379.そういえば背、伸びたか?
数日後、俺たちはギリアルと共にミノ領ギーフの街へ来ていた。
ここは、ギリアル派の武家貴族オルディン卿の領地であり、震閃組などの大君派戦力が活動できない場所となっていた。
こちらとしては都合のいいところだが、最高権力者の権威が届かない場所というのは不安にならないのだろうか。
少なくともギリアルは、そういう考えには至っていないようだ。
領主のオルディン卿は三十前半の威丈夫で、元々は家臣の家臣の家の出だったらしい。
それを一代で成り上がり、領主になった傑物だという。
ただ、そのやり方に古参の武家からは批判もあるという。
例えば、大君家の縁戚である隣接する領主マルガールと対立し、戦争でマルガール家を滅ぼし、その領地を得たとかだ。
まあ、そういう人物だからこそ、ギリアルに協力しているのだろうな。
「殿下。委細整っております」
「うむ」
オルディン卿によるとオーミ領主アズライ家、イース領主キタバ家、ミガ領主マルディラ家などの領主らが軍を率いて都付近に進出している、とのこと。
「ギリアル……殿下、よろしいか?」
「なんだ?」
ホクホク顔で、今にも何もかもうまく行きそうな表情のギリアルに俺は聞いた。
「お前自身の手勢はないのか?」
「あるわけないだろう?大君家の私的な憲兵である震閃組は今のところ敵であるしな」
「そうか」
ちょっとだけ嫌な予感がした。
ギリアルたちから離れて、俺は仲間たちのもとに戻る。
「浮かない顔ですわね?」
「わかるか?」
「もちろんですわ」
「もしも、お前が野心家でほとんどリスクなく、この国の王位を簒奪できるなら、どうする?」
「エルフにはそういう欲はないのですけれど」
「もしもの話だ」
「もしも、もしも、ですわね。まあ、なんの問題もないなら取りますわ」
「ゼルやロディはどうだ?」
「俺はまあ、野心のある方だから言うが、当たり前に獲るぜ」
ゼルオーンは断言した。
「俺っちはそういう権勢欲みたいなものは削がれてしまってるんだけど……昔を思い出してみれば、まあ取るかな」
「だよなあ……」
仲間たちの意見も、俺の予想の後押しにしかならない。
「なんだよ。あいつらと協力して大君を倒す。そういう話だろう?」
ゼルオーンが首をひねってそう言った。
「もしも、なんだが。首尾よく大君を倒した時に、ギリアルも戦死していたら、大君の立場はこの戦いの武功一番の奴が獲るんだろうな、と思ってな」
全員の視線がギリアルとオルディン卿に向かう。
「あー」
「正直言うと、誰が大君になろうとどうでもいいんだが、ギリアルには一応助けてもらった恩義がある」
「ていうことはだ。俺たちは大君であり赤組第一騎ギシラスを倒しつつ、ギリアル殿下さんが死なないように守らなきゃならん、と?」
「そうなるかな」
「リーダーって本当に面倒ごとに自ら首を突っ込みに行きますよね」
「そういう性分なんだよ」
「まあ、そんなリーダーだからボクも助けられたし、しょうがないね」
ポーザが笑って言った。
その声の位置にちょっとだけ違いを感じる。
「お前……背伸びたか?」
「そりゃあ、ボクくらいの年齢だと一年でもどんどん伸びるからね」
「そうだよなあ、俺がリオニアスに来たあたりだもんな。あれからもう二年くらいか」
「そうだねえ」
「ああいう生活がずっと続けばよかった」
「リーダーとリヴィエールちゃんとボクとバカで、冒険の日々。帰ってきたらニコちゃんの店で美味しいものを食べて、ゆっくり寝て起きて、また冒険に行く。そんな生活?」
「それだ」
「良いよねえ」
「俺はな。リヴィが笑ってくれさえすれば、それでいいんだ。あいつの周りをみんな笑わせて、その周りも、その周りもみんな笑って。誰かのささやかな笑顔を守るために、俺は魔王になった」
「そのためには自分が面倒に巻き込まれてもリーダーはへいちゃら?」
