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356.幻の都市を造ろう

「メイローズのありとあらゆる資料に都市国家ゴーレンの名を刻む。歴史書、帳簿、記録。書き記せるもの全てにだ」


「それで記録上はゴーレンという都市がもとより存在していたことにはなるでしょう。しかし」


「ふふふ。しかしその実態はない、そう言いたいのだな?」


「その通りです。我々ゴブリンは地下に巣穴シタデルをつくるのは得意ではありますが、地上の都市の建設などは不得手で」


 困ったような顔のゴブリン皇帝に続いてミスルトゥも口を開く。


「先に言っておくとエルフも得意ではありませんわ。樹木を利用した街づくりには一日の長がありますけれども」


「それは俺に考えがある」


 ヒントはニューリオニアだ。

 魔王軍にリオニア王国が攻められた際に、リオニア王家はニューリオニアへ遷都した。

 その是非はともかく、子爵程度の領地でしかない場所に新都は築かれた。

 市街、城塞、神殿、いくつかの離れた区画を繋ぎあわせ、そしてその全てを長大な城壁で囲むことでニューリオニアは誕生した。

 防備の要であり、都市としての威容を示すその城壁は魔法によって構築されたものだ。

 高位の白魔法使いが常時瞑想することで、その城壁は保たれている。


 俺はそれを応用する。


「都市を建設するのですか?」


「いや、造り出す。このゴーレン合戦場跡地の、というよりはここに造られた巣穴シタデルのさらに地下にある地脈を利用してな」


「それは……わたくしがする、ということですか?」


 ミスルトゥはちょっと嫌な顔をした。

 根の宮で地脈とエルフの村を繋ぎ、エルフの民に魔力を分け与える仕事である“宿り木”であったミスルトゥにとって、地脈の仕事は嫌な思い出なのだろう。

 確かに地下深くにある“根の宮”から一歩も出ずに魔力を繋ぎ続けるのは面白いものではないだろう。


 だが。


「お前が思っているようなことはしない。やってほしいのは幻術だ」


 相手に幻を見せる魔法全般を幻術という。

 その内容は同じ幻といっても様々で、映像を光学的に再生するものから、催眠術のように精神に干渉して幻を脳内に見せるものまで千差万別だ。


「幻術は、その、あまり得意ではないですわよ?」


「そうか。だが、感覚干渉系の魔法は一つ覚えておけば応用が利くぞ」


 俺の“暗黒ブラックアウト”も相手の視界を奪ったり、感覚を制限したりと上手く使えば大きな効果を生み出すことができる。

 契約魔法のスロットを一つ潰すのは惜しいと思う者もいるかもしれないが、補助魔法や妨害魔法を一つ入れておくのは戦術的にも大変に役立つ。

 それが俺がミスルトゥにおすすめする理由だ。


「具体的には何をすればよいのです?」


「訪問客には二つの幻術を受けてもらう」


 一つは立派な都市の幻影だ。

 可もなく不可もなく、過ごしやすそうな都。

 その姿をゴーレンに訪れるものに見せるのだ。


「これは常時展開型の幻術ですわね」


「そうだ。魔法の式は俺が書く。地脈の魔力を使って自動的に発動できるようにしておくとしよう」


 この魔法のヒントは、サンラスヴェーティアにある。

 夢神官ラグレラが、魔人の魔力を撹乱し動けなくする魔法を自動的に行っていたことを俺は思い出す。

 大きな円盤に魔法式を刻んで魔力を注ぐことで、自動的に魔法を発動することができていた。

 まあ、魔力はサンラスヴェーティアの市民から強制的に徴収したものだったが。


 魔力が地脈から供給されるし、魔法式は360度から見てほころびがなければよいので、簡単に書ける。


「二つ目はなにを?」


「今度は街に入った者に精神的な幻術をかける」


「具体的には?」

 

「その者が望む理想の都市を見せる、という魔法だな」


 一つ目の幻術が立派な都市の姿を見せることで二つ目の幻術の下地になるのだ。


「となると、これは入口……城門あたりに仕込んだほうがいいということですわね?」


「そうだ。その都市に入る者が必ず通る場所だ」


 そこに幻術のトリガーを仕込む。

 二つの魔法を組合わせることで相乗効果をうむだろう。


「しかし、徹底的ですわね」


「徹底的にやらねば信じてもらえまい?」


「ついさっきまでなかった都市が急に現れたメイローズの奴らの困惑ぶりは想像にかたくないな」


 とゼルオーンが笑う。


「そこまでして、ここに都、都の幻影を見せるのはなんというか」


 ゴブリン皇帝が困惑している。


「人間というのは目に見えるものに影響されるからな」


 立派な都、領地、精強な兵、もちろん本人の身なりも必要だ。


「虚栄を見て、本質を見ずに騙される、か」


 この中で唯一の人間であるゼルオーンが、難しい顔でそう言った。


「都市の幻術が形になったら、メイローズの王都へ向かう」


「一気に本丸か」


「ゴーレンの存在を認めさせる、というわけでしょうか?」


「いや、公的にはゴーレンは存在していることになっている。俺はその領主としてさも当然のように振る舞おうと思っている」


「ゴーレン領主様は何をなされようとしているのです?」


 ゴブリン皇帝が俺をうかがう。


「赤帽子たちにゴーレンのことを記述させながら、資料を調べさせる。長い歴史を持つ王国だ。醜聞の一つや二つあるだろうさ」


「それをネタにメイローズ王国を脅す、と」


「まあな。軍を組織して攻めるより、内部から瓦解させる方が楽だしな」


「明らかに武人のなりをしてよく言う」


 と、ゼルオーン。


「他人事のように言っているが、お前にも働いてもらうぞ?」


「あ?俺に何をさせようっていうんだよ?」


「ゴーレン都軍軍団長」


「都軍の団長だと?」


「そうだ。メイローズ王国には国軍がない。各都市の軍団が有事には連携してことにあたることになっている。お前にはゴーレンの都軍を指揮してもらう」


「なんで俺がそんなことを」


「実力があって、人間で、騎士だからだが?」


「他に誰かいねぇの?」


「回りを見てみろ」


 ゼルオーンは周囲を見た。


 でっぷりと太っているゴブリン皇帝と目が合う。

 ゴブリンなのに、その目には老練な為政者のような圧を感じる。

 横には、エルフの娘、ミスルトゥがいる。

 こちらを一切見ずにギアの方だけ見ている。

 そして、ギアがいて、その後方には二体の赤帽子ゴブリアとゴブールがいる。


 以上だ。


「俺か」


「ゴブリンの武将はいるがな」


 ゴブリン戦士からさらに進化するとゴブリン武将になる。

 精悍な見た目になるが、さすがに人間の国の指揮官にはできない。


 となると、ゴーレンの軍団長は人間のゼルオーンしか勤まらない。

 幸いにして能力もあるしな。


「……まあ、いい。似たようなことは十年前もやっていた。面白そうだからやってやるよ」


「頼む。ではさっそく、到着した戦闘奴隷から良さげなのを百人くらい見繕って俺の近衛隊として仕立て上げてくれ」


「また無茶苦茶言うな」


「奴隷とはいえ、もとは冒険者や野盗出身の者も多い。この場所に慣れさえすれば使えるだろう」


「はいはいわかったよ。整列して行軍できるくらいには仕立てて見せるさ」


「頼むぞ」


 偽物の幻影の都市が動き始めた。

 家に帰りたいのに出先で店を開くようなことになっているが、そっちの方が帰りは早くなるだろう。



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