371.旧街道を行く
その日の朝、俺たちはゴーレンを出立した。
王都の周囲を巡るメイローズ央街道を西へ進み、ゲフナへ向かう西街道へ曲がる。
俺、ゴブリア、ゴブール、ゼルオーン、ミスルトゥ、そして全身甲冑に身を隠したロドリグの六人である。
幻影のゴーレンは、ミスルトゥが地脈の魔力を接続し、自動的に発動するようになっている。
住人、(のフリをしたゴブリン)たちが自然体で街を歩き、商業も発展している(ように見える)ゴーレンといった風情だ。
ある意味ハリボテで詐術でできた都市だが、メイローズ国民の中にはいまだにゴーレンは恐怖の対象なので訪れるものはいない。
そのため、ゴーレンの中枢である俺たちが出掛けていても問題はない。
西街道をしばらく進む。
メイローズは北部の森林地帯、南部の荒野、東部の海岸、そして西部の平野と東西南北で風景がまったく違うため、新鮮な気持ちで歩くことができる。
リオニアスの森と湖とはまったく違う景色だが、どこか落ち着くのはなぜなのだろう。
歩いていくにつれ、景色が変わっていく。
マクラーレン、いや深淵の夢の使者が西部の街道はすべてゲフナを通るようになっている、と言った意味がわかり始めてくる。
平野と平野を区切るような断崖絶壁が現れ、街道は谷の中の一本道へと変わる。
こうやって道が制限され、全ての道は一点へと収束する。
その点がゲフナの街ということなのだ。
その一本道が二股に別れるところでゴブリアが俺たちを止める。
「ここです。右に行けば新街道、左を行けば旧街道です」
「左をって……」
ゼルオーンが絶句している。
左の道、旧街道は少し進んだ先で分断されていた。
橋だった木の板があるから、昔はここに橋がかかっていたのだろう。
ライルールの父が行った新街道敷設の時に、古い橋を修理しなかった、あるいは切ってしまったのだろう。
「どうするんだ?ここを跳んでいくのか?」
橋がかかっていたらしき谷間はおおよそ百メートルほどだ。
翼持つ種族でもなければ越えられないように思う。
「ロドリグ殿には見えるでしょうか?」
と、ゴブリアが聞いた相手のスケルトンは首をひねった。
「なんで俺っちに聞くんだ?」
「貴方が唯一、魔力で物を見る存在だからです」
「なるほど。俺っちの目には(目はないけど)街道から四歩ズレたところに道が見えるな」
「なに?」
とゴブリンとスケルトン以外が反応する。
俺も魔力でその場所を見た。
するとロドリグの言うように、街道からズレたところに不可視の道があるのがわかった。
俺はそちらへ向かう。
「お、おい。そっちは地面じゃない」
とゼルオーンが、言っている。
が気にせず進む。
断崖絶壁の上、虚空に足を踏み出すとそこにはしっかりとした足場があった。
「歩けるな」
「はい。これはゴブリンに伝わる隠し通路でここを通ることで人間に気付かれることなく、メイローズ西部を行き来していたようです」
人間の橋の隣にゴブリンの見えない通路がある。
やがて、人間はこの道を捨て、橋を失ったがこの通路だけは残り続けた、ということらしい。
「うへえ、いくら不死身でもこっから落ちたら痛えだろうなあ」
と、ゼルオーンがおっかなびっくり見えない通路を進む。
ミスルトゥは難なく進み、ロドリグは「俺っちが生きていたころにもあったのかねえ」と呟きながら歩いてきた。
ゴブリンの赤帽子二人はもちろんよどむことなく通過した。
俺たちはこうして旧街道に入っていった。
かつての道も歩く者、整備する者がなければ荒れ果ててしまう。
ましてや十何年も放置されていては、街道というよりはここに道があった、としか言い様のない変貌を遂げていた。
敷かれた石畳はひび割れ、ひびの間から雑草が生えている。
生えている草の上には落ち葉が積もっており、乾いたものはカサカサと、湿ったものはニチャリと踏むごとに違う反応を返してくる。
この葉っぱが積もり重なって腐葉土となり、木々や草花の養分となるのだ。
人工物の上に自然の営みが繰り返される。
そうやって、徐々に街道は自然の一部となっていくのだった。
「素晴らしい道ですわ」
森林大好き森の人エルフのミスルトゥが楽しげに歩く。
「歩きにくいな」
「森が人工物を飲み込んでいくのは気持ちのよいものですわ」
「そこは種族的見解の違いだな」
エルフの最終目的は世界を森化することだ、とずっと昔に聞いたことがある。
元の世界のエルフは勢力が小さすぎて、そんなことは望むべくもないが、こちらのエルフたちはガリア樹海を樹楽台という統制組織がまとめている態勢だ。
勢力としてはずっと強い。
一つの国として見てもいいかもしれない。
なのでエルフたちは森が大好きだ。
人工物は嫌いなようだ。
エルフたちの建築物も、森と一体化したものが多い。
ミスルトゥのように跳び跳ねるように歩くのはそういうわけだ。
「歩きにくいのは俺っちも同じだよ」
とロドリグがのしのしと歩く。
「それは鎧のせいだろ?」
とゼルオーン。
騎士と元将軍、軍人という共通点。
そしてどちらも(別の意味だが)不死であることから、二人はなぜか仲がよくなっていたらしい。
「人目のないところでは脱いでよくね?」
「その脱いだ鎧は誰が運ぶんだよ?」
「それも……そうだな」
と軽口をたたきあう二人。
魔人とゴブリン、人とエルフとアンデッド。
おおよそまともでない組み合わせのパーティだが、どこか俺はしっくりくるものを感じていた。
それがなぜかはわからないけれど。
森の中を通る旧街道を歩くものは他にはいない。
この捨てられた道を通る者は絶えて久しい。
森林大好きエルフでも、この道の先には人間の街ゲフナ、そしてその先には“森の無い国”ラビリスというエルフには苦痛な場所しかない。
そして、エルフの領地ともいえるガリア樹海からここは遠すぎるため、定住しているエルフはいない。
エルフでなければこんなところに住む知的生物はいない。
「昔はなー、この途中に宿場町があってなー」
昔を知っているロドリグが懐かしむように言った。
「そうなのか」
「俺っちは行かなかったけれど花街や酒場もあって賑わっていたなー」
「昔は真面目な軍人だったと?」
「まあ、そうかな。俺っちは成り上がりだったから、余裕が無かったんだなー。それで研鑽しても、結局上から殺されたんだから虚しいよなあ」
ロドリグたちの部隊はダンジオン王国の侵攻に際して、ゴーレンで最終防衛を担った。
だが、メイローズ上層部が侵攻してきたダンジオンごとゴーレンにいた軍を皆殺しにしたために、ロドリグも命を落とした。
ただ、その時死んだ者はみなアンデッドになり、死後も戦い続けることになる。
その死者の戦いも終わり、残ったロドリグは俺についてきてくれることになった。
そして、今だ。
「昔の宿場か。嫌な予感がするな」
「なぜだ?」
「そういう古く、そして捨てられた場所にはいろんなモノが住み着くからな」
「俺っちたちのようなアンデッドとか?」
「そうそう。お前らのように話が通じる奴らならいいんだが」
「話も通じないような“怪物”がいたら?」
「ぶん殴って倒せるならいいんだがな」
その予感は当たることになる。




