376.雷降州最強剣士
ラビリスに入国して、一日たったくらいだった。
俺たちは立ち寄った町で武装した集団に襲われた。
揃いの羽織をまとい、全員帯刀している。
羽織は赤の地に白のだんだら模様、背にはラビリスの紋章である稲妻が金糸で縫われている。
大君の私設武装憲兵である“震閃組”だと知ったのは襲われ反撃した後だった。
「おかしいな」
とゼルオーンが言う。
「何がだ!?」
「ここはまだ大君の直轄地じゃない。ここまで震閃組が暴れまわっていい土地じゃないはず」
震閃組はあくまで大君の私設の憲兵であり、ラビリスの公権力を持っているわけではないらしい。
そのため、大君の直接支配する領地でなければ市街で旅人を襲うなんてできるわけもない。
「だが、実際に襲われているだろ」
とりあえず最初の遭遇で切りかかられて、それを弾いたり防いだりして、逃げている。
土地勘のない街なので、逃げきるのには苦労しそうだ。
「ここまでやるとなると、もしかして俺たち指名手配されているかもな」
ゼルオーンの説に納得しながらも、なぜ俺たちが指名手配なぞされなくてはならない、と疑問が生じる。
「もしかして、わたくしのせいでしょうか?」
エルフを見たことのないラビリス人が、ミスルトゥを人外の化け物と思った可能性、だが。
「エルフはラビリスでも知性と人権を持った種族として認知されているはずだ。問答無用に追い回されるいわれはない」
「それじゃあ、俺っちか?」
かつてラビリスと戦ったメイローズ西方戦線軍の将軍であったロドリグが入国していれば問題になる可能性はある。
「当時から何年立ってると思ってるんだ?それに公式ではお前は死んでいる」
「肉体的にも死んでますわ」
あっはっは、と変なところで陽気に笑うスケルトンだ。
これで顔が隠れているからいいが、見られたら言い訳できない。
が、今のところミスルトゥもロドリグも問題ではない。
「んじゃあ、俺だな」
「霊帝騎士団の本拠地が近いからな」
ゼルオーンは無断で騎士団を抜け、情報をもらしている。
もしも、ラビリスの政府の中に騎士団の関係者がいるとしたら、この状態もわからなくはない。
「それでいかがします?このままでは埒があきませんわ」
「こいつら、数は多いがそんなに強くない」
俺は足を止めて、朧偃月の柄に手をかけた。
「手間取らせおって、観念したようじゃな」
震閃組の頭らしき侍が肩で息をしそうなのを無理やり抑えて話しかけてきた。
基礎体力が低いな。
暗黒騎士隊なら、こいつら全員失格だぞ。
「俺式早氷咲一刀流“火柱斬”」
炎をまとった神速の抜刀術が向かってきた震閃組隊士たちの隊服だけを切り裂いた。
神速を出すのは容易だ。
その速さの中でどれほど刃をコントロールできるか、この技は俺のある意味到達点だ。
「服が!?」
「そうじゃないんだよなあ」
抜刀を目で追えない程度の動体視力しかない。
これでこの国の最高権力者の私兵かよ。
「俺には見えなかった……」
ゼルオーンの足が止まっている。
いや、逃げているはずの仲間たち全員が動きを止めていた。
「おい、逃げるぞ」
「いやいやいや、待て待て待て、あんたもしかして一撃で倒せるのに逃げてるのか?」
「見ればわかるだろ?」
そう、俺が震閃組の奴らを倒せるかどうかなんて、この抜刀術に奴らがまったく反応できないことを見れば一目瞭然なのだ。
「じゃあなんで逃げてるんだ?」
「立ち塞がるもの全てを斬り伏せて、死屍累々の修羅道を行け、と?」
「そ、そこまでは言わないがよ……」
ある意味、それはまことに魔王らしい生き方だ。
だが、俺の目指すものはそれではない。
彼女が笑ってすごせる世界。
それだけだ。
そして、このイグドラールは彼女の世界だ。
