367.マクラーレン王子(魔界からの救援?)
このようにグダグタした感じで、俺の顔見せは終わった。
「だが、評価は悪くない」
「ふふふ。最後まで頭を下げませんでしたね。ギア様」
「俺は誰かに無駄に頭を下げることはない」
「そうですか」
なぜかミスルトゥは笑っている。
そのまま歩いていると、俺の耳が何か規則正しい音をとらえた。
エルフのミスルトゥも耳がいいため、ピクリと反応する。
それはコツコツ、という誰かの足音。
妙に自信があるように聞こえる。
後ろからだ。
俺はゆっくりと振り向く。
そこにはマクラーレン王子がいた。
メイローズ王国の王子。
だが、さきほど謁見の間で見た姿とは違う。
顔を上げて、胸をはっている。
意外と肉体ができている。
そして、自信に満ちた顔。
別人、と言われたら信じてしまうかもしれない。
「なかなかに面白い座興であったぞ、ギア」
ミスルトゥがキッとマクラーレンを睨む。
控えているゴブリアとゴブールも怒りの気配を醸し出している。
俺を呼び捨てにしたくらいでそんなに怒るなよ。
「誰だ?」
あまりにもマクラーレンの様子と違う。
「久しぶり、と言えばよいか?」
「だから誰だ?」
「深淵の夢の使者」
「……本物、か?」
その名はここには存在していないはずの名前だった。
サンラスヴェーティアの地下に封印され、暇潰しにエルフの継承者マシロを使っていろいろした奴だ。
そのいろいろに巻き込まれた俺たちからすると、もう勘弁してくれ、という評価になる。
「ラス様から向こうのことは聞いているよね」
「本営のことは、な」
「うん。僕もラグレラを送り込んでいる。おそらく中に閉じ込められた者らで解決できるかと思う」
「そいつは良かった。で、あんたはなぜここにいる」
「たった一人でここに送られて寂しくないかな、と思ったんだけど」
「例えそうだとしても、あんたとはそんなに仲良くないはずだが?そもそも本物のマクラーレンはどうした?」
「マクラーレン君はね。あのライルールとかいう自称友人からのプレッシャーに耐えかねて自害しようとしたんだ。その時に彼の精神は心の奥にとじ込もってしまった」
「……そいつは、なんとも言えんな」
一国の王子でいるには普通すぎた、というところか。
「で、この世界に干渉するにあたって立場がある程度ある彼は最適だったから夢を経由してコントロールしているってわけ」
「端的に言えば乗っ取った、と?」
「本人の許可の上でね」
「で、本人のふりをして生活しているわけだ?」
「そうそう。彼の性格上目立った動きはできないし、僕も目立つのは好きじゃない」
「自害しようとしたのは周囲も知っているのか?」
「いや、国王と使用人くらいだと思うけど。なんで?」
国王はマクラーレンに意見を求めたが、弱気な意見しか得られなかった。
後継者がそんな様子では憤激するところだが、国王は怒ったり嘆いたりしなかった。
そういう態度で刺激して、マクラーレンが再度命を絶ったりしないように気を遣っていたのかもしれない。
弱腰でも後継者は後継者だ。
「いや。なんでもない。それで目的を聞いていなかったぞ?」
「君のサポートさ。この世界からの脱出にはいくつかルートがあるけどどれも難易度は高い。才能のある魔法使いが一生を賭けて研究するテーマだからね」
「だが、あるのだろう?」
「ある。そして、僕は君がやりやすいように一国の中枢に近いところでサポートする役割を担っている」
「そうか、助かる」
「問題は、君が独力で都市の太守と侯爵位を得てしまっているところなんだよね」
「悪いのか?」
「悪い、というか。僕の派閥と国王派閥って敵対してるから。おおっぴらにサポートなんかできないって」
「いや、それは問題にはならないはずだ」
