362.ゴーレン合戦場跡地に夜明けは近い
まったく訳がわからぬうちに、インガスが消えてしまい俺たちは呆気に取られていた。
「いったい、何が……」
「あーあ、インガスは知らなかったんだよなあ」
発声器官が失われているのに、スケルトンであるロドリグが喋るというのは不思議な気がする。
その彼が残念そうにそう言った。
「インガスが何を知らなかったんだ?」
「おうよ、御大将。あの“獣の遠吠え”のことさ」
「さっきも俺のことを御大将と呼んでいたな。どういうつもりだ?」
「いやあ、俺っちも部下も敵もいなくなって、根なし草のプータローなわけで、再就職を狙っているわけでござんすよ」
「正直だな。というか、口調が安定していないな」
「まあ、死んでからは寡黙な悩めるリーダーキャラでやってめしたからねえ。弾けてから、本当の自分ってやつを探してるんですよ」
「本当の自分、か。見つかればいいな」
スケルトンとなったロドリグは爽やかに笑った。
ドクロだけど。
「まあ、話を戻しますが、あれは効果範囲の中にいる者を殺害し、その魂に呪縛をかけてアンデッド化する、という効果を持っておりやす」
「それがメイローズとダンジオンの戦いの最中に使われた、というわけか」
「問題は二つ目の効果です。俺っちはそれを使われないために骨騎団を作ったようなもんで」
「獣の遠吠えを使いたいインガスと使わせないロドリグ、自動的に戦いに介入するパグオール、それがゴーレン合戦場跡地の戦いの真相か」
「まあ、そういうことになりやすね。あの機械の獣は“獣の遠吠え”の防衛本能が造り出した姿で、兵器を使われないようにしてたんだけども」
「お前も戦ってたじゃないか?」
「俺っちは解放されやしたからね」
「解放……獣の遠吠えの第一の効果からか?」
「そうです。殺害しアンデッドに変える。そしてそのアンデッドはこの地に囚われ、獣の遠吠えを求める、などなどろくでもない効果ですな」
「しかし、この“獣の遠吠え”はむちゃくちゃだな。広範囲で相手を殺害して、アンデッドにするんだろ?狙い済まして使えば戦争が変わるな」
「これを作った奴らもそう言ってましたよ」
「そいつらはどうなったんだ?」
「最後に見た時は虚ろの兵団にいましたよ」
「あー。そうか、範囲内の全て、ということは敵味方関係ないということか」
「使用者まで殺す兵器なんてのは、完全に失敗作だと俺っちでもわかりますよ」
「だな。それで、二つ目の効果とやらはなんなんだ?なぜインガスは消えたんだ?」
「二つ目の効果は、獣の遠吠えに囚われた者らのアンデッド化を解除する、です」
「アンデッド化を解除……?」
「この兵器の嫌なところですよね。いったんぶっ殺しておいて、アンデッドにしておいて、二番目の効果でアンデッドで無くなっても死んだままなんです」
「それでインガスはアンデッドである骸魔導師で無くなって、消えてしまった、と?」
「おそらく、この平野の全てのアンデッドが消えたはずですよ」
「お前は消えてねえじゃねえか」
「俺っちは解き放たれましたからね。普通のアンデッドですわ」
「普通のアンデッドってなんだ?」
言っていることはわかるが、改めて言われると謎のワードである。
「アンデッドとは死んだはずなのに歩き回る化け物のことです」
「それは知ってる。んで、再就職をしたいと?」
ロドリグは頷いた。
「まあ、スケルトンが一人増えても構わんか。腕利きだしな」
「よっしゃ、よろしく頼むぜ御大将」
ロドリグはバンバンと俺の背中を叩いた。
スキンシップのつもりだろうが、スキンではなくボーンだ。
「ご主人は変なものばかり引き付ける」
「それは自分も含むのか?」
ゴブールのことをゴブリアがぶん殴る。
仲がよくてなによりだ。
「よし、巣穴に帰るぞ」
「巣穴とはなんぞ?」
「行けばわかる」
メイローズ陣地跡からゴブリンの巣穴まではすぐだ。
その入口を見たロドリグの第一声は。
「ちっちゃいな」
だった。
確かに地上に出てるのは小さな洞穴の入口にしか見えない。
見た目の感想としては間違ってはいない。
「人間のつもりでものを見るのは止めたほうがいいぞ」
「御大将、そいつらアンデッド初心者の俺っちへのアドバイスかい?」
「スケルトンは目に灯った鬼火が視覚を担っているだろう?魔力神経で魔力脳に信号を送って人間だった頃の記憶から形成した映像を見ている、とされている」
「そこまで考えて見てないがな」
「その変換をカットして、魔力を直接見たらいい。反射神経や動作効率がだいぶ上がるぞ」
少なくとも俺はそうだ、と言うとロドリグは何か感じいったようだった。
「ちょっとやってみるわ。ん?おお?キツイキツイ、やばい、効率云々の前に、慣れるまで、ぐううう、見えてきた?見える、見えるな」
と頭を押さえてうにゃうにゃやっているロドリグを見守る。
「ふぅぅ。見えてきた。……魔力視野、こいつはいいな。人間の目よりずっといい」
「魔物はみんなそれで物を見ている。人間の視野というのも趣深くていいものだがな」
「確かになあ。見えすぎるのも考えるところはあるな」
「よし、その目で巣穴を見てみろ」
「どれどれ」
と口を開けた状態でロドリグは絶句した。
そして己の足元を見て後ろを見る。
「ここら一帯の地下がもう何かの、建物なのか?こいつはメイローズの城よりも……デカい!?」
「ゴブリンの巣穴、またの名をゴブリン皇帝の宮殿へ、ようこそ、だな」
呆気に取られるロドリグを連れて、俺は巣穴に帰還した。
「本当にここのアンデッドを全滅させたのですか?」
出迎えたゴブリン皇帝がそう言った。
一晩中起きて待っていたようだ。
面倒見のいい奴である。
「まあ、一人だけ残してしまったがな」
「その、スケルトンですか?」
「ちぃーっす!スケルトンウォリアーのロドリグだ、これからよろしく頼むぜ、カイザー!」
あまりにも馴れ馴れしく、そしてあっけらかんとした態度にゴブリン皇帝は面食らった。
「これはこういうものですか?」
「生前おとなしい性格だったのが、死んでから弾けたらしい」
「珍しい人物ですね」
普通はアンデッドになったら暗くなるか無口になるらしい。
「俺の知ってるスケルトンはだいたい陽気だぞ」
魔王軍に新規加入した元リオン帝国の官僚だったロイヤルスケルトンは丁寧な口調を心がけているようだが、本質的に陽気である。
「それは知りませんでした」
「人間の中でもいろんな性格の奴がいるだろ?ゴブリンの中にもいろんな奴がいる。画一的に考えるのは楽だが、本質から離れてしまうかもしれん。そこは注意だな」
「なるほど参考になります」
「さすがは御大将だぜ」
「さすがはご主人でございます」
「いいことを言っているのはわかるが、みんなギア殿に心酔し過ぎじゃねえ?」
少し話した後、ロドリグにも個室が与えられ、俺たちは休むことにした。
「俺は寝る」
「そうですな。一晩中、暴れまわっていたのでしょう?」
「まあな。ミスルトゥとゼルオーンが起きたら、今日は休みだと伝えてくれ」
「わかりました」
「お前も起きていたんだろ。少し休めよ」
「はは。ありがたきお言葉です」
ゴブリン皇帝は頭を下げた。
眠気が限界なので俺も寝た。
夢も見ないで寝続けた。
起きたら夕方だった。