一人一人の生死など気にしないかもしれないが、冥府と見紛うような血塗れの世界で彼女が笑うわけはないのだ。
やるべきときはやる。
しかし、無用の惨殺は避けるべきだ。
「さあ、逃げるぞ」
しかし、追撃の手は止まない。
新たな震閃組の部隊が投入されたのだ。
そして、その男が俺の目の前に現れる。
「待っていたぞ。異国の侍よ」
「俺はサムライではないぞ」
「ふふふ。刀を持ち、抜刀術を使うのに侍ではない、と」
まとっているのは普通の隊士と同じ羽織と隊服だ。
だが、なぜか威圧感が一段も二段も上だ。
俺は逃げる足を止め、大太刀を抜く。
「名を聞こうか」
「いい刀だ。名のある刀鍛冶の作か」
「いいや、俺の友人が打ったものだ」
鍛冶屋のデンターだ。
あいつとは長いことあってないが、元気だろうか。
「そうか……震閃組副長、バラ・ゴリョウ。異国の浪人衆どもを反乱罪の容疑にて断罪せん」
すらりと抜いた刀が陽光に煌めいた。
達人の風格も感じる。
「聞いたことがある。ラビリスの鬼桔梗、泣く子も黙る震閃組副長……」
すっかり解説役になったゼルオーンが、その男のことを教えてくれる。
「大層な呼び名すぎて遠慮したいところなのだがな」
「その気持ちはよくわかる」
話ながらも殺気を膨らませて、俺とバラは同時に踏み出した。
朧偃月とバラの刀が激突、火花を散らす。
「良い太刀筋だ」
「遠慮はしないぜ」
「望むところ」
遠慮しなくていいらしいので、“閻魔天”、“混沌の衣”、“獄炎華・朧偃月”を同時展開。
黒き炎に包まれた俺は爆炎を噴き出す大太刀を振った。
「妖魔の類いか!?仕方あるまい“五稜星道剣”」
バラの持つ刀が陽光の反射以上に目映く輝く。
フェンリルすら一刀両断する俺の剣撃を、バラの刀は防ぎきる。
「俺式早氷咲一刀流“陽炎踏”」
元々は“霜踏”という一気に距離を詰める移動技だが、足裏から爆炎を噴き出すことでその速度は上昇し、さらに拮抗している剣を押し出す効果まである技に変化させた。
師匠に教わった抜刀術“早氷咲一刀流”が俺の戦闘経験とスタイルにあわせて変わったのだ。
炎、爆発といって魔法と組合わさることで、より攻撃に特化した抜刀術へと変化した“俺式”。
その技は、謎の剣術で俺の攻撃を踏みとどめたバラの刀を、本人ごと吹き飛ばした。
八百屋の露店に突っ込んだバラは野菜と果物まみれになる。
がばりと身を起こし、目の前のりんごをがぶりと噛んだ。
「すまぬな店主。ダメになった品は震閃組で買い取る」
「へ、へえ……」
いきなり人が突っ込んできたにしては平静さを保っている八百屋の店主だった。
思考停止しているだけかもしれない。
「我が奥義で参る。“五稜星道剣・刀神”」
野菜の欠片をばら蒔きながら、バラは突進してきた。
ヤバい気配を感じた俺は、前に突っ込む。
攻撃の威力が最大に達する前に受け止めなければ大怪我をしそうだ。
再度、朧偃月とバラの刀が衝突。
さっきと重さが桁違いだ。
だが、これでも最大威力になるまでに対処できた。
あの“刀神”とかいうのがバラを強化している。
「気張れ“朧偃月”!」
「まだだ奥義二段“雷神”!」
バラの刀に電撃がほとばしり、さらに圧力を増してくる。
しかし、こいつ物凄いぞ?
今の俺が魔王の力と暗黒鱗鎧を失っていることを差し引いても、勇者と同等の力を持っている。
そんなのが、人に仕えているのか。
「面白い」
なら、これだ。
ゴーレンでパグオールたち虚ろの兵団をまとめて倒した“獄花火”、その威力を一点に集中する。
放たれた矢のように。
「何を!?」
「俺式“無刃斬・北天弓擶”」
その技は、勇者と同等の力を持つバラの刀を真っ二つに折り、再度彼を八百屋に叩き込んだ。
今度は起き上がってこなかった。




