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355/417

355.異世界人にこの世界の常識などあるだろうか?いや、ない

 ゴーレン合戦場跡地に俺たちは到着した。


 戦役そのものはずいぶん前に終わっているから、そこはただの平野だ。

 何にもない野原である。

 その中心に、ピオネ村付近で見たゴブリンの巣穴シタデルと同じものがある。


「ずいぶん小さいな」


 と、“破壊騎士”ゼルオーンが言った。

 こいつは、巣穴シタデルに入ったことないからな。

 あの中の特殊な構造を見たら驚くかもしれない。


「典型的なゴブリンの巣穴シタデルですね。地下にずいぶん拡げているのがわかりますわ」


 なぜかミスルトゥが詳しいような言い方をした。

 地脈から力を引き出せる特殊なエルフゆえに、地下に作られる巣穴シタデルのことを知っていたのか?


「ご主人、中から迎えが来ます」


 ゴブリアが教えてくれる。


「そうか」


 出てきたのは、ゴブリン皇帝カイザーだった。


「お待ちしておりました」


 ゴブリン皇帝は頭を下げた。

 それに反応して、ゴブリアとゴブールも膝をつき、頭を垂れる。

 やはり皇帝というだけあって、偉いらしい。


「首尾はどうだ?」


「指示をお待ちしておりました」


「座れるところへ案内してくれ」


「はい。ではこちらへ」


 ゴブリン皇帝は俺たちを巣穴に案内した。


「五百人の奴隷をここへ向かわせている」


 ゴブリン皇帝は眉、のあるところの筋肉を動かした。

 人間でいう眉をひそめた、という感じか。


「我々の世話をさせるつもりでしょうか?」


「いや、戦闘奴隷だ」


「はい?」


「お前たちの戦闘技術を仕込め」


「奴隷とはいえ、人間が私達ゴブリンの言うことを聞くでしょうか?」


「聞かせるんだよ、と言いたいところだが、まあ難しいだろうな」


「そうでしょうね」


「俺が最初に見てやるか」


「そうして頂ければ幸いです。……ところで」


「なんだ?」


「ギア様のお考えをお聞かせください」


「ふふふ。目的がなければ動きようがない、か?」


「そのようなことです」


「ちょうどいい頃合いか。ミスルトゥもゼルオーンも聞いてくれ」


 エルフのミスルトゥは頷き、ゼルオーンはこちらを見た。


「あんたの目的か。俺も聞きたいところだ」


「俺はこの世界の人間ではない」


「!?」


 その驚きは全員で共有された。

 何人かは前に話をしていたし、知っていてもおかしくないはずだったが。


「元の世界に戻るために、多くの国や組織と交渉する必要がある。個人の力ではどうしても時間がかかるからな」


「普通はコツコツ探すのでは?」


 というミスルトゥに。


「それでは時間がかかりすぎる。それに、これは魔物の組織化も考えてのことだ」


「魔物の組織化、とは?」


 とゴブリン皇帝が聞いた。


「今のまま魔物がそれぞれ活動し、冒険者や兵士に倒される。それでいいなら構わんが、魔王的にはどうも気に入らん」


「あんたはどっちの立場なんだよ?」


 ゼルオーンが聞いているのは、俺が人間と魔物、どちらの立場に立っているか、だ。


「俺は純粋な人間ではないし、魔物の王という役職もある。どちらかといえば魔物側の存在だぞ」


「……まあ、ゴブリンの巣穴に案内された時点で覚悟はしてたけどよ」


「どうする?人間のゼルオーンは俺を切って、ゴブリンたちを全滅させるか」


 俺とゼルオーンは目を合わせた。

 そして、ゼルオーンの方から目をそらす。


「よせやい。いくら俺でもあんたは倒せない。そのうえゴブリンの大群に包囲された状態ではな」


「そうか。……俺としては魔物側に立ってはいるが、人間と敵対する気はない。お前は気に入らなければ好きに動いていい」


「俺の望みはただ一つだ。それ以外はどうでもいい」


 世界を元に戻し、本当の自分に戻ること。

 それがゼルオーンの望みだ。

 それが成就する可能性は低いだろう。

 もう、この世界は変わってしまっているし、どうなれば元に戻るのかを誰も知らないのだから。


「とまあ、大局的には、この世界の大きな相手と交渉するためのガワを作るということだ。そのうえで、これからここにいる者たちにお願いしたいことがある」

 

