368.ザレオルとアリア
ゼルオーンはうつむいたまま何も言わない。
そして、青髪の男がペラペラと喋る。
「というわけで、こいつはご領主殿のお家を引っ掻き回そうとしているってことだ。俺たちとしてはそれはどうでもいいが、仲間を殺した奴は見過ごせない。そこで、ご領主殿と利害が一致するってわけだ」
俺はふうと息を吐いた。
「お前の話を聞いていると息が詰まるな」
「あ?」
「くだらないことをベラベラといつまで喋っているつもりだ?こいつはもう俺のものだ。俺のものを痛め付けてただで帰れると思うなよ」
「おいおい、こいつのどこにそんな信頼する要素が……!?……ガッ!」
俺の拳が口を開いたままの青髪の顔をぶん殴った。
ぐらり、と倒れそうになった青髪はしかし踏ん張り倒れない。
が、それは無視する。
「おい、ゼル。お前は俺の軍の隊長だ。騎士団に恩があろうが、世界を糺したかろうがどうでもいい。お前は俺のために働け」
ゼルオーンはハッと顔を上げた。
「あんた……自己中心的すぎねぇ?」
「自分が自分のために動かないで誰が動くというんだ。生まれたからには好きなように生きるのも一つの道だぞ」
「俺を殴ったな?白組第三騎“鼓動”のザレオルを!」
青髪は怒りのまま殴りかかってきた。
ゼルオーンの方を向いている俺に、つまり奴に背を向けたままの俺に、だ。
そこで“見切り”が起こる。
攻撃に対するように、五感の他に感覚が励起される。
俺はザレオルの攻撃を一歩横に避け、その腕をとり、投げた。
元の世界の武術ルナノーヴ流の投げ技“六車返し”もどきだ。
前方に投げ出されたザレオルは信じられない!と言う顔をして地面に激突し、バウンドした。
「み、見てなかったはずだ?」
「あんたの粗雑な攻撃など見なくてもわかる」
俺は立ち上がり、地面に這いつくばったままのザレオルの顔面を蹴り飛ばす。
「ぶべ!?」
という声というか、音をたててザレオルはひっくり返って動かなくなる。
「口ほどにもないな」
俺はもう一人の白い騎士を見た。
短髪の女性の騎士だ。
「……」
「あんたもやるんだろ?」
「…………まだ」
まだ?
まだ、なんだ?
戦うのはまだ早い、ということか。
それとも出るにはまだ早い?
まだザレオルが動いている?
「うひぇ、痛え痛え。顔面蹴り飛ばすなんざ、カタギの喧嘩じゃねえな」
立ち上がったザレオルは首をごきごきならしながら、俺を見た。
「首を鳴らすと将来、肩こりになりやすいそうだ」
「そうなのか?だがお前はそれを見ることはない。アリア、後でオリエンヌ様に言っておいてくれよ」
「嫌です。自分で言ってください」
「あ、そう。まあいい。まずはこいつをぶっ潰す」
と、ザレオルと女騎士の会話を聞く。
オリエンヌ様、と言っていた。
おそらくは騎士団のトップ。
「仲間同士でのおしゃべりは終わりか?そろそろ飽きたんだが」
「おおっとすまんな。どうやってあんたを潰そうか考えていたんだよ」
そういやさっきまでどう納めるか考えていたが、そんなのは考えるだけ無駄だったな。
相手は世界を糺したい武闘派だ。
戦う方が得意で早い。
「できるもんならやってみろ」
「“鼓動”」
ザレオルは、人間を遥かに超えた速度で殴りかかってくる。
“見切り”でも対応がやっと、だ。
腕を交差させて防ぐ。
「なかなかの拳だ」
「俺の“鼓動”状態の攻撃を防ぐ!?」
よほどその能力に自信があったらしい。
防がれてザレオルは動揺する。
「これで終わりか?」
「ぐ」
ザレオルの拳をはね除け、俺も殴る。
ザレオルは避けた。
「避けたな」
