357.ゴーレンの夜
「ご主人。客が参っております、と皇帝が」
会議から少し時間がたって、巣穴に用意された部屋で休んでいた俺にゴブリアが声をかけてきた。
「こんな真夜中に、か?」
そう。
日が暮れるまでかかった会議が終わった後だ。
もう、真夜中だ。
だが、夜の種族も多い魔王軍では深夜の訪問者が訪れることも幾度かあった。
そういや、吸血鬼の奴らにも長いことあってないな。
仕事は滞ってないだろうか。
とまで考えて、ここでは一年が向こうでの一日でしかないことに気付く。
向こうでは、まだ一時間かそこらしかたっていない。
おかしな気分だ。
とはいえ、向こうも夜中に俺を呼びつける無礼はわかっているはずだ。
それでも、という意志は感じる。
「断りますか」
「いや、会おう」
ベッドから起き上がり、上着を羽織る。
もしも、に備えて朧偃月を持っていくことにする。
そして、部屋を出た。
部屋の外にはゴブリン皇帝がいた。
皇帝を名乗っているのにフットワークが軽い奴である。
「会っていただけるとは思いませんでした」
「なぜだ?」
「疲れがたまっているでしょうし、明日以降の計画に熱心なようでしたから」
「会いたいと言っているのだから会うべきだろう。ましてやお前がすすめるのだからな」
「……ある意味では、我らは彼らにとって侵入者でありますゆえ」
「俺たちが侵入者?」
「ええ」
「何者だ」
「本来の意味でゴーレンの主です」
歩きながら話していた俺たちは、巣穴の外に出ていた。
そして、そこにはボロボロの法衣をまとった骸がいた。
「なるほどここは合戦場跡地だったな」
「……奇妙。ゴブリンの主が人間だと?」
骸はその肉のない口を開いた。
魔法で合成された声が流れてくる。
「確かに俺はこのゴブリンたちを支配下に置いている」
「不可解。だが話が通じるなら問題はない」
「確認だが骸魔導師だな?」
「正答。我輩はインガス。生前はダンジオン王国の戦闘魔導師であった」
このゴーレン合戦場跡地は、ダンジオン王国とメイローズ王国の決戦の跡地である。
戦後、ここに打ち捨てられた亡骸は葬られもせず、やがてアンデッドと化した。
それ以来、ここに人間たちは訪れることはない。
このインガスと名乗る骸魔導師もそんなアンデッドの一人なのだろう。
「インガス殿か。それで今は貴殿がゴーレンのアンデッドの統括をしている、と?」
「返答。この地のアンデッドは今もなお戦いを続けている。ただ肉や骨といった実体のあるアンデッドは少数でほとんどは霊体と化している」
「まだ戦いを続けている?ダンジオンとメイローズで、か?」
「否認。もはや誰がどこの所属かも曖昧模糊である。ただここのアンデッドは三つの集団に別れている。その三勢力が三つ巴の戦いを繰り広げている」
「それで貴殿は結局のところ、そのうちの一つを率いているのだろう?」
「有無。我輩は魔法使い系統のアンデッドをまとめておりまする」
「それで用はなんだ?ここに巣穴があると戦い辛いとでも?」
「確認。ゴブリンの主たる貴殿はここで何をしようと云うのだ?我輩らはすでに修羅道に堕ちた身、誰かが滅びるまでこの戦は永劫続く。ただその戦もここにゴブリンたちが来てから停戦状態にある」
「無用な戦いならしないほうがよいとは思うがな」
「本能。すでに死したる我輩らにとって戦闘こそが存在する本能。目的も失いさまようことはしたくない」
「なるほど、昇天したくもないし、さまよいたくもない、と」
「残存。我輩は我輩のままで永劫を過ごしたい」
強烈な自意識。
だが、わからなくもない。
「俺はな。異世界から来た」
