375.騎士たちの会合
国境の街リンドスはメイローズとラビリスの境界にあった関所がその基礎となっている。
メイローズとラビリスは昔から仲が悪く、小競り合いが絶えなかった。
西部の都市ゲフナもその戦いにおける物資の輸送で発展した街だ。
だが、数十年前にメイローズの南方ダンジオン王国が攻めてきたことで、二方面で戦えないと判断した当時のメイローズ政府はラビリスと和平を結んだ。
領土をわずかだが割譲する形になり、おおよそ対等とは言えなかったが南方が危急存亡のおり、その全てをメイローズは受諾したのだ。
ラビリスとしてもメイローズと争い続けるメリットを失っていたところに渡りに船と和平に同意したのだ。
「実際、ラビリスと和平しなきゃ、俺っちたち西方戦線軍がダンジオンとの戦いに向かえなかったのは確かだ」
と、当時は存命だったロドリグが言った。
まさに生き字引である。
死んでいるが。
ともかく、リンドスはそういう出自を持つ都市だということだ。
門と壁に街が張り付いているような見た目だ。
「ラビリスとはどういう国なんだ?」
「正式名称を雷降州王国。東方にある天竜帝国の血を引く者がこの地にやってきて建国した国だな」
「東方?」
「うむ。大陸のさらに東方には独自の文化を持つ島国がある。ラビリスはその文化を引き継いでいるんだな」
「そうなのか」
「あんたの使ってる太刀だって東方で使われている武器だぜ」
「そういやそうだな」
こっちの東方と元の世界の東方は同じ文化を持つのだろうか?
この世界はおそらく、元の世界と同じ起源を持つ分かたれたものだと俺は予想していた。
始まりを同じくして、違う要素をいくつか足して、そして時間を進めたらこうなった。
そんな世界なのかもしれない。
「ラビリスの元首は大君という。王を名乗らないのは天竜帝国の皇帝が正式に任じていないからだそうだ」
「でも正式名称はラビリス王国なんだろ?」
「そのへんはよくわからないなあ。で、大君は代々ラビリスの武門の頭領なのだそうだ」
「世襲制ではないのか?」
「対外的にはそう言って、実は確かな系譜の支配者の一族がいる、とは聞くな」
「ほう」
「あとはそうだな。貴族はいるがほとんどが武家なのだそうだ」
「武家?」
「俺っちにもよくわからんが、それぞれ私兵を抱える軍人の集団が国を成している、ということらしい」
「それを大君が治めている、と?」
「対外的には、な。ああ、それとラビリスは巨人に縁があってな」
「巨人?」
「なんでも巨人の王であるデイダラを倒してこの国を得たらしい。そのため、巨人とラビリスは史書に残っているだけでも四度戦争している。メイローズにちょっかいをかける前、今から百年ほど前に巨人のほとんどを倒したようで、それ以降巨人の目撃例は極端に少なくなったとも聞くな」
まあ、どれも三十年は昔の話だ、とロドリグはまとめた。
言われてみると、リンドスの街中にはメイローズ人ではない人たちがちらほらといる。
短く刈った黒髪に、民族衣装、そして腰には刀。
服は、胴着と呼んでいた師匠の道場の練習着によく似ている。
師匠の剣術も東方から来たものだったか。
示現流や早氷咲一刀流など、俺の知っていたり使っている剣術も東方由来のものだ。
行ったことはないが、なかなかに縁があるところなのかもしれない。
「よし、国境へ行くぞ」
俺たちはメイローズを出て、ラビリスへ進む。
ラビリスとメイズ王国の境目に、それはある。
この世界に七つある古代遺跡“北辰宮”の一つ“天権宮”だ。
遺跡自体は改修され、“霊帝騎士団”の本拠地となっていた。
元の施設に防御機構を追加した城塞とでもいうべきものだ。
