393.霊峰決戦
青白い転移門を抜けた先は、戦場だった。
と言っても、もう戦いは終わっている。
副団長と、そしてイアペトスの亡骸が転がっているだけだ。
ポーザと深淵の夢の使者の姿はない。
逃げ延びたか、それとも追っているのか。
「ミスルトゥ」
「はい。魔力の流れはさらに奥へと続いてます。……それになんだか時間の流れが妙なんです」
「妙?」
地脈と通じるエルフの“宿り木”のミスルトゥが異変を感じている。
これはまさか。
「体感は変化していませんが、何かこう……どこかと同期しているような……」
「霊峰への道が開かれたか」
七つの宮の封印が解かれたことで、神との面会の準備が始まったということだ。
俺のいた世界とこのイグドラールは三百倍ほど時間の流れが違うが、それが合わせられた。
余裕が無くなったということだ。
「では、こうして止まってはいられぬな」
ギシラスが前へ進む。
「そうだな」
イアペトスたちの足止めは確かに上手くいった。
時間の調整が起きたのは俺たちが動き出してからだった。
しかし、そのために魔界の英雄が、一人亡くなってしまった。
だが、悔やむのは後だ。
今は前へ進まねば。
この遺跡の最奥部にあたる部屋には、道があった。
どこまでも続く道だ。
「空間が歪んでますわね。見ていて気持ちのいいものではありませんわ」
まっすぐ続いているようで、魔力を見てみるとぐねぐねとうねったり、途切れたり、ジャンプしたり、となかなか難儀そうな道のりである。
まあ、さもなければ人跡未踏の霊峰とやらまで行くことはできない。
「行くぞ」
先行しているオリエンヌがどこまで進んだのかわからない。
足止めがどこまでできたのかわからない。
そしてなにより時間がない。
俺は霊峰への道へ足を踏み出した。
意外なことに、そこにはすぐにたどり着いた。
しかし、途中で分断されたか、仲間たちの姿はない。
「意外と早かったね」
待ち構えていた、わけでもあるまい。
だから、ほとんどタイムラグなしで追い付けたのだ。
オリエンヌ・メイスフィールドと。
「ずいぶんゆっくり歩いていたようだったからな」
「それもある。けど道が閉ざされていたのたは確かだ。何が足りないのだろうね」
霊峰の中腹らしき場所に、広場があり、祭壇があった。
四隅にそれぞれ石柱がたてられ、何かを嵌める穴がある。
「決着をつけよう」
俺は大太刀の切っ先を向けた。
「決着、か。君と私の間に、何か遺恨があるというのかね?」
「いや、お前が気に入らないだけだ」
「気に入るも気に入らないも。君はこの世界の人間ではあるまい?止める権利などないはずだ」
「この世界のことを、俺はどうにも気に入ってしまってな。お前は騙し、殺し、捨てた。それが気に入らない、それだけだ」
「やはり、理論も大義も君を説得しようとする役には立たないようだね」
「ああ」
「では、君の言うとおり。ここで決着をつけよう」
奴の攻撃は神速だった。
俺が抜刀術でようやく届く神速。
それは言うなれば、人がその才を費やして届く速さ。
故に、神速の剣は放たれた時点で斬られることが確定している、というわけだ。
だが、奴は通常攻撃が神速。
俺は見えるからかわせるが、最初に相対したミスルトゥたちが瞬殺されたのも頷けるし、隔絶した力を持っていたはずのイアペトスが敗北したのも理解できる。
「俺式早氷咲一刀流“炎柱斬”」
神速、かつ炎の追撃。
それをオリエンヌは魔剣で防ぐ。
そして弾いて攻撃に繋げてくる。
それは見えたので防ぐ。
その攻防で、オリエンヌは気付いたようだった。
「もしかして、私に追い付く速さは剣を納めて放つ時にしかできないのかな?」
「まあ、な。抜刀術は得手じゃないんだ」
「ふふふ。これはお笑いじゃないか。君を私に届かせるために何人が犠牲になった?君の仲間も、私の配下も。それが、私に追い付けない、なんて」
おかしくてたまらない、というようにオリエンヌは笑う。
「そんなにおかしいか?」
「おかしいよ。おかしい。数多の犠牲の上に、君は私に勝てない。誰も彼も無駄死にだ」
「そうだよなあ、俺一人にみんな期待してくる。俺はただ、彼女が笑えればそれでいいのにな」
「何を言っている?」
「俺式、闇氷咲一刀流“大焼炙”」
闇氷咲一刀流、それは師匠が俺に教えてくれた早氷咲一刀流の発展形だ。
元来、身体能力と鞘走りによって神速を可能とする抜刀術に魔力を加えることで、神速を維持したまま威力を上昇させることに成功した。
魔人の抜刀術である。
俺式早氷咲一刀流は、同じように俺がこの世界で獲得した炎の力をのせることで威力を増した神速の抜刀術だ。
この二つを組み合わせたらどうなるんだ、という考えは前からあった。
今までは組み合わせるほどでもない相手だったから、しなかった。
だが、こちらが常時神速でないと馬鹿にしてくるような奴にめにものを見せてやりたい、と思ったのでやってみた。
結果は、制御しきれなくなるほどの斬撃が発生し、オリエンヌの横を抜けて霊峰の山肌をごっそりと削り取った。
「な、にィ!?」
「あっちゃあ、やりすぎた」
「それが貴様の、本気だというのか?」
「心配するな。本気は、これからだ」
もはやお馴染みの“閻魔天”、“獄炎華・朧偃月”。
この状態なら、納刀すら“神速”。
「本気!?」
「もう一丁、行くぜ!俺式闇氷咲一刀流“大炎熱”」
さっきの大焼炙が横切りである氷柱斬の発展形であるなら、この大炎熱は縦切りである雹雨の発展形だ。
今度は閻魔天の力で補正され、まっすぐに斬撃はオリエンヌに向かっていく。
炎と闇によって加速された神速の斬撃に、オリエンヌは反射的に対応して見せた。
ほぼ偶然だろうが、オリエンヌが掲げた魔剣が斬撃をまともに受け止めて、緩和する。
もちろん、オリエンヌはそれが見えて防げたわけではない。
誰かから奪った能力“認知外攻撃防御”が発動し、なんとか防げたにすぎない。
そして、もし防いだのが魔剣にして神器クラウソラスで無かったら、攻撃は武器を破壊し持ち主にまでダメージを通していたに違いない。
「な、なんだ今のは」
「炎と闇によって加速された神速の斬撃。神速を無理矢理、突破したものだな」
「神速を超える速さだ、と」
オリエンヌの顔にはじめて動揺が見えた。
「おら、動きが止まったぞ」
動揺は隙だ。
俺はそこに斬りつける。
ただまあ、オリエンヌは通常で神速だ。
見てから動いても充分に対処してくる。
朧偃月とクラウソラスが噛み合うようにがっちりと衝突したまま動かない。
「く!舐めるな!」
滑るようにオリエンヌは距離を取る。
攻撃回避キャンセル能力“水面の虚ろ”だ。
危機的状況から、攻撃に移れる状態にまで立て直す能力、のようだ。
だが、それは。
「俺との正面衝突を逃げたというわけだ。なあ、そうだろ?」
「黙れ」
オリエンヌは俺を睨んだ。
「悪くない。余裕ぶった態度はいただけないからな。そうやって憎々しげに見ているほうが戦いって感じがするよな」
「黙れ、と言ったのだッ!」
怒りに任せて、という風情でオリエンヌは斬りかかってきた。