「お願い?」


「まずはメイローズ王国だ。いくつかの都市国家の連合体であるこの国をコントロールし、俺の名をこの世界に拡げる。その手助けをしてほしい」


「ええ?」


 全員が怪訝な目を向ける。


「いや、おいおい。もっと、こう、あるだろ?」


「何がだ?」


 ゼルオーンが何か言いたそうなので聞いてみる。


「あんたが野心でそう言っているわけじゃないのはわかっているが、国をコントロールとか、名声を広めるとか。ちょっと予想外だ」


「しばらく滞在してわかったが、このメイローズは都市の力が強い。そのバランスを壊さない程度の新勢力になれば各都市間の力関係を利用して王国に強い影響力を持てる」


「ギア様が一つの都市を新たに興す。そうとらえてよいのでしょうか?」


 ミスルトゥの質問に俺は頷く。


「どこにだよ?このあたりの都市になるほどの平地には、古くからの都市が存在している。新たに都市を興すとなれば辺境の辺境にしか場所はないぞ?」


「場所はある」


 と、俺は笑う。


「まさか」


 ゴブリン皇帝が何かに気付いたようだ。

 さすがに勘が鋭いな。


「場所はここ、ゴーレン合戦場跡地だ」


 数万の兵士の大会戦が開かれた肥沃な平野であり、数十年誰も統治していなかった土地。

 それが、ここだ。


「ここに!?」


「ローリエ」


 俺は葉の形の石に呼び掛けた。

 呼び掛けることで魔力が石に伝わり、エルフの樹楽台にいるローリエと回線が通じる。


 不機嫌そうなエルフの顔が浮かび上がった。


「また使ったか」


「頼みたいことがある」


「なんだ?資金か、食べ物か、それとも寝るところか?」


「ギアが領主をつとめる都市国家ゴーレンの存在を樹楽台で認めてほしい」


 辺境の中での最大の都市グリーサに大きな影響力を持つエルフの統治機構“樹楽台”

 俺はその力を最大限行使することにした。


「え?なに?お前本気か?」


「本気だ」


「何をする気だ?」


「そうだな……最終的には俺の世界に戻らなくてはならないが、世界征服なんていいかもしれんな」


「……それをエルフが手伝うことにメリットは?」


「とりあえずはその新たな都市に樹楽台の支部を置いたらどうだ?」


 少し考えたあと、ローリエは言った。


「上に相談してみよう。お前は建都の準備でも進めていろ」


 おそらくローリエはミトラクシアあたりに相談するのだろう。

 今まで概念すらなかった“魔王”という存在に従うという口伝があるらしき高位のエルフである彼なら、俺の言うことに頷いてくれるだろう。


「あんたって、常識ねぇのな?」


「俺は異世界人だからな。この世界の常識などあるものか」


「なるほど。そりゃそうだ」


 と、ゼルオーンが納得したところでゴブリン皇帝が口を開いた。


「エルフの協力はたいへん結構ですが、いかがするおつもりで?人間は新しい地位や領土を認めぬ種族と我らは思っておりますが」


 ゴブリン皇帝の見方はおおむね正しいが、俺は別に認められようとは思っていない。


「まずは赤帽子らに命じて、メイローズの資料を改ざんするとしようか」


「はい?」


 とゴブリン皇帝は妙な生き物でも見るような目つきで俺を見たのだった。

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