「どういうこと?」
「俺がメイローズを乗っ取るからだ。そうなれば派閥なんか意味のない集まりになる」
「うわぁ、相変わらず君は無茶苦茶だよ」
「どうせ、この後も王子様役を続けるのだろう?少しずつ陽気になっていってメイローズの次代は万全なりと見せつけておけばいいんじゃないか?」
「へぇ?なかなかいい考えだね。それに面白そうだ。了解、では僕はそのようにやらせてもらおうかな」
「サポートは期待しないで待っていてやる」
「そう?」
というように、マクラーレンはこちら側であることが判明した。
これでメイローズ内でやりやすくなる、ということは今のところないが。
そのまま、マクラーレンは去っていった。
「今のは……なんですか?」
ミスルトゥが冷や汗を流しながら聞いてきた。
いつも冷静な彼女にしては珍しい。
「俺のもといた世界からの救援……?……救援か?」
「なんであんなものと普通にお話できるのです?」
「あんなもの……まあ、そうだな」
深淵の夢の使者は、魔界に何体かいた“魔王より強い奴ら”の一体だ。
“巨人の帝”や“白黒の邪悪”と並び称される最強の一角である。
おそらく夢魔の一種である彼は、夢を支配しており、夢、そして集合的無意識とやらを経由して異なる世界であろうと自由自在に存在できるとかなんとか。
そういう単なる強さを超えた特異な力を持つ深淵の夢の使者だが、現在は協力関係にある。
彼は“暁の主”ラスヴェート神に心酔しており、そしてその神から魔王の力を受け継いだ俺にも対等に接してくる。
今までの魔王など歯牙にもかけなかったことを考えれば劇的な待遇の改善であろう。
俺自身の感触としては、その世界にいる深淵の夢の使者は倒せる。
しかし、別の世界に逃げたりしたら追うのは難しい。
完全に倒しきるというのは不可能だろう、判断している。
王宮の外に出るとそこには予想外の光景が広がっていた。
ボコボコにされているゼルオーンとそれを遠巻きに見ているゴーレン軍。
さらにそれを囲むように見ているメイローズ王都民だ。
ゼルオーンと対峙しているのは二人。
真っ白な鎧をまとった(不気味な)青い髪の青年、同じく真っ白な鎧の短髪の女性だ。
なんか組み合わせと色が、ドラゴンからの使者の二人に似ている。
聖竜騎士ヴェインと竜武道家フェイル。
嫌な組み合わせというイメージがおそらくリヴィにも残っているのだろう。
「何事だ」
俺の静かな声、そして威圧を三人は聞き、感じ取った。
「へぇ」
「こいつが?」
「俺の手下に危害を加えるということがどういうことか、わかっているのか?」
「手下?こいつが?ははは、あんたも騙されたクチかい?」
青い髪の男が笑う。
ゼルオーンはなぜかうつむいたままだ。
「騙された?どういうことだ」
「こいつは霊帝騎士団の異能組“破壊”のゼルオーン。こいつの任務は強力な抵抗組織の人間関係の“破壊”だ。はじめは樹楽台のエルフを狙っていたはずなのに、どうしてかメイローズにいるがな」
「エルフを。それでわたくし、ですか」
樹楽台の人間関係の破壊のために、宿り木のミスルトゥを誘拐する。
どこかで論理が飛躍しているな。
俺の知らない何かがあるのか。
「それはいい。任務は長い目でみなきゃならないからな。しかし、こいつは同輩の騎士を殺害した嫌疑がかかっている」
ソーラアだ。
エルフの“竜胆”の村を襲いにきた霊帝騎士団の一人。
炎を扱う騎士で、俺との戦いの途中ゼルオーンに刺され死亡した。
「なぜ、こいつが犯人だと?」
「それはな。俺たち騎士は全員が不死で、それを唯一“破壊”できるのがゼルオーンだからさ」
得意げに言う白い騎士とうつむいたままのゼルオーン。
さて、これをどう納めるか。
俺は考えはじめた。




