358.獄花火
虚ろの兵団はゴーレン合戦場跡地の南側、かつてここに攻め寄せたダンジオン王国軍の陣地跡に拠点を構えていた。
平野といえど、そこにはゆったりとした起伏があり陣地跡はちょうど丘のように高くなった場所に造られていた。
いや、高くなった場所だからこそ造られたのか。
そんな陣地跡にはみっしりと兵卒の幽霊がいた。
それらは生前と同じような仕事をしている。
半透明の幽霊による、かつての陣地の様子の再現だ。
そして、それは二つの軍の分が同時に再現されているために、みっしりとしているように見えたのだった。
幽霊の群れをかき分けて俺たちは、兵団長とやらのもとへ向かった。
「襲ってこないな」
「見当。命令されてないから、であろうな」
「生きていた時のように、か」
死してなお、かつての命令に縛られている。
一体、何年、何十年と同じ事を繰り返しているのか。
彼らは夜毎戦い、そしてまた陣地に戻り、こうして生前の行動をなぞることを繰り返している。
「成仏。本来の魂はすでに輪廻転生の中に還っておる。我輩のように残った者もいるがな。ここにいるのはあふれでた残滓に過ぎぬ。気にすることはない」
ああ、それは精霊と同じだ。
強い感情があふれた時や、死んだときに魂から取り残された欠片。
それが精霊となることを俺は覚えている。
「だが少なくとも兵団長パグオールとやらは自意識を保持しているのだろう?幽霊のままで」
「疑問。そこは我輩には疑わしいところなのだ。我輩のように骸魔導師になったわけでもなく、骨騎団のロドリグのように強靭な意志を持っているわけではない」
「なのにパグオールは存在している」
「可能性。可能性として強い怨みを抱いて悪霊化した“怨霊”となった場合ならば自意識を持ったまま、この世に留まることができる。しかし」
「しかし、なんだ?」
「孤独。怨霊は群れない。孤独であるがゆえにそれは強い」
「では、その線ではない、か。まあ、会うまえからあれこれ考えていても仕方ない。まずは挨拶からしてみようか」
「同意。我輩も久方ぶりの同胞との会話ゆえ、面白くなりそうと感じるぞ」
こうして、俺たちは幽霊たちをかきわけて兵団長パグオールの前へとやってきた。
幽霊特有の虚ろな顔つきに、強い自意識や怨みを持つという俺たちの推論が外れたことに気付かされる。
「お初にお目にかかる。ゴブリンの主、そしてここに都市を造ろうとしているギアだ」
「……」
「こちらもなるべく手荒なことはしたくない。潔く、我々の軍門に降ってはくれまいか。俺は死者であろうと魔物であろうと区別なく扱うつもりだ」
「……」
反応がない。
打てど響かず。
虚ろな顔つきには何の変化もなかった。
「インガス。どういうことだ?」
「不審。つい十年ほど前はもっと小気味良く、我輩に舌戦を挑んできたものでしたが」
「十年ほど前……か」
女神の降臨と、この世界の変転が起こった時だ。
このゴーレンでも人知れず変転が起こっていたというのか?
「侵入者を排除する」
無機質な声でパグオールは宣言した。
そのとたん、秩序だった動きのとれていた虚ろの兵団の気配が変わった。
全員が俺たちを見ている。
そして、武器を構えた。
「危機!パグオール殿、我輩だ!ダンジオン王国魔導師インガスだ。かすかにでも我輩のことを覚えておるなら、話をしようではないか!?」
慌てたインガスがパグオールへ声をかけた。
だが、虚ろな顔つきに変わりはない。
「インガス。大丈夫だ。もともと俺たちは二体ともぶっ倒すで来たんだろ?」
「大軍!しかし、これほどの敵の数は予想外で」
「“暗黒”」
暗黒を効果特大で全体化する。
普段の効果は相手の視界を眩ませることくらいだが、最大にまで効果を拡大することにより、その魂を揺らがせ精神と肉体の繋がりを弛ませ、相手の動きを止めることができる。
その魂の揺らぎは、生物相手には動きを止めるくらいしかできないが、それが魂の残り滓である幽霊であったら?
