385.関係なくとも俺が不快に思うからだ
「そして、騎士たちはオリエンヌ側とそれ以外に別れた」
とはいえ、アリアたち反逆した扱いになった騎士たちは圧倒的に不利だった。
オリエンヌがなぜか全員の能力を剥奪しなかったために戦えてはいるが、カンタータたちに加え他の暴走させられた騎士たちも敵対することになったため、すぐに追い詰められてしまったらしい。
「よく、アリア殿は生きておられたな」
様子を聞く限り、かなりの混乱状態だったはず。
「ザレオルが助けてくれた……のだが」
ザレオルとは、アリアと共にメイローズに来た青髪の騎士だ。
俺と戦って一蹴したが。
どうやら、彼も巻き込まれ命を落としたらしい。
“鼓動”という自身を強化する能力を持った、なかなか強い騎士だったことを覚えている。
「オリエンヌたちを止めなければならないな」
俺がそう言うとギシラスとアリアは不思議そうに見てきた。
「ギア殿には、本来関係のないことだ。関わっても損しかあるまい?」
「そうだ。クラウン殿から助けてくれたことは感謝している。それ以上は私たちも求めてはいない」
「お前らの都合なんぞ知ったことじゃない。ただ、オリエンヌが言ったこと、世界の変貌の解決をしない、という意味だ」
「それがどうした、と?」
「ならば、なぜオリエンヌはお前らを集め、力を与え、遺跡を攻略させたのか」
「彼の本当の目的、か」
「この世界は、俺にとって異世界だ。故郷ではない」
「それがしたちと、同じ、か?」
「まあ、ある意味ではそうかもしれない。故郷で俺は王であったし、仲間がいたし、最愛の妻がいた。それらから切り離され、帰る方法を探している。しかし」
「しかし?」
「この世界のことも、それなりに好いている。ピオネ村の人たちも、ゴブリンたちも、樹楽台のエルフたちも、ゴーレンのアンデッドたちも、メイローズの王宮も、ラビリスの剣士たちも、それ以外に出会った全てを」
「ご主人……」
ゴブリアが小さく、うつむく。
ゴブールも、ミスルトゥも、ロドリグも何か感じ入ったようだった。
「だから、そういうのをめちゃくちゃにしようとしているオリエンヌは止めなければならない。奴の大義だとか、目的だとかは関係ない。俺が不快に思うから止める」
「……自己の都合が最上か?」
「当たり前だ。俺が嫌だと思うのに我慢はできん」
ギシラスは、こいつ何言ってんの?とでも言うように俺を見た。
ロドリグは、こういう奴なのでどうしようもない、と優しく肩をたたいた。
「貴殿の考えはわかった」
とアリアが俺を見る。
「案内しろ」
「オリエンヌ……のもとへ、か?」
「ああ」
「私たちは、これからどうすればいいのだろうな」
ポツリとアリアはこぼした。
「オリエンヌを倒す……倒したあと、か?」
「変貌の以前の世界に戻す。ただそれだけを目指してきたのに」
彼女もまた十年前に、全てが変わったのだ。
それを取り戻すための十年。
そして、それは幻だったと今気付かされた。
「それがしもそう思っていた。だが逆に、この十年はそれほど無価値でもない、とも気付いた」
「ギシラス殿?」
「知らぬ顔の子供がいた。知らぬ国があった。知らぬ土地にいた。己自身が知らぬ肉を持っていた。だがな、十年を過ごした今、それもまた己の人生なのだ、と気付いたのだ」
「絶望の中でも十年過ごしたことで、その分、この世界にも親しみを感じた、と?」
「親しみ、というにはちと遠いな。そうよな、縁ができた、とでも言おうか」
「……縁……」
アリアはその言葉を噛み締めるように呟いた。
「倒したあとのことは、後で考えようぜ。そもそも、お前らが生き残れるかどうかを心配しろ」
