370.次の目的地
「騎士団の本拠地は天権宮。メイローズの隣国ラビリスとそのさらに隣にあるメイズ王国の国境あたりにある」
ゴーレンのゴブリンの巣穴に戻った俺たちは、霊帝騎士団の本拠地に向かうという俺の考えを推敲し始めた。
いくのはしょうがない。
それならばできる限りの準備をするべきだ、という意見に俺は頷いた。
騎士団の内情を話し始めたゼルオーンは、開き直ったのかどんどん情報を出していく。
ゴブリンたちの地図を広げ、メイローズ、ラビリス、メイズの位置関係を把握する。
「メイローズの王都を出て、西部へ進みヤッハル、ゲフナを経由して国境の街リンドスを通る。そこからラビリスに入国し、さらに西へ、か。おおよそ一月といったところだな」
「俺がメイローズに来たときは一月かからなかったな」
「ご主人、メイローズ領内ならばもっと短縮できます。ヤッハルを通らずに直線でゲフナへ抜ける道があります」
と、ゴブリアが言った。
「それはあれか?道なき道を踏破する感じか?」
「いえ、放棄された旧道があります」
「そいつは俺っちの生きていた時代の街道のことかい?」
ゴブリアの言葉に何かを思い出したスケルトンのロドリグが言った。
「はい、二十年ほど前に新道が開通したために使われなくなった道です」
「そっちを行くほうが早い道があるのに新しく道を作った?」
俺の問いに答える者はいない。
ゴブリンたちは地形の情報としてそれを知っているだけで当時生きていた個体はいない。
ゼルオーンは他国人であるうえ、十年前に知識がリセットされている。
ミスルトゥは森から出たことがなかったし、ロドリグはそれより前に死んでいる。
まあ、その新しい道が作られたのはゲフナの領主の差し金だ。
ライルールの父に当たる当時の領主が、その街道がゲフナ金鉱山を通らないために新たに作ったらしい。
金鉱山に向かう者を標的とした関所を作り、通行税を取り立てたのだという。
ライルールが後を継ぐと批判も多かった関所は廃された。
が、道の利便性が良かったためその後も使われたのだそうだ。
という情報を後から聞いた。
「人間とは時々不可解なことをするのだな」
と、ゴブリン皇帝が言った。
「その街道を進み、まずはゲフナに行く」
「ところで国境を超えるには通行許可証が必要だぞ」
たまにゼルオーンはまともなことを言う。
「冒険者組合の組合員なら組合の登録証で出入国できるんじゃないのか?」
「そりゃあ冒険者はそういう仕事だからできるが。あんたはもう領主で貴族だ。貴族が簡単に他の国に行くことはできない。外交問題になる可能性ある」
「そうか……ミスルトゥ、エルフはどうだ?」
樹楽台のエルフたちはいろいろ権力を持っているから、それくらいできる気がする。
「ラビリスには森がありませんから」
「森がない、から?」
「森がない国に行きたくないので、行きません。なので樹楽台は協力しないと思いますわ」
「そうか」
新しい断り方をされた。
まあ、森林大好きのエルフにそれがない場所はおすすめできないな。
「あ、でもわたくしは共に参りますわ」
「お前も変わり者だな」
「それほど誉めずともよろしいのですよ」
「誉めてない。……仕方ない、マクラーレンに頼むか」
「マクラーレン?誰だ?」
ゼルオーンが首をひねる。
そういや、こいつはマクラーレンと会っていた時にザレオルとアリアにボコボコにされていたんだった。
「メイローズの王子だ」
「ああ、そういやいたな……?……そいつの派閥とあんたのいる国王派閥って敵対してなかったか?」
「確かに王子派閥と国王派閥は敵対しているようだな。だが、俺とマクラーレンはそうでもない」
マクラーレンの中身と俺はラスヴェートを通しての知り合いだ。
そして、今回は俺を支援してくれる、らしい。
「王宮政治は複雑怪奇って話か?」
「派閥争いなんざ、くだらないって話だ」
「ふーん……。で、その王子殿があんたを助けてくれる、と?」
「たぶんな」
最悪、もう一度資料の書き換えをして通行許可証を発行したことにもできる。
ただそれをやると、今度は完全にメイローズを敵に回してしまうだろう。
友好的な国は現状一つだ。
この関係は大事にしたいので無茶はしない。
その夜。
夢の中に深淵の夢の使者が現れた。
「おひさ」
「話を聞き付けたか」
ふわふわした夢の中で、俺と深淵の夢の使者のいるところだけがハッキリと区切られている。
その区切られた場所の外では夢が普通に続いていく。
意識をちゃんと持っている状態だと、夢というのは実に混沌だ。
「意外とファンシーな夢見てるんだ」
「人の夢の感想を言うな」
「それは確かに」
「で、何の用だ」
「通行許可証はゲフナの街に送っておくから」
「話と仕事が早いな」
「いやあ、この世界は魔力が豊富で濃密でいいね。君が僕の名前を呼んだ時にすぐに反応できたよ」
「俺の話を盗み聞きしている、と?」
「あー、違う違う。僕の能力の一つで浄玻璃鏡というものがあるんだけど、僕に関する全ての発言を記録して見せてくれる」
「全ての発言を?」
「うん。まあ膨大な数があるから全部をチェックできないんだけど。君の発言は常にチェックしてる」
「なんか発言が怖い」
「まあまあ。なので僕に何か頼みたいなら喋ってくれれば通じるよ」
「それはそれで怖い」
「……で、君の、マクラーレンに頼むか、という発言を見たのでライルールに頼んで君の通行許可証を発行してもらったよ」
「お、おう。すまないな」
「なんか引いてるけど?」
「……そりゃあ、発言チェックはなあ……」
「まあ、僕自身は自動的な存在だからね。そういうものだと思ってほしい」
「さすが魔王より強い奴らは違うな」
夢の中のマクラーレンは困ったように笑う。
「その呼ばれ方はあんまり好きじゃないかな。で、さっきも言った通り、通行許可証はゲフナの街で入手できるようにしてあるから」
「俺たちがそこを通るとなぜわかる?それも話を聞いていたか?」
「簡単なことさ。メイローズ西部を通行する際には必ずゲフナを通る。そういうふうに地形を作ってある」
「作ってある?」
「このイグドラールの創造にはラス様と魔法の神、そして夢魔の成れの果てである僕も多少関わっているからね」
「なるほど、ゲフナで必ずイベントを起こすような造りにしてある、と」
「君もクリエイター側の視点でものを見るようになってきたね」
「俺は一介の登場人物でいたいんだがなあ」
「いやいや、君を中心に世界が回っていると自覚したほうがいいよ」
「そんなことはないだろ」
「ないこともない」
「証明しようがない話だ」
「それは確かに……ああ、もうそろそろ目覚めだ。僕らと語らえる魂を持つ者なんて少ないからもっと話をしたいんだけどね」
「強すぎるのも不自由か?」
「君はどうだい?」
「さあな。俺はそこまで強くない」
そこで深淵の夢の使者は驚いたように止まり、そした大きく笑った。
まるで俺が何か面白いことを言ったかのように。
「君は、ハハハ、少し自分の強さを自覚したほうがいいよ。魔王で冒険者で貴族で領主であるギア殿」
「そんなことは……」
ゆっくりとファンシーな夢ごとマクラーレンの姿がぼやけていく。
それは奴の言った通り、目覚めだ。
全てが薄れ、漆黒になり、そして俺は目を開けた。
ゴブリンの巣穴の俺の部屋の天井が見えた。
会話の大半は忘れたが、ゲフナの街で通行許可証がもらえる、という話だけは覚えていた。




