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37.昼下がりのある寺院で殴られたのはバルカー一人だった

 リヴィが走り去り、バルカーもまた自分の目的のために走り出した。

 目的地はとある寺院である。


 聖ルナノーヴ寺院。

 東方教会の流れをくんでおり、聖矢印教会からは異端に限りなく近い正当な一派という扱いを受けている。

 その最大の特徴は、ルナノーヴ流という武術を伝承している点である。

 神に仕える修行、それが即ち武の道の求道に通じるとされ、その信徒はみな武道家である。

 中央大陸でもかなりの勢力を持っており、大陸の武道家の七割はこのルナノーヴ流を修得していると言われる。


 そして、もちろんバルカーもこのルナノーヴ流の門下生である。


 明日、明後日から遠征という微妙な時期に彼が寺院に戻ってきたのは、門下生が全員集められたからだ。

 いや、集められたというよりは自発的に集まった、というほうが正しい。

 なぜなら、リオニアスの寺院にルナノーヴ流の放浪師範が訪れているからだ。

 ルナノーヴ流独自の役職である放浪師範は、世界中を旅し、弟子を募ったり、旅先で修行をつけたりするのが役目だ。

 そして、それ以上に今まで知らなかった流派から技を盗み、ルナノーヴの型に相応しくなるように研究したりするのも大きな役目であった。

 これは、ルナノーヴ中興の祖といわれるある武道家が、旅を通じてルナノーヴ流を発展させたことに因むのだという。

 その武道家はまた、暁の主に仕える武神としても知られている。


 そして、今回リオニアスにやってきた放浪師範は、師範の中でも最も若く、歴代の中でも最強に近い男と言われていた。

 ルナノーヴ流を修める者にとって、ある種憧れの人物であった。


「バルカー・カルザック、ただいま戻りました」


「よくぞ戻った。ラウ師はまもなく来るそうじゃ」


 出迎えてくれたこの寺院の院長でもある師範に、礼をしバルカーは寺院の中に入った。

 神のやしろでもある寺院の中は、張りつめたものが感じられる静寂に包まれていた。

 百人はいる門下生は乱れぬ列をつくり並んでいる。

 バルカーもその列に続く。


「来たか、バルカー」


 と列の前にいた兄弟子が声をかけてきた。


「もちろんです。あの、ラウ師ですよ」


「ああ、あのラウ・シンハイが来るというのなら、ルナノーヴの門下にある者なら必ず馳せ参じる」


「ええ」


 十代後半でルナノーヴの奥義のうち、四の拳まで会得した天才。

 ラウ・シンハイ、という東方流の名を持つ彼は二十代で師範となった。

 そして、三年前から放浪の旅に出た。

 一時は行方がわからなくなったらしいが、つい先日総本山に帰還し、それからは各地の寺院を巡り指導をしていると聞く。


 どんな人物なのか。

 とバルカー含め門下生が待っていると、大きな声で知らせが入る。


「師範、劉星海ラウ・シンハイ来到!」


 その声に続いて、一人の男がゆっくりと歩いてくる。

 ルナノーヴの伝統的な胴着を着ている。

 髪は肩まで伸び、そしてボサボサだった。

 ざわざわと弟子たちから疑問の声があがる。

 あれ、本当にラウ・シンハイ?

 という声だ。


 ラウ?は歩いてくる途中、口を大きくあけてあくびをした。


 弟子たちの顔に落胆の色が見えはじめる。

 ラウ・シンハイ?

 本物?


 ラウ?は耳に指を突っ込み、掻いて、耳糞を取り出し、フッと吹いて飛ばした。

 そのまま、ふらふらとこちらへ歩いてくる。


 弟子たちは悟った。

 本物か偽物はどうでもいい。

 こいつから教わることはない。


 しかし、並んで見ていたバルカーは冷や汗をかいていた。


 この冴えない見た目の男の内に秘められた、とてつもない実力を。

 それは、師匠と呼ぶギアや、“黄金”ティオリール、“メルティリア”のフレアといった実力者をすぐそばで見ていたことで養われた観察眼によるものだ。

 少なくとも“黄金”なみ。

 直感が教えたラウ・シンハイの力にバルカーは身動きできない。


 ラウ・シンハイは、バルカーに目をやった。

 そして、ニヤリと笑う。


「なんだなんだ、使い物になる奴もいるんじゃねえか」


 それがラウ・シンハイのリオニアスでの第一声であった。


 その後は希望者を募っての指導の時間だったが、ほとんどの門下生は帰った。

 自分の目で見たものが正しい、と思ったからだ。


 その意見にはバルカーも賛成だ。

 目で見て感じた恐ろしさを、バルカーは信じる。

 だから、その場に残った。


「バルカー・カルザック、なぜ残った?」


 リオニアスの師範が聞いてくる。

 