存在そのものを揺るがされた幽霊たちは、そのほとんどが消滅させられた。
「怪訝……。あれほどの大軍が一瞬で……」
「インガス。もう始まってる」
動揺するインガスを後に、俺は駆けた。
パグオールがインガスと旧知の仲とはいえ、俺たちに兵をけしかけた時点で敵対している。
ならば斬るしかないだろ。
「愉悦。ギア殿の顔に笑みが浮かんでおる」
俺はパグオールへ大太刀を振るう。
まるで霞を斬るようにパグオールは斬られた。
手応えがない。
「分かってるさ。幽霊なんだろ。お前が本体ではないな?」
俺は振り返って虚空を斬った。
何もない空間を刃が走る。
そこに、ぐぐぐ、という重みのある手応え。
そこにいきなりダンジオンの兵卒の幽霊が姿を見せる。
俺の大太刀に斬られた姿で。
「隠密!姿を消した幽霊とは!ではパグオール殿はどこに!?」
「ゴブリア、ゴブール、隠れている奴らをやれ」
「「御意」」
虚空に赤帽子の影が二つ、駆け抜ける。
その残像が走るたびに幽霊たちが斬られた姿で現れる。
「残像!なんということだ!赤帽子をかように使うとは」
「早氷咲一刀流“氷柱斬”」
俺は神速の抜刀術の一つ、横薙ぎの攻撃を振るう。
その斬撃に姿を消していた幽霊がまた一人、斬られて消える。
虚空に大太刀を振るい続け、幽霊たちを斬っていく。
「神速!目に見えぬ斬撃とは!」
「インガス!おそらくパグオールはいないぞ」
「驚愕!なんと!」
「最初に現れたパグオールはおそらく幽霊どもの作った幻だ。奴らは統制がとれていない。おそらくずいぶん前から」
「疑問。しかし、我輩らを襲ってきた」
「俺たちが侵入者だから、だ。奴らの縄張りに入ってきたから襲ってきた」
「納得。そうか、虚ろの兵団が参戦してきた時は常に骸の法と骨騎団がこやつらの縄張りに入り込んだ時であった!」
「こいつらは自動的なんだ。自意識を無くして、命令されたことを繰り返すだけの魂の残り物でしかない」
「自動的。そうか、パグオール殿は、我輩らの同胞はすでに消え失せたか……」
ちょっと気落ちしているインガスだ。
「というわけで、今夜で虚ろの兵団は潰す」
「潰滅?」
幽霊ども全部を巻き込む大技を放つ。
今夜はここの他に骨騎団とも戦わなきゃならない。
早めにケリをつけよう。
「行くぞ朧偃月」
朧偃月が、“暗黒刀”の魔法が変化した俺の固有魔法“獄炎華”によって真の力を発揮する。
ただ俺の広範囲攻撃は、以前“大多頭蛇”のナンダを倒した闇氷咲一刀流“闇凍土”くらいしかない。
ただあれは威力が高すぎる。
もっと軽めに全体攻撃できる技はないか。
と、そこで俺は師匠である“剣魔”シフォスが見せてくれた技を思い出した。
確か、無手の時でも戦える見えない魔法の剣を作り出す魔法で。
「無刃斬」
で、それを無数に生み出すのが“無刃斬・銀世界”だ。
だがそこまでの魔法は俺にはできない。
ならば。
隠密性は不要。
刀身に炎を纏わせ、縦横無尽に動き回らせる。
「師匠、技を借ります。“無刃斬・獄花火”」
俺の周囲を炎をまとう刃が埋め尽くす。
その炎の刃が幽霊たちに襲いかかった。




