363.獣人の宝玉
「夜遊びをしていたようでございますね」
寝起きでミスルトゥにそう言われた。
「夜遊び、まあ確かにな」
「わたくしを連れていっていただいてもよろしかったのに」
「寝てただろ?」
「起こされれば起きましたわ」
「それよりもお前に見てほしいものがある」
「なんですの?」
俺はメイローズ陣地跡から持ってきた“獣の遠吠え”をミスルトゥに見せた。
「夜遊びで拾ったものだ」
「これは!なんて獣臭い」
「獣臭いって……」
確かにデカイ獣(機械)と戦ったけれども。
「人間たちの傲慢さは本当に救いようがないですわ」
「どういうことだ?」
「これは獣人の崇める神像に嵌め込まれていた宝玉ですわ」
「獣人の神像?」
「世界の最高神である女神の他に各種族は創造の神の像を奉っているのです」
「ほう」
ラスヴェート神のことか。
「その神像には宝玉が嵌め込まれているのですが」
「それがこれか」
と鈍い色の宝玉を見る。
「獣人と人間の大戦の結果、獣人の領土は蹂躙され尽くされました。その時に神像も引き倒されて宝玉をくりぬかれたようですわ」
「なんとも罰当たりなことだな」
ラスヴェート本人は気にしていないとは思うが、何かから崇められるものは不用意に踏みにじってはいけない。
「その宝玉を持ち帰ったために、一国の王となったのが初代メイローズ王ですわ」
「国を得るほどの功績になるのか……の割には兵器に転用するんだな」
「それが傲慢だと言うのですわ。誰かから奪ったもので得たものを、己のものだと勘違いして」
「しかし、その神像だの宝玉の話はどこかで聞いたな」
どこでだったか。
「その宝玉は人間に恨みを抱いてますわ」
「恨み?」
「獣人たちの、滅ぼされたものの恨みですわ」
「その恨みがこいつの不穏な効果を生み出したのか?」
「おそらく。人を殺して不死者に変える。そして次に使った時に不死者であったことを失わせる。使った人間を弄び、そして殺す。実に人間への恨みを感じさせる効果ですわ」
「そうか。お前は人間を恨んでいるのか」
と、“獣の遠吠え”を撫でる。
「え?」
ミスルトゥの声が遠く聞こえる。
俺はいつの間にかまったく別のところにいた。
森の中の開けた広場のような。
かつて獣人のジレオンと戦った場所のことを思い出す。
虎の獣人ジレオンは魔王軍獣魔軍団において、魔将であるゼノンの副将として活躍していた。
リオニアス方面を攻めていた獣魔軍団だったが勇者によって蹴散らされてしまう。
魔将ゼノンが魔王城に帰還した後は、ジレオンがこれを取り纏めていた。
だが、勇者による魔王討伐の成功によってゼノンは死亡。
残されたジレオンは軍団の残党を率いて最後の一戦を仕掛けたが、俺によって止められたのだった。
そのジレオンと俺が戦った場所に、ここはよく似ている。
「私のことを覚えているのか」
声がした。
今思い出したばかりの男の声だ。
「ジレオン……」
虎頭の獣人、ジレオンは頷いた。
「私は貴様が取り込んだ継承の力の一端に過ぎない。それが“獣の遠吠え”と共鳴したまでのこと」
「そうか」
「私の役目は獣人の遺志と貴様を引き合わせること、それだけだ」
「獣人の遺志?」
その時、目の前の広場が一瞬で埋め尽くされた。
全員が獣人である。
もしかしたら、“獣の遠吠え”に取り込まれた者たち、なのか。
「我々の遺志の森へようこそ」
先頭に立っていた熊頭の老人が言った。
熊だけではない、獅子、犬、猫、兎、蛇、ありとあらゆる動物の頭を持った獣人たちがずらりと並んでこちらを見ていた。
「獣の遠吠え、いや獣人の宝玉に残っていた遺志か」
「左様でございます。我らはあなた様の来るのを待っておりました。魔王様」
「俺を?」
「ええ。この世界に女神様が降臨なされてから、いつかあなた様が来ると信じ、そして我らの願いが叶うように、とこうやって死にきれずに残っておったのです」
リヴィが、この世界の女神となったから。
それで俺のことを知った?
つまり、これはリヴィが俺に必要だと思っている、ということか?
「願い、とは?」
「宝玉に込められた呪いの解放でございます」
「人間を死に引きずり込み、不死の怪物にさせる呪いか?」
「ええ。あまりにも理不尽な扱いを受けた我々がこの宝玉にかけた呪いです。しかし、それすらも他者を殺すのに使われてしまうのなら、そんな呪いは無いほうがよいと思いました」
「そうだな」
ロドリグやインガス、パグオール、そしてゴーレン合戦場跡地で死ねずに戦い続けた二つの国の兵士たち。
犠牲になった者はあまりにも多い。
「我々は呪いを解き消え去ります。そして、あなた様の世界の獣人たちが苦しむことの無いように願い続けまする」
全ての獣人たちが頷き、そしてキラキラとした魔力の欠片となって消えていく。
メイローズの者が奪い、インガスが追い求めた呪われた力はここに消え去ったのだった。
熊頭の老人も消え去り、そこには俺とジレオンだけが残っていた。
「最後に私からも貴様にくれてやるものがある」
「ジレオン……」
「お前は全ての継承者の力を受け継いでいる。わかるな?」
「ああ。だがしかし、俺は血が薄いからな。能力は発現できなかった」
魔王の継承者はそれぞれ特徴的な能力を持っていた。
そして、その能力は倒した者が受け継ぐことができた。
だが、俺には能力が発現しなかったし、他の者から能力を受け継ぐことはなかった。
「血とはなんだ、魔王よ」
「は?」
「それ自体は体内を流れる液体だ。その流れに養分を乗せて生き物に届けるための液体だ。そんなものに権威や栄誉が含まれているはずがない」
「何を言って?」
「ましてや、そんなものの濃淡で能力が発動するかいなかを判断することなど、できない」
「何を言って?」
「お前は強いゆえに能力が無くても戦ってこられた。だから能力が無くても平気だった。そうだろう?」
「まあ、そうだな」
「しかし、ここに来て己の実力が足りないことに気付いた」
「……まあ、そうだ」
「能力が発動しないのはお前自身が要因だ」
「そう、か」
「己の内面に目を向けろ。その力は志半ばで倒れた魔王候補たちの遺志だ。お前が倒し、お前に託していった者たちの遺志を汲め」
「ああ。ありがたく使わせてもらう」
「言いたいことはそれだけだ」
「ジレオン」
「私に何を言っても別にジレオン本人に届くわけもなし、それにもうこれ以上話をすることもない」
ゆっくりとジレオンも魔力の欠片となって消えていく。
「ありがとう、ジレオン」
「ふん。礼などいらぬ。ただ私を倒した魔王の情けない姿を見たくないだけだ」
言いながら、完全に消え去ったジレオンに俺は瞑目した。
目を開けると、心配そうな顔をしたミスルトゥがいた。
「気がつかれましたか?」
「どのくらい寝ていた?」
「四半刻ほどか、と」
俺は手に持っていたはずの“獣の遠吠え”あらため獣人の宝玉を見た。
鈍色のはずだったそれは、今や透き通るような蜂蜜色に色味を変えていた。
「これが本来の姿か」
「え?宝玉が元に戻ってる?」
俺は宝玉をしまい、腕をあげて伸びをした。
地上はもう暗くなっている時刻だ。
「よし、そろそろ夕食にしよう」
俺は立ち上がり、部屋の外へと出た。
その後をミスルトゥが追ってきた。