「いえ、なんていうか。怖いっていうか」


「よせよせ、こいつはわかってる」


 的確な言葉を出せないバルカーに、ラウは笑いかける。


「しかしですよ、ラウ師。このリオニア門下百余名の内、残ったのがたった一人というのは、どうにも」


 と、今まで厳格な態度だったここの師範の言葉遣いが変わる。

 どうやら、こっちが素らしい。


「なに、気にするこたぁない。あの俺の間抜けな様子から本質を見抜けた奴なんざ、ほとんどいない。サンラスベーティアでも一人しかいなかったよ。むしろ、一人でもいるほうが珍しい」


 ラウはバルカーの前に立った。

 そして、上から下までじっくりと眺める。


「あ、あのラウ師?」


「ふうむ。筋肉のつきかたは年の割りには悪くねえ。それに実戦も何度かしているな?なかなかの手練れにやられたことは?」


「あ、あります」


 粘りはしたが、槍使リギルードいには負けている。

 というか、最近強い人だらけで負けが続いている気がする。


「俺のことを見抜けるのは、俺くらい強い奴か、もしくは俺と同じくらい強い奴を見たことがあるか、だ。お前は後者だろう?どんなのを見た?」


 どんなのを、ラウ師は聞いた。


「俺、でなくて私の所属する冒険者パーティのリーダーと審問官ティオリールの戦いを見たことが」


「……なぁるほど、あの変態ティオリールか。そうかそうか。なら納得だ。魔法も使った戦闘力なら、奴は俺と同じか勇者くらいだものな」


「“黄金”のティオリールを知って?」


「知ってる知ってる。あのド変態のことはよく知ってる」


「バルカー。お前には話していなかったがもう知っていてもよかろう。……ラウ師は“碧木みどりぎ”だ」


「“碧木”?あの?勇者パーティの?守る姿は大樹の如し、攻める姿は木の葉の如し、の!?」


 ラウは頭をかいた。


「それは勇者の流した噂だ。あの野郎は同期の寺院仲間のくせに俺をよくからかうんだよ」


 間違いなく、ラウ・シンハイは勇者パーティの一人だ。

 それも、勇者と共に魔王城ネガパレスに攻めこみ、魔王を討ち取った時の一人でもある。


「あ、だから三年前に行方不明に?」


「おう。ルナノーヴ寺院が勇者に肩入れしてると見なされると面倒だからな。表向きつながりがないようにしていた」


 大陸で大きな勢力を持つルナノーヴ寺院が勇者パーティの支援をするとなると、魔王討伐後に余計な争いの火種となる。

 そう予測した寺院上層部の考えで、ラウは正体を隠し、旅の武芸者として勇者に協力したのだった。


「まあ、それはよいじゃろう。で、ラウ師よ。バルカーにどんな指導をするつもりじゃ?」


「俺の見る限り、基礎的な修行は終えている。と言って、本格的に寺院僧兵になるほど金銭的な余裕はない」


 寺院付きの僧兵になれば冒険者よりも楽な生活はできる。

 しかし、それには何年間か寺院で無給の生活をしなくてはならない。

 また、多額の献金をすることで手っ取り早くなる方法もある。

 だが、どちらにしろ、妹と妹分を養わなければならなかったバルカーにそんな余裕は無かった。


「……」


「俺が今、お前に教えてやれるのはこれだけだな」


 バルカーは跳ねるように構えをとった。

 なぜなら、目の前のラウの気配が急に今にも襲いかからんとする野獣のように感じられたからだ。


「いい目だ。まあ、構えを取るのが遅い。魔王城の暗黒騎士たちならその隙にお前を三回は殺せるぞ」


「は、はいッ」


「筋は悪くない……では、行くぞ。拳聖新陰流“四崩拳・覚”」


 技の名前が聞こえた瞬間には、ラウの拳がバルカーのみぞおちにめり込んでいた。

 防御を取ろうと思った時にはもう手遅れだった。

 それが、バルカーとラウの差であり、ギアたち強者とそれ以外の強さの差だ。

 痛みと嘔吐感に耐え、バルカーは足を踏ん張り、反撃の拳を繰り出す。

 そうだ、このくらいの痛みなら師匠ギアと戦った時に食らった。

 槍使リギルードいと戦った時も、だ。

 その時は反撃できずに倒れてしまった。

 けれど、もうそんな失態はさらさない。

 これ以上負けないために。


 パン、とバルカーの渾身の一撃はラウに受け止められた。


「うん、いい拳だ。気絶してもおかしくない攻撃を食らってなお反撃してくる気概も気に入った」


「え、あれ?」


 痛みが無い。


「そういう技だ。この“四崩拳・覚”を受けてからおよそ一年、お前の成長速度は倍化する」


「成長速度が?」


「そうだ。追い付きたいんだろ?俺と同じくらい強い誰かに」


「……はい」


「お前が研鑽を怠らなければ必ず結果がついてくる。励めよ」


「はい!ありがとうございました!」


 ただの一撃。

 しかし、それはバルカーにとって大きなものだった。


 ラウはその日のうちに旅立ち、ラウの本質を見抜けなかった門下生はしばらくの間、師範による厳しい修行が課せられることになったのだった。


 ちなみにこの後疲労困憊の状況で帰宅したバルカーは、家に居候することになったポーザを見て幽霊だと錯覚し、気絶したことはまた別の話である。

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