369.君の気配がするこの世界を歩き続ける
帰る前に寄るところがあるのに気付いた。
それはメイローズの聖堂である。
王都だけあってメイローズ王国内屈指の規模を誇る聖堂の中には、それにふさわしい大きさの神像が三つ並んでいた。
魔法の神、暁の主、そして女神だ。
俺は女神の像の前に立ち、祈りを捧げた。
「信心深いところもあるのですね」
「そうなんだよ。なぜか、立ち寄った先の聖堂で祈りを捧げるんだ」
と、ミスルトゥとゼルオーンが小声で話している。
俺としては信心深い、とか信仰が厚いとかではなく、離ればなれになった妻の顔を見に来ているだけなのだが。
『半刻ぶりか。そちらの時間で言うと半月くらいだな』
聞こえてくるのはラスヴェート神の声である。
どうやら、この世界に直接干渉する気はないらしく自身の神殿か神像の前でのみ俺に話しかけてくることにしているらしい。
どうせ、そのほうがレアなイベントっぽいとかの理由だろう。
「そちらの進捗は?」
『ほとんど状況は動いておらん。異界化した本営の中には余たちは入れないからな』
「そう言えば深淵の夢の使者が来てたぞ」
『うむ。あれは特殊な世界渡りの能力を持っているからな。このような時に重宝する。ああ、そういえば』
「そういえば、なんだ?」
急に言葉を止めたラスヴェートに、俺は聞いてみる。
『いや、なんでもない。さて、いかな方法を取るにせよ。お前はそこを脱して戻らなければならないはず。猶予はあれど有限だ。わかっているな?』
「わかっているさ」
『うむ。ではな』
ラスヴェートの気配は去っていった。
大きな展開はない。
それが今知りえた情報だ。
目を開け、顔を上げる。
そこには記憶の中そのままのリヴィの神像がある。
これほど長い間離れてしまうのなら、もっと触れあえばよかったといつも思う。
魔王の仕事は確かに忙しかったけれど、もっと時間をとることはできたはずだ。
リヴィはすぐ隣にいたのに。
彼女の気配がするこの世界で、俺はまだ歩き続けるのだろう。
「お祈りはお済みですか?」
あまりにも長いこと祈っていたように見えたのだろう。
ミスルトゥが心配そうに声をかけてきた。
「ああ。時間を取らせた。行くぞ」
帰り道、俺はゼルオーンに騎士団の概要を聞いていた。
とりあえず敵対することになるだろう。
それなら情報は多いほうがいい。
ゼルオーンも騎士団からソーラア殺害容疑をかけられている。
まあ、やったのはゼルオーンだから、騎士団は間違ってはいない。
だが、もうゼルオーンは俺の手下だ。
好き勝手に処罰されては困る。
「騎士団は団長のオリエンヌ・メイスフィールドを中心に、能力ごとに五つの組に分かれている。身体強化系の“白組”、自然現象操作系の“赤組”、物質変化系の“青組”、不確定能力系の“道化組”、その他様々な能力が集められた“異能組”の五つだ」
どうせ組を作るなら全部色でまとめればいいのに、と俺は組の名を付けた騎士団の誰かに文句をつけた。
白、赤、青、ときて次が道化で、残りをまとめて異能とかセンスの欠片もないとは思わないのか?
「さっきの奴らは“白組”で、ソーラアが“赤組”、お前が“異能組”だったな?」
「ああ。身体強化はやはり強力な能力だからな、団規に違反した者らを処罰するために出てくることが多い」
「実行部隊は赤組で、その他に異能組の中でもお前のような使いやすい人物が同行して任務に当たる、というところか」
「そうなるな。そして、青組は世界変貌の調査をしていると聞く。道化組は各国との交渉を担っている、ともな」
霊帝騎士団。
変貌した世界を糺すために集まった“変化する前の世界”を覚えている者たち。
「交渉、か。よほど影響力があるんだろうな」
「まあな。単純に国に属さない武装集団がいるってことは各国に少なからず影響を及ぼしていると思うぜ」
面妖な能力を使い、そして不死の騎士たち。
そんなのと敵対したら、こちらが精魂果てるまで戦い続けなければならない。
相手は戦う意志さえあれば延々と復活するのだから。
「不死というのが、厄介だな。あれが奴らにとって死を恐れずに戦う原動力になっている。こちらは諦めずに戦い続けるしか手は無いのか」
そこでゼルオーンは何かを喋りたそうな、しかし言いたくなさそうな顔をした。
俺への恩義と、騎士団への忠義の合間で揺れているのか。
その天秤は俺のほうに傾いたようだ。
「……騎士は死ぬたびに少しずつだが弱くなる」
「弱くなる?」
「ああ。どこがどう、というわけではないのだが成長したはずの己が元に戻ってしまう、みたいな感覚だな」
死によみがえるたびに弱くなる。
アンデッドなどはそんなことはない。
復活とともにアンデッドというものになる。
強さは変化するが、元の姿のまま弱くなる、というのは聞いたことがない。
「それはずっとなのか?」
「いや。ある程度の期間をおけば快復する」
「だが、蘇生した直後は弱い状態か」
「そして、その弱体化は累積する。赤子のように弱くなるまで死のたびに弱体化する、と言われている」
「そうか。なら話はずっと簡単になったな」
その状態になるまで倒し続ければいい。
そう言うとゼルオーンはひきつった顔をした。
「あんたなら本当にやりそうだ」
「蘇生のタイミングは?」
「死亡時の状態で大分変わるな。俺があんたにやられたみたいに真っ二つに斬られて即死でも、肉体が残っていれば早い。けれども細切れにされたら蘇生に時間がかかるようだ」
「肉体の状態に依存する、というわけか」
となると、なるべく即死させて即再生させてを繰り返して弱体化ルートが手っ取り早いか。
それを聞いたゼルオーンは自分がもしやられたらを想像したか、絶望したような目で俺を見た。
「あんたなら本当にやりそうだ……」
「それぞれの組での序列は強い順か?」
「白、赤、青はそうだな。第一騎がその組で一番強く、数字が増えるごとに弱くなる」
「他は?」
「道化組は正直よくわかンねえんだ。あいつらはどうも強さで選ばれたわけじゃねえからな」
「ふうん。じゃあお前がいる“異能組”はどうなんだ?」
「ここはなあ。強さというよりは入った順番に番号が割り振られる感じかな、能力はピンキリだし、戦闘にはまったく向かない能力を持つ者もいる」
「戦闘に向かない能力とは?」
「“大食い”とか、かな」
「大食い?」
「たくさんの食べ物を素早く食べることのできる能力だな」
「確かに戦闘には向かないな」
「ただそいつが一人で敵の食糧庫に潜入して、敵の食糧全部食っちまったら強い」
「一人兵糧攻めか。そういう思いもよらない攻め方ができると考えればどんな能力でも使い途はある、ということか」
「そういうことだな」
となると、オリエンヌとやらの目指している世界を糺す、という目的とはちょっと矛盾が生じるんではないか、と俺は感じた。
この騎士たちの能力は、世界を支配しうる可能性を持っている。
しかし、世界を糺した時、はたしてこの能力というものは残るのだろうか。
全事象の書き換えは魂にまで影響する。
記憶が残るくらいの誤差はあれど、全てを変えてしまう。
彼が本当にそれでいいのなら、問題はない。
ただ世界を糺す、というのが方便だったら?
それを隠れ蓑に強い者、使える者を集めているだけだとしたら?
本人に会うまでは考えても仕方がないが、俺はちょっと気になったのだった。