その天守閣であり、騎士団の本部である建物の中、騎士団長のオリエンヌ・メイスフィールドの私室には七人の人物が集っていた。
“騎士の中の騎士”と呼ばれた英雄。
そして、変貌した世界を糺すことを目的とした“霊帝騎士団”を設立した男。
年の頃は二十後半、引き締まった体躯、 浅黒い肌、鷹のような目付き。
「みな、それぞれ忙しいのによく集まってくれた。感謝する」
「本当に忙しいんですよ?“揺光宮”攻略が大詰めなんですから」
茶髪のなんだか軽薄そうな騎士が言った。
「重要なことが起きたのだ。カンタータ」
茶髪の騎士カンタータに口を挟んだのはアリアだ。
「白組第一騎のアリアさんが召集したのかい?この青組第一騎“晴天の霹靂”カンタータをさ」
「いや、我らは等しくオリエンヌ団長の配下。それ以外の何物の面倒も見るつもりもないがな」
「これは副団長、相変わらず影が薄いですな」
カンタータの言葉にも大した反応は見せず、副団長は口を閉じた。
「まったく貴様らは顔を合わせればそうやってペチャクチャと話よる。もう少し大人しくできぬのか」
「これはこれは栄えある赤組第一騎“大紅蓮”であり、ラビリス大君ギシラス殿。貴殿もいるのか」
「その騒がしい口を閉じろ、カンタータ」
ギシラスに睨まれて、カンタータは喋るのを止める。
だが、次の人物を見つけるとまた口を開く。
「もしかして隠れているけど、道化組の“踊る人形”クラウンかい?」
影の中からぬるりと現れたのは道化師の男だ。
宮廷道化師のように派手な衣装、派手な化粧をしている。
いつも、何かをわらっているかのよう笑顔を浮かべている。
「ええ、ええ、道化のクラウンもおりますよ」
その後ろから青ざめた顔をした男がのそりと現れる。
「異能組第一騎ザネリ殿までいるのか、ということは騎士団の第一騎全員がいる、ということか」
「そういうことだよ、カンタータ」
オリエンヌは六人を見る。
「裏切り者が出た」
「なんと!?」
声で反応したのはカンタータだけだ。
団長のオリエンヌ、そして副団長は知っている。
赤組のギシラスも、異能組のザネリも、報告したのはアリアだ。
クラウンは謎の微笑を浮かべたままだ。
「異能組第三騎“破壊”のゼルオーン。彼が赤組第三騎ソーラアを謀殺した」
「え?」
カンタータはふざけた様子をほんのわずかに止めた。
「そうだ。不死である騎士が死んだ。となると、同時に任務を遂行し、不死も“破壊”できるゼルオーンが怪しくなった。そのためにアリアを調査に派遣した」
「結果、は?」
「メイローズ王国ゴーレン太守の都市軍団長になっていた」
はて、とカンタータは首をひねった。
「ゴーレンなんて都市ありましたっけ?」
「最近新設されたようですね」
と、アリア。
「そこでアリアがゼルオーンに話を聞こうとしたところ、その都市の太守がアリアたちを撃退した、のだそうだ」
「は?貴族が騎士を撃退?そんなことあるわけ」
「あったから報告している」
アリアが悔しげな顔で言う。
「では、どうなさいますか、団長。それがしとしては裏切り者はこちらで斬りたいとおもっておりますが」
平静を装っているが憤怒を隠しきれないギシラスは強い口調で言った。
「いえ、団長。組の裏切り者は組内で始末させてください」
ゼルオーンがいた異能組の第一騎であるザネリが前に出てくる。
「いや、それがしが!」
「こちらで!」
「心配することはない。例の貴族とゼルオーンは今こちらへ向かっている」
「え?」
「なんと!」
「ここで一度話をしてみよう。誤解があるかもしれないからね」
オリエンヌの優しげな声に、今まで争っていたギシラスとザネリは平静を取り戻した。