「正直、平気じゃいられねえんだよ。けど、この世界はリヴィの世界だ。そこで笑えねえことが少しでも無くなれば、いいな」
なんだかしんみりしてしまった。
そこへギリアルの「では出陣するぞ」という声がする。
オルディン卿がとりまとめたギリアル軍二万の軍勢の出陣である。
ギリアル軍は直接都を攻めることはせずに、都の周りの大小の領主のもとを訪れ、あるときは交渉し、またあるときは武力で屈服させていった。
都の付近の領主ほど、大君の偉容の恩恵を受けている。
そのため、親大君派が多いのだ。
ギリアルはそれを切り崩すことにした。
ギシラスに忠誠を誓う者は切り、大君家に忠義を向けるものは生かす。
一週間ほどで、都付近の勢力図はギリアルによって塗り替えられた。
だが、大君ギシラスとてただ手をこまねいていたわけではない。
震閃組や友好的な領主から軍勢を抽出し、こちらへ向けてきたのだ。
そして、大君軍とギリアル軍はついに本格的に激突した。
そこからが俺たちの出番だ。
「旗揚げから本格的な衝突まで一週間程度か。よほど貴族連中は不満だったようだな」
「まあ、殿下さんの話じゃ十年だろ。そんなに国政をほっといたらそうもなるってもんさ」
俺とロドリグは軍勢の正面衝突を横目に見ながら、ゴブリアの案内でギシラスの陣へ向かっていた。
直接、本人を襲うためだ。
おそらく大量にいるであろう護衛は、同じようにゴブールの案内で近づいているゼルオーン、ミスルトゥがやってくれるはずだ。
両者の連携は、ポーザの呼び出した魔界雲雀が担ってくれる。
「ご主人、もうそろそろ」
「そろそろ本陣か」
総力戦、あるいは最後の決戦と言うべき、両軍の戦いは予備の兵力すら投入している。
そのためか、意外と本陣は閑散としていた。
ゼルオーンたちが引き付けてくれているためかもしれないが。
そこには男が一人待っていた。
四十近い壮年のはずだが、髪は黒々として言え肌艶もいい。
筋肉は隆々だ。
その強靭そうな体を真っ赤な鎧に押し込めている。
もしかしなくても、俺の狙う相手だろう。
意外なことに向こうから声をかけてきた。
「総大将を直接狙うなど、ギリアルの考えではあるまい。大方オルディンあたりの仕掛けか?」
「お初にお目にかかるラビリス大君ギシラス殿」
ギシラスは不愉快そうに顔をしかめる。
「それがしはその呼ばれかたは好きではない。はっきり言うと不愉快だ」
「ではなんと呼べばいい?まさか赤組第一騎“大紅蓮”とは呼べまい?」
「なるほど、そちらの関係者か」
「俺としては本当はあんたらと仲良くしたいんだが」
「だがそちらが裏切り者をかくまっている限りは敵対せざるを得まい?」
裏切り者、とはおそらくゼルオーンのことだろう。
そのきっかけとなった戦いと、その相手のことを俺は思い出す。
「そういや、ソーラアも赤組だったな。実を言えば奴を倒したのは俺だ」
「戦いの果てに命を落とすのは不名誉ではない。しかし、同胞に裏切られて死ぬなど恥辱に他ならぬ。それがしは赤組の長としてみながそうならないように恥をそそぐ必要がある」
「そうだな。国のことにも同じくらい真剣であればいいと思うぞ」
俺のバカにしたような言葉に、ギシラスは眉をひそめた。
「お前は実に失礼だな。それがしの刀の錆びとなるがいい」
刀を抜きながら、ギシラスはまっすぐに突進してくる。
不死であるために、死ぬまでにどれほど無茶を重ねても彼らは平気なのだ。
とはいえ、それにも限度はあるのだけれど。
話し合いの余地は無かった。
「俺式早氷咲一刀流“炎柱斬”」
ギシラスの一撃を、俺は燃える神速の抜刀で防ぐ。
その勢いのまま弾いて反撃を加える。
ギシラスは向かってきた俺の刃を今度は防ぐ。
「目にも止まらぬ炎の刀か!面白い奴だな貴様!」
ギシラスと俺の戦いははじまったばかりだ。




