374.悲しいライルールの猛ダッシュ
途中、謎の襲撃があったものの俺たちは通常の期間の半分の日程でゲフナに到着した。
西の大都市であるゲフナは、大河であるゲン・ヒイ川を堀代わりに建てられた都だ。
大河を使った水運によって財を成し、都市の支配者となったのがメイローズの王宮で出会ったライルールの先祖だ。
さて、マクラーレンに頼んでいた国外への通行許可証はここで手に入るとのことだが。
深い堀の上にかけられた跳ね橋を渡る。
その向こうは城門だ。
「門の前に誰か立っているな」
ゼルオーンが言ったとおり、城門の前に若い男性が立っている。
「ライルールだな」
「そうですわね。王宮で見た顔ですわ」
ゲフナの領主であり、王宮における王子派閥のまとめ役である。
だが王宮での自信満々な様子はない。
不安げな顔で街道の往来を見ている。
その目が俺を見つけた。
そして、猛ダッシュしてきた。
顔が怖いです。
俺の前にやってくると肩で息をしたライルールはゼーハー言いながらこう言った。
「ま」
「ま?」
「待っておりました、ギア候」
そういえば、俺はメイローズ王から爵位をもらってたのだった。
もらったのは侯爵。
それはライルールと同格である、ということになる。
「待っていたとは?」
「ま」
「ま?」
「まずは我が屋敷へお越しいただきたい」
なんか悲壮な顔をしていたので、俺はライルールの招待に乗ることにした。
「私の派閥はマクラーレン殿下に乗っ取られたのです」
「王子派閥がその王子に乗っ取られた、というのもおかしな話だな」
立派な椅子に深く腰掛け、下を向いたままライルールは話をはじめた。
下を向いているせいで話が聞きづらいが、本当に悲壮感が漂っているので指摘できない。
俺たちも同じような立派な椅子に座り、用意された飲み物を口にする。
「それはそうだが、王子派閥というのは私が作り上げたんだ。私が、私の資財で、私の努力で!」
ライルールが王弟派閥以外の貴族をまとめ、多少不正な手段で得た私財を投じ、まとめあげたのが王子派閥、のはすだった。
それが突然、マクラーレン王子が全てを仕切り出した。
いつの間にか、ライルールは派閥の中心人物から外され、ギアへの用事を言いつけられてゲフナへ戻されてしまったのだった。
「人の心が無い奴だな」
俺はマクラーレン王子の中にいる深淵の夢の使者のことを呟いたが、ライルールはそのまま王子のことだと考えたらしく、文句を続けた。
「そりゃ確かに私だって、自分やゲフナのために少しは配分を多くしたりはしたさ。けれど。けれどだ」
「で、そうまでして俺に渡さなければならないものとは?」
「ああ、これだ」
と、ライルールが渡してきたのは一通の手紙だった。
「通行許可証。この書類の持ち主はメイローズ王国の庇護にあるため、最大限のもてなしをお願いしたい……と記載してある」
「ずいぶんと丁寧な対応だな」
「そうだな。私の知る限り、これは王子の身分で発行できる最高クラスの許可証だ」
「マクラーレン……王子殿下は慣習にこだわらないのかもな」
元のマクラーレンの記憶はあるだろうが、今の彼は魔界で魔王より強いといわれた実力者が入れ替わっている。
そんなものが人間の一王国のルールに従うはずもない。
俺の支援をしてくれるのはいいが、今後のマクラーレンが心配になってくる。
「ギア候……私はどうすればよいのだろうか」
「なんだ、いきなり」
「おそらく、王子殿下の派閥から切り捨てられた私には司法の手が伸びると思う。貴殿ならご存知だろうが、私が派閥に取り入れるために誰にどれくらい賄賂を渡したか。もし、それが明るみに出れば王国西部の貴族はガタガタになる」
「……」
「その責を私が取らされれば、ゲフナの領主は私の代で取り潰しだ。私が家を潰すなどと……」
ヤッハルのヤードニア伯をはじめとした王国西部の貴族の大半は、ライルールからの献金を受けている。
宰相が進めているゲフナ金鉱山の横領調査の件が、そこまで繋がりを持っていることはおそらく知られていない。
メイローズの国王は英明なようだが、西部の貴族の黒い関係を暴き、その支持を失うことを許容するかどうか。
「解決策はないこともない」
ぱっとライルールは顔を上げた。
「まことですか?」
「お前が国王派閥に寝返ればいい」
「え?」
「王子派閥から切られたのだろう?なら違う派閥に行けばよい。現状、王国内で意見の統一が難しい以上、そうするのがベストではないか?」
「しかし、それは王子への裏切りではないか?」
「といって、王弟派閥につくわけにもいかんだろ?」
「ああ。あれは東部の貴族たちの権益を優先しているからな」
「寝返りにあたっては、宰相に横領の件をあまさず伝えることだな」
「こちらからわざわざ?」
「向こうはお前の尻尾を掴んでいるのだぞ?ならばその金の流れとどこにどれくらい影響が出るかを教えてやれば宰相殿も強行策はとるまい」
「そうだろうか?」
「まあ、最悪ライルール殿は首を斬られる(物理)の可能性はあるがお家の取り潰しまではいかないだろう」
パーっとライルールの顔が晴れた。
貴族とはやはり、自分の命よりも家名の継続こそを重要視しているのだ。
「その線で行く。いやあ助かった」
「ただ」
俺はそこで殺気をぶつけた。
ただの貴族のボンボンでしかないライルールがショック死しても不思議ではないレベルで、だ。
「民のことを考えれば貴殿は死んだほうがいいかもしれない」
殺気に当てられてライルールは椅子からずり落ちた。
「え、え、あ、あれ、なんで……体が動かない?」
恐怖のあまりライルールは動けなくなる。
「領地経営と税収の他に使える金があるということは、かなりの重税を課しているのだろう」
「ひ、ひいい」
「重い税をかけて民が食えているから良いと思ったか?だがな、飢饉や災害が起これば一発でそんなものは崩れてしまう」
「し、しかし。私が派閥の長となり、王子が王となれば西部もさらに発展する」
「だがな。重税で疲弊した領地からは何も得るものが無くなってしまう。お前が権力を握る頃にはゲフナはボロボロになるだろうな」
「そ、そんな……」
「メイローズはこのまま行くと滅びる」
「え?」
「南部は荒廃し、東部と西部は権力争い、そして北部はエルフに乗っ取られかけている。王宮でいくら尽力しようと衰退の方が早いだろうな」
「き、貴殿はメイローズの中で権力を握りつつある……貴殿がなんとかしてくれるのだろう?」
「悪いが俺には別の目的がある。メイローズに来たのも偶然の要素が強い。そもそも、あまりにもお前が哀れだったから助言しただけで王宮政治がどうなろうと知ったこっちゃないからな」
「そんな」
「ただな」
俺は殺気を引っ込めた。
「ただ?」
「俺の殺気を浴びてなお、俺に反論してきたお前の精神力は評価できる。良き政治をするのなら救国の名宰相になれるやもな」
「……」
「よし、補給を終えたら出発するぞ」
仲間たちにそう言って、俺はライルールの屋敷を出た。
「ずいぶんお優しいのですね」
とミスルトゥが言った。
「俺はそんなに優しくない」
「だって殺気を見せて王国の危機がホンモノだと伝えて、対処方法も教えて、最後には希望も与えた」
「王子の変貌は俺の責任もあるからな」
これからライルールがどうなるかは本人次第だ。
おそらく、それを俺が見ることはないと思うが良い結果になればよいと思う。




