の神が、霊帝の存在に気付きそれを追い、戦った、が」
なんだ、ちゃんと追えていたのか。
だが。
「戦った、が?」
「神が敗北した」
「マジか」
「マジだ。それでも魔法の神は奴を逃がすまいと、己が創造した世界に封印した」
「魔法の神が霊帝を封印した世界……それはまさか」
「その世界はイグドラールだ」
繋がり、どころではなかった。
お膝元だったわけだ。
「それでどうなったんだ?」
「あの世界は、ここよりもはるかに時の流れるのか早い。こちらの一日が向こうの一年であるからな。そして、霊帝はその世界でかなりの影響力を持つようになっていた」
「かなりって……」
「封印したのがおおよそ千年前だ」
こちらの一日が向こうの一年。
一年は三百日。
三百かけるところの千年。
「三十万年……?」
「想像もつかん年月であろう?もちろん、イグドラールの中でもいくつもの国が興亡し、文明自体が滅び尽くしたこともあったらしい。だが、その中で奴は信仰の一角を占めるようになり、ついには奴を主神と崇める国すら誕生した」
知っているか?霊宮王国と言ったらしい。
とラスヴェートは俺に聞いてきた。
それは、変貌によって消えた国家の一つだ。
ゼルオーンの故郷だったはず。
「それがなんで?」
「原因の半分はお前だったりする」
「ああ?俺は今の今までそいつのことすら知らなかったんだが」
「だが、魔法の神には会ったことはあるだろう?」
魔法の神は、魔法との契約の際に現れる。
そう言われれば俺は何度か会っているはずだ。
「それがどうした?」
「ほぼ霊帝の支配下にあったそうだ」
魔法の神が、か?
それでも、魔法の契約を見守るだけだから実害はそんなにないはず?
「俺を霊帝が見ていた?」
「正確に言うなら、お前の指導を受けていたリヴィエール嬢を、だな」
ズキリ、と頭が痛んだ。
リヴィがなんだって?
「リヴィが……どうしたんだ」
「あの娘はお前との繋がりによって、その才覚が開花した。人類最高の魔法使いとしての才がな。それを霊帝が見つけたのだ。寄り代として、な」
「俺が、リヴィを巻き込んだ!?」
俺は、魔法の神になんと言った?
そうだ。
あれは確かギリアで、海魔将ガルグイユと戦った時に。
『もし、リヴィという名の娘が来たら、頼む』
俺が、そう言ったのだ!
原因の半分どころではない。
俺が、リヴィを、巻き込んでしまった!
俺が。
「悔やむな。前を見ろ」
「ラスヴェート……」
冷たいが、力強い声に俺は我を取り戻す。
さすがは真なる魔王だ。
俺とは格が違う。
「そう違うものではないがな、と……それはまあいい。魔界時間で十日前、魔法の神はリヴィエール嬢と接触、魔法の神としての権能を譲り渡した。この時点でリヴィエール嬢は神に昇格している」
「リヴィが神か」
「それからの十日間。イグドラール時間で十年間、おそらく霊帝との戦いを彼女は繰り広げていたようだ」
「え?」
十日間、イグドラール時間で十年間?
その間、ずっと俺に平気そうな顔をしていたのに?
「先制攻撃であった巨神主の魔法で、霊帝の影響を受けた世界を書き換え、女神である自身を崇拝する世界を造り上げたのは見事であったな」
「因果率に干渉する魔法だったか」
妖鬼族との決戦の場であった関門平野の戦いで、師匠シフォス率いる真魔王軍そのものを消し去った魔法だ。
それをイグドラールでも使ったのか。
俺は何も気付けなかった。
「彼女が笑っていることが貴様の望みなのだろう。そのために苦痛を見せるのを拒んだのだ。……強い娘だな」
「ああ、まったくだ」
「だが、その抵抗も限界となり、霊帝は彼女の肉体を乗っ取った。最後に貴様をイグドラールへ逃がして、な」
最後の、彼女の悲しげな微笑みを思い出す。
あの時俺は絶対に助け出す、と言った。
その気持ちに変わりはない。
「リヴィ……」
ラスヴェートは俺をちらりと見たようだった。
見定めようとしていたのか、それとも。
「それがこれまで、の話だ。続いて今おこっていることを説明しよう」
歩けるな、とラスヴェートは聞いた。