俺の叱咤にアリアは不敵に笑い、立ち上がった。
「私を誰だと思っている。白組第一騎“百戦錬磨”のアリアだ。意志を無くした有象無象どもに負けるような女ではない」
「よし、ならオリエンヌのもとへ急ぐぞ」
その時、俺たちの隠れていた廃屋に燕が飛んできた。
羽に一筋、紫の紋様。
魔界燕の亜種だろう。
「あ、帰って来た」
ポーザがその燕を手に乗せ、無地の紙にすらすらと建物の内部を書いていく。
「ポーザ、なんだそれは?」
「天権宮だっけ、ここ?の地図。この燕のヨンギャ君に調べてきてもらったんだよ」
「ヨンギャ君……」
名前はともかく、これはかなり価値の高い地図だ。
敵地の概要が少しでもわかれば優位にたてる。
その地図にアリアとギシラスが自分の知る情報を補完していく。
「ゴブリア、ゴブール、覚えたか?」
二人の赤帽子は頷いた。
「ゼル、ロディ、俺と正面突破だ」
「おう」
「任せな」
「ミスルトゥは俺の後ろで援護を頼む」
「お任せあれ」
「ポーザは自分の魔物たちと進んでくれ」
「わかった」
「無理はするなよ?」
「わかってる!」
「ギシラスとアリアは遊撃だ。出てくる騎士たちを頼む」
「うむ」
「了解した」
「では、行くか」
俺は抜刀し、廃屋を飛び出した。
ゼルオーンとロドリグが続く。
他の者も続いてくれると信じて、駆ける。
天権宮はほとんど鎮められていたようだ。
反逆の騎士たちは大部分は亡くなっている。
天権宮の中に入ると、ゴブリアとゴブールが最速でオリエンヌのもとへ向かうルートを確保している。
不意をつかれた騎士たちは、突進してきた俺たちに対抗できずに敗れていく。
「“大紅蓮”一式、赤竜斬刃!」
ギシラスは燃える炎を刀にまとわせて、次々に敵となったかつての同輩を斬っていく。
「“百戦錬磨”展開!」
アリアはその能力によって身体能力を増加させ、長槍を振るい、騎士たちを突いていく。
さすがは第一騎の二人、平騎士たちでは相手にならない。
そう思ったのも束の間。
「“晴天の霹靂”」
バリバリと雷光がほとばしり、ギシラスとアリアを吹き飛ばした。
守っていた騎士ごと、だ。
「貴様!」
「やあやあ、ギシラス殿とアリア殿。さすがに第一騎、俺の攻撃を受けてまだ動けるんだね。さすがさすが」
やってきたのは茶色い髪に、およそ戦いに向かないような少年のような顔をした青年だった。
銀色の鎧に、青い外衣、雷鳴のような輝きを放つロングソードを持っている。
「お前がカンタータか?」
「そう言う貴公は、噂のご貴族様かな?確か、ギア・サラマンディア殿だったかな」
「そうだ」
俺は殺気を解き放つ。
ゴブリアたちが屈服し、多くの者が怯む程度の殺気を。
「あああ。なるほど、これは騎士たちではかなわないはずだ」
嬉しそうにカンタータは笑う。
ああ、こいつは頭のネジが外れているタイプだと気付く。
敵が強ければ強いほど燃える、とかいうやつだ。
「ゼル、ロディ、全員で先に行け」
「大丈夫なのか」
「俺でなければ止められまい?」
俺は“獄炎華・朧偃月”でカンタータに斬りかかる。
「いきなり来るね!」
「今だ、行け!」
俺とカンタータの横を仲間たちが駆け抜けていく。
意外なことにカンタータはそれを見逃した。
「哀れだ」
「何がだ?」
「彼らはみな、オリエンヌに倒されるだろう。死ぬために駆けるなんて哀れで哀れで仕方ない」
「それはどうかな」
「?」
「たとえ、いつか死ぬとしても。俺たちはそれまでに何かを成し遂げる。けして、お前に哀れみを向けられるだけではない」
「なら見に行くといい。俺を倒せたならな」
カンタータの周囲に電光を固めたような無数の剣が浮かび上がった。
俺は静かに朧偃月を構えた。




