373.お前らのことは信頼している
「回転剣・木枯し風車!」
とグルグル回転しながらロドリグはフェンリルに斬りかかった。
しかし人間あるいは人型のアンデッドだった時は“剣を回転させて”威力を増した攻撃をする剣法だったはずなのに、今のロドリグは“自ら回転して”攻撃をするものに変わっている。
スケルトンという軽い体になったがゆえの変化だろうが、あいつも色々考えているんだな。
回転する刃と骨はフェンリルの毛皮を切り裂いた。
だが。
「肉まで届いてねえ!」
というロドリグの叫びでフェンリルの硬さがわかる。
「常道で行くなら足を潰して転ばして頭を叩く、だな」
とゼルオーンが両手剣を持って駆け出す。
そのまま足へと攻撃を開始する。
「よっし、俺っちもやっちゃうよ」
と空中でさらに回転したロドリグは落下しながら、フェンリルの足を狙う。
両方の足を攻撃されても、フェンリルは動じず歩を進めていく。
「では、わたくしも」
「いや、待て」
動き続けるフェンリルに向かおうとするミスルトゥを止める。
「どうしました?」
フェンリルの目がカッと輝き、口腔に閃光が満ちた。
次の瞬間、バリバリと音をたてて電光がフェンリルの口から放たれ、足元にいる二人に直撃する。
電光はそのまま俺たちの方へと向かってくる。
「障壁を」
「わかりましたわ」
ミスルトゥは障壁魔法を展開、電光を防いだ。
大技を使ったフェンリルへ、二人のゴブリンは跳躍しながら近づく。
「大技の直後は隙だらけだぜ!」
「ご主人、見ててください」
頭に接近した二人は同時に目を狙う。
その短刀の刃は簡単すぎるほど簡単に目に突き刺さった。
突き刺さった刃をぐりっと捻るところは、さすがに暗殺者気質の赤帽子だ。
普通の相手なら、そこで絶命してもおかしくないがフェンリルは謎の名前持ちだ。
パリパリとフェンリルの背中が割れ、中から無傷のフェンリルが現れる。
「脱皮した!?」
下で戦っていたゼルオーンが驚きの声をあげる。
そして皮はボロボロと崩れて消えていく。
フェンリルは跳びあがり、空中で目を輝かせた。
「また来るぜ!」
なぜか楽しそうにロドリグが叫ぶ。
さっきの電光だろう。
「ミスルトゥ」
「わかりましたわ。今度はみなさんに障壁をかければよろしいですか?」
「うむ」
ミスルトゥが障壁を展開すると同時に電光が夜空を照らす。
それは空から落ちる稲妻のように大地へほとばしる。
戦っている四人は障壁によってダメージは軽減されてはいたが、地面に叩きつけられる。
「おい。お前ら」
「なんだよ」
「なんだぜ?」
「なんだ」
「なんでございますか」
「本気か?」
「え?」
俺は歩を進めた。
「“閻魔天”、“混沌の衣”、“獄炎華・朧偃月”」
強化魔法や能力を全がけし、フェンリルに接近。
フェンリルの攻撃は“見切り”で回避し、“闇黒”で相手にステータス異常を与える。
そして、朧偃月を一閃。
ちん、という納刀の音で全員が、攻撃が終わったのに気付いた。
フェンリルの上半身がずるりと滑り落ちる。
俺が斬ったところが斜めの断面となる。
どさり、と落ちたフェンリルの体は脱皮した皮と同じようにボロボロと崩れて消えた。
「どうやって倒した!?」
ゼルオーンが俺に詰め寄る。
「どうやった、って、こっちを強くして、あっちを弱くして、剣でズバンと斬っただけだぞ」
「斬っただけって。斬っても毛皮しか斬れなかっただろ?」
「斬れるだろ?刃が通ればものは斬れる」
「感覚だけで生きている剣士みたいなことを言いやがって」
「俺はな。お前らがもうちっとやってくれると思ってた」
「なに?」
「あの程度ならすぐに倒せる、はずだとな」
「俺たちが弱いってか!」
「それはお前たちがわかっていることだろ」
ゼルオーンは悔しそうに顔を背けた。
「おいおい、御大将。俺っちたちだって一生懸命やってんだぜ?」
「過程は重要だが、結果も大事だ。お前らは四人がかりで倒せなかった」
「あんたは、一人で倒した。俺っちたちはいらないってことか?」
「いや、正直なところ、俺は一人で生きていくことはできない」
弱音、とでも言うべきその言葉に仲間たちは驚いて俺を見た。
「あんなに強いじゃないか」
「戦闘面ではそうだな」
ゴブールの言葉に俺は頷く。
「戦闘面、では?」
「他のことはお前らに任せっきりだ。俺一人では地図も用意できないし、飯も作れん。偵察もできないし、情報収集もお前たちに頼りっきりだ」
「確かにそうですわ」
「お前らのことを信頼している」
「御大将……」
「なので、あの程度の奴に苦戦するくらいの強さだったのが信じられない」
「ちょっと待て、巨人なみの体躯で、口から電撃はいて、とんでもない再生する怪物があの程度?」
ゼルオーンが強弁するが、言ってみればドラゴンと一緒だ。
小山なみの体躯で、口から炎をはいて、とんでもない再生をする。
うん、だいたい一緒だ。
それにドラゴンは空を飛ぶが、フェンリルはジャンプが精一杯だった。
後は朧偃月がなまくらでない限りは斬れる。
と、言うとゼルオーンはがっくりと落ち込んだ。
「やっぱり、こいつを俺たちの世界の尺度で測っちゃいけないんだ」
ロドリグがゼルオーンの肩に手をおき。
「大丈夫だ。生きていればそのうちいいことあるさ」
と励ます。
「お前は死んでいるけどな」
「しかし、あれはなんでわたくしたちを襲ってきたのでしょうか?」
「そうだな。狗神宿難は山奥に住んで縄張りに入り込んできた奴を襲うが、どう見てもこの場所は奴が住めるような場所じゃないんだよな」
ほとんど平野のメイローズ西部には高い山は無い。
ゼルオーンの言うように山奥に住む狼のバケモノがいていい場所ではないと思う。
「何かに操られていた、とか?」
「お前の仲間に、確か異能組だったか?魔物を使える奴はいるのか?」
「いや。そんな奴は聞いたことはないな。ていうか、この世界で一番魔物を使ってるのは多分あんただ」
「あー、そうかもな……となるとあれは山から降りてきて道に迷った、ということか?」
「たまたま目についたところに生き物がいて、襲ってきたということでしょうか?」
「なんか釈然としないが、そうかもしれんな」
そして、夜も更けてきたので俺たちは再度寝ることにした。
夜警にたったゼルオーンは悔しそうな顔を隠さなかった。
宿場町の廃墟を遠くに見ながら、彼女は言った。
「この世界の固有のフェンリルが一撃か。さすがにさすがだ。まあ、ボクがいるとは気付かれていないみたいだけど」
立っていた木の枝からひらりと降り立ち、下に控えていた四足歩行のフェンリルにうまく着地する。
その毛皮を優しく撫でて彼女は言う。
「しかし、なんでここから脱出するために領主や貴族になってるんだろ。相変わらず行動が読めない」
フェンリルの頭をポンポン叩くと、獣はゆっくりと歩きだした。
「天権宮にたどりつくまでに、もう少し足止めしないとね」
やがてフェンリルは風のように駆けはじめた。
彼女は何か決意を秘めたような目で遠くの空を眺めた。
まだ夜明けは遠い。