「こ、攻撃は防ぐ、防げなければ避ける。当たり前だろ」
「そうだな。当たり前だ。だが、俺はお前でも耐えられる程度の攻撃をしたつもりだった」
「なんだと」
「その程度の目で、世界を糺すとか言ってるのか?」
さっきの攻撃より数段早く重い一撃を、ザレオルはまともに受けた。
ぐるりと白目をむき、ザレオルは倒れた。
「……本来なら貴殿と戦う謂れはない」
倒れたザレオルなどまったく興味なさそうに、アリアは俺に顔を向けた。
「なら止めるか?俺は別にいいんだぜ」
「……そうもいかない。ゼルオーンは捕縛しなくてはならない。ザレオルは自分から突っかかっていったが、挑発したのは貴殿だ」
「では、どうする」
「霊帝騎士団白組第一騎“百戦錬磨”アリア、参る」
特になにかをしたような気配はない。
ないが、アリアの突っ込んでくる早さは、ザレオルよりも早い。
「混沌の衣」
俺は能力の一つを使った。
複数のステータスが上昇する。
突っ込んでくるアリアがゆっくりと見える。
“混沌の衣”によって“見切り”もまた精度が上がったのだ。
アリアの手には短槍。
リーチは普通の槍より短いが取り回しに優れる。
市街での任務ということで、この武器を持ってきたのだろう。
朧偃月を一閃。
短槍の穂先を切り落とし、アリアの頭を軸に突進の勢いのまま一回転させ、地面に落とす。
攻撃していたはずなのに、いつの間にか武器は無くなり、地面に転がされ青空を見ている。
そんなわけのわからない事態にアリアは戸惑っていた。
「……私は、どうなった」
「転がさせてもらったぜ」
「命を奪うこともできたはずだ」
「無用の殺生はしないことにしている」
「屈辱とは、思う。だがここは退こう」
「おう、そうしてくれれば助かる」
「貴殿のことはオリエンヌ様に報告する。もしかしたら追っ手が来るかもしれない」
「そうか。それは楽しみだ」
「……不思議な人」
アリアはそう言って立ち上がると、ザレオルを起こした。
「おいおい、第一騎でも負けるのかよ。何者なんだ」
「我らは見逃してもらえるそうだ」
「うへぇ、とっとと逃げ帰るとしようかね」
なかなか物分かりのいい奴らである。
アリアとザレオルはこちらを見ながら去っていった。
「……俺のことを放逐してくれ。あんたにもうこれ以上迷惑をかけられん」
ようやく口を開いたゼルオーンの第一声はそれだった。
「あのなあ、お前は俺のものだと言ったろうが。俺の手足となって働け」
「しかし、今の奴らのような追っ手が来たら」
「逆に、こちらから会いに行くのも面白いかもしれんな」
「は?」
「メイローズはある程度抑えられたし、協力者もできた」
「こちらから会いに行くって、まさか」
「ゼルオーン、案内しろ」
「おい、止めろ」
「霊帝騎士団の拠点だ」
「ギア様、とりあえずここでません?」
ミスルトゥの声に辺りを見回すと、敬服の目でこちらを見ているゴーレン都市軍の奴ら。
なんか興奮しているメイローズ都民。
警戒し始めている衛兵。
「うむ。ゴーレンに帰るぞ」
興味津々といった都民たちの前を、俺たちは悠々と帰った。
しかし、霊帝騎士団とやらは無茶苦茶だな。
他国の首都のど真ん中で裏切り者の制裁をし、その国の(一応)貴族を殺害してもオリエンヌ様とやらにお願いしたらなんとかなるとか。
そういうことを以前にしているから、今回もできると思っている。
そういえば樹楽台のエルフは何か知っているかもしれない。
今度ローリエあたりに、聞いてみよう。
こうして、俺のメイローズ王都訪問はいろいろあったが終わった。




