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392.時は金なり、命は盾なり

 オリエンヌは確かに足止めをされていた。

 魔物使いの少女、夢魔のような魔法を使う青年、巨人、そして副団長。

 その規格外の四人と戦いながら、しかし彼は苦戦はしなかった。

 彼らが規格外なら、オリエンヌ・メイスフィールドもまた規格外。


 彼が設立した霊帝騎士団は総員百八名。

 しかし、それは今の数だ。

 ゼルオーンや他の名も知れぬ騎士殺しによって命を落とした騎士は百十九名にのぼる。

 その全員からオリエンヌは能力を剥奪している。

 さらに言えば能力を発現させたのは騎士だけではない。

 深い絶望、悲しみ、怒り、大きな感情の変化が能力をもたらすのだから、平和な理想郷とは言い難いこの世界では、いつも誰かが能力を発現する下地を備えているということになる。

 騎士になれなかった能力持ち、あるいはオリエンヌが発現させた能力を、彼は次々に奪っていた。


 そう言った点では能力を発現させる“運命の石”と能力を殺して奪う魔剣クラウソラスの組み合わせは最高のコンビネーションだった。


 その結果、オリエンヌの持つ能力は五百を超えていた。

 不思議なもので、能力というものは重複することはなかった。

 例えば“筋力増強”と“攻撃力増加”のように似たような効果になることはあっても、“筋力増強”と“筋力増強”が被ることはなかった。

 そういった増強型能力の積み重ねだけでも、オリエンヌの身体能力は人間の域を遥かに超えていた。

 魔界において“魔王より強い者”と言われた深淵の夢の使者と巨神を同時に相手をし、その他にも二名と交戦しながらなお余裕を保てるほどに。


「ここまでやっても、ボクはまだ足止めにしかならない」


「己を卑下することはない。私とてそうなのだ」


 ポーザとイアペトスの実力差は隔絶している。

 月とスッポンほどに違う。

 しかし、オリエンヌの前では同程度の水準としか見なされないのだ。


「困ったね」


 メイローズの王子マクラーレンの肉体を借りた深淵の夢の使者が額に汗を流しながら言った。


「何が、だ?」


 巨人に対し、深淵の夢の使者は答えた。


「私たちが本当に足止めにしかなっていないこと。そして、ギアでも勝てないかもしれない」


 巨人イアペトスは言葉につまっていたようだった。

 それは彼も思っていたことだったからだ。


 魔王としてのラスヴェートの後継者たる真の魔王ギア。

 先代の魔王トールズの人間界侵攻によって、ほぼ壊滅した魔王軍を二年あまりで復活させた。

 それどころか、今まで魔王軍に参加していなかった種族をも取り込んでさらに強くなって、だ。

 彼個人の武力も、魔界、人間界を通してトップクラスだ。


 それでも、それでもなお、オリエンヌは上にいる。


 通常攻撃が神速。


 抜刀術によって到達できる攻撃の速さ。

 のはずが、オリエンヌの攻撃は常にそれだった。

 目にも見えぬ速さの斬撃を回避できるのは、深淵の夢の使者だけ。

 イアペトスは巨人の防御力で強引に防ぎ、ポーザは少なくない数の魔物を犠牲にしながら戦闘を継続していた。


 また、途中参加した副団長は、攻撃を無効化する能力“金剛”によってオリエンヌの攻撃を防いでいく。

 ただ副団長の“金剛”は攻撃を防ぎきるが、ダメージは蓄積される。

 そのダメージは“金剛”の効果が終わった時にまとめて与えられる。

 凄まじいダメージ量だが、副団長はそれを“不死”によってやり過ごすことを繰り返していた。

 いずれ不死の限界が来て死ぬ。

 それはわかっている。


 ポーザたちの目的は、ギアを魔界に帰還させて本営の異界化などの問題を解決してもらうことだ。

 オリエンヌはたいして問題ではない。

 はずだった。


 なぜ、こんなのと敵対しているのだろう。

 と思う。


 もし、この世界。

 魔法世界イグドラールことを考えなければ、ギアとオリエンヌの目的は同じだ。

 ギアは帰還で、オリエンヌは神に会いに行く、という違いはあるにせよ。

 イグドラールを出ていくという点では違いはない。


 しかし、ギアはこの世界に接点を持ってしまった。

 いや、“彼女”が女神として信仰されるこの世界に、ギアが親近感を持たないわけが無かったのだ。

 様々な人、種族と出会い、手を取り合い、進んでいくなかで、この世界のことをどうでもいいと思っているオリエンヌと敵対することは必然だったのかもしれない。


 にしても。

 それにしても、オリエンヌは強すぎる。

 神速攻撃。

 異常な身体能力。

 無尽蔵かと思われる体力と魔力。


 そして、ついに四人で成しえていた足止め、というバランスが崩れる時が来た。


 魔の大釜に捧げる経験値が尽きた副団長が“金剛”を超えたダメージによって即死した。


 四人と余裕をもって戦えたということは、三人相手だと楽勝で対峙できるということだ。


 ほとんど瞬間移動のような踏み込みからの神速攻撃に、ポーザの魔物の展開も追い付かなくなってくる。

 深淵の夢の使者の魔法も効きが悪い。

 イアペトスは防戦一方だ。


 間に合わなくなったポーザに振るわれた剣は、しかし止められた。


『もう限界だ。向こうの本体にまでダメージが入っている』


 世界を超えて、こちらに来ていたポーザを守る盾である竜の武術を学んだ青年が攻撃を防いだのだ。


『しかし、重い攻撃だな。こんなのと戦うなんて正気じゃない』


「それはボクにも、わかってるよ」


『だがもうダメだ。帰ってこい』


「でも!?」


『巨人のおっさん、夢の人、すまんがこいつは撤退させる』


 青年の声に、深淵の夢の使者とイアペトスは頷いた。


「ずいぶん助けられたよ」


「むこうも安全とは言えまい。充分気を付けることだ」


 優しく送り出す声に、ポーザはごめんなさい、と言って消え去った。

 逆召喚という謎技術によって、世界を転移したポーザは戦線を撤退した。


「さて、これは難儀だな」


「“白黒の邪悪”でもいれば楽なのだが」


「私の足止めは終わりかな?そろそろ目的を果たしたいのだがね」


 オリエンヌは汗一つかいていない。

 それは疲労困憊している二人とは対称的だ。


「次は私になりそうだ」


 と深淵の夢の使者は言った。

 この世界のマクラーレンという青年の肉体を借りているため、無茶はできない。

 そして、もう充分無茶の段階に来ている。


「一人になったら心細いな」


 そう笑ったイアペトスは、表情を引き締めた。



「しかし、十年かけて作った組織が、このように瓦解するというのもなかなか感慨深いものがある」


 巨人の亡骸を見ながら、オリエンヌは言った。

 視線をずらし、その横に倒れている部下の亡骸も。


「“金剛”か。あらゆる攻撃に耐えられるというのは、ふ、良く聞こえるが」


 後からダメージが来るのではな、とオリエンヌは笑う。


「この能力は君に残したままにしよう。十年尽くしてくれた礼だ。たとえ内心がどうだろうと」


 オリエンヌはゆっくりと歩を進め、天権宮メグレズのみやの最奥部へ向かう。


 そこには既に道が開かれていた。

 霊峰への道だ。


「ということは、時は調整されたようだ。こちらではそんなに違いはわからないけれど」


 霊峰に至れば、そこに神が住まう世界樹ヒラニヤ・ガルパまでたどれるはずだ。

 ここまで十年かかった。

 さあ、後少しだ。


 オリエンヌは霊峰への道へ足を踏み入れた。

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