「異世界!?こことは別の違う世界。なんと興味をひかれる事柄だ」
「疑ったりしないのだな」
「不疑。我輩のように死したる者に嘘をはく意味はない。それにもし本当ならば魔導師として探求してみたいのは事実」
「それで向こうに帰るために色々しているんだが、そういうものを扱っているのは大抵偉い奴らだろ。そんなのと交渉するにはこちらにもある程度の力が必要だ。一般市民が国王に直談判はできないからな」
「興味。ゴブリンを支配下に置いている以上、貴殿は魔物の長たらんとしておるのだろう?ならばその軍列にアンデッドが混じってもよいとは思わんかね」
「インガス殿が俺の配下になる、と?」
「降服。貴殿についていけば深遠の知恵を集めることができるやもしれん。ただ」
「ただ、なんだ?」
また面倒なことを言いそうな気がしてきたぞ。
「戦闘中。先ほども言った通り、この地は我輩らも含めて三つ巴の戦闘の最中だ。これを終わらせねばこの地に拠点を築くなど到底できぬ」
ゴブリンの巣穴は立派な拠点なのだが。
まあ人間は地下に巨大な施設があることを知らないからな。
地上に出ているのは小さな入口だし、それに応じた中身しかないと勘違いするのも仕方ない。
そうするようにゴブリンが仕向けてもいるしな。
「具体的にはどうするんだ?一戦行って倒すか?」
「首魁。我輩を抜いた二勢力を治める首魁らを倒すしかあるまい」
「俺にゴーレンの三つ巴の戦いを収めろ、と言うのか?」
「武辺。それができなければ大国と対等に渡り合うなどできるはずもなし」
「言うじゃねえか。よし、やるか」
「ギア様。今からですか?」
ゴブリン皇帝が慌てている。
「戦争をするわけじゃない。あくまで首魁を倒す。それもたった二体だ。今夜で終わる」
ということで、俺はインガスの案内で夜のゴーレン合戦場を歩き回ることになった。
ゴブリン皇帝は朝までに戻らなかった時の対策を頼み、着いてきたのはゴブリアとゴブールだけになった。
「血塗。赤帽子を連れているのか」
「なんだ?嫌なのか」
「秘伝。生前によくゴブリンに殺された者らの調査に協力させられたことがあってな。赤帽子は危険だと刷り込まれておる」
「それには同意する」
赤帽子たちから不満の気配がする。
が、俺は誉めているつもりなんだがな。
「説明。この夜の平野は我輩ら“骸の法”、最大の兵数を持つ“虚ろの兵団”、最小ながらも実体を保持する分、強力な“骨騎団”の三勢力で分割しておる」
「骸の法、虚ろの兵団、骨騎団ね」
「首領。敵の首魁を教えておこう。虚ろの兵団を統治するのはダンジオンの兵団長の幽霊パグオール、骨騎団はメイローズの将軍だったゾンビのロドリグが支配しておる」
「もうダンジオンだの、メイローズだのいう枠組みはないんだろ?」
「そうだ。両者の魔法使いを集めたのが我輩ら骸の法であるし、兵卒らがより集まったのが虚ろの兵団、将官クラスが集まっているのが骨騎団だ」
「ふうむ。国よりも役割で分かれてより集まったのか。興味深いな」
「興味!しかりしかり、死後はいわば本能のみで動いている。そうなれば国よりも、その時のつながりのほうが優先されるのかもしれぬ。仕事が敵味方を超えて共通する同士でつながっていくのが我輩には面白かった」
「では、どちらから向かう?」
「故国。少なくとも同じ国出身の方がまだ話が通じるであろう。虚ろの兵団のパグオールのもとへ向かおう」
「わかった。行くぞ」
「……ゴブール」
ゴブリアは、同僚に話しかけた。
「……なんだ?」
「どうしてあの二人は仲が良いのでしょうか」
「さあな」
と後ろからついていく二人の赤帽子は不思議に思いながら走った。




