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354.中枢にいる者、“霊帝”

 そこは神々の世界だった。


 便宜的に“天界”と呼ばれることもある。

 “暁の主”ラスヴェートがその主人である。


 かつて、世界を創造した別の神々が住んでいたという雲上の島々を次元的に切り離した場所だ、という。


 注ぐ陽光は常に春の朝の煌めきであり、吹き抜く風は初夏の気持ちよさを保っている。


 その中心たる雲の島には、その神々しい雰囲気にはふさわしくない禍々しい玉座が一つ置かれていた。

 だが、その主人の出自を考えた時に、世界を破壊する魔王として生まれながらも、長き時を経て英雄となり、ついには世界を治める神となったラスヴェート神にはちょうどいい玉座であることも間違いはなかった。


 玉座にラスヴェートは座り、目の前に座る者を見ていた。


 黒い法衣をまとい、白い仮面を被ったそれは仮面の奥からじっとラスヴェートを見据えているようだった。


「何か、言いたいことがあるか?」


「いえ、我が心酔する最高神ラスヴェート様にお会いできて最高でございます」


「そうか。では聞こう。お前は何を封じ、そして何をした?」


 目の前に座る者、それは魔法を司る神であった。

 魔法使いの魔法との契約、新たな魔法の創造やその登録と周知などをするためにラスヴェートによって任命された神である。

 その前身は、ラスヴェートが天界を訪れた際の動乱で消滅させられた神の一柱である。

 名も忘れられた神であるそれは、ラスヴェートに魔力を与えられ、魔法に対する権能を付与され、魔法の神として再誕した。


 だが数千年を経て、独自の変化を遂げたそれはラスヴェートも知らない何かをし、そして今回の事件を起こすことになった。


「包み隠さず話しましょう。私が封じていたのは“霊帝”でございます」


 ラスヴェートの眉がピクリと動いた。


「それは余が知る“霊帝”のことか?」


「はい」


「そうか……」


 ラスヴェートによって任命された魔界の管理者たる魔王。

 その一人が“霊帝”だった。


 魔法の神はニコニコとしている。


「余の知る限り、彼奴はちゃんと滅びたはずだ」


 魔王は五人いた。

 初代、魔人の“将烈帝”ガルダイア。

 二代、精霊の“霊帝”。

 三代、妖鬼の“闘神”ガオーディン。

 四代、竜の“緋雨の竜王”メリジェーヌ。

 五代、魔人の“約定の烈王”トールズ。

 厳密に言えば、ラスヴェートも魔王であるし、その力を譲り渡したギアという魔人もいるが、魔界の管理者である魔王はその五人だ。

 そのうち、初代のガルダイアは魂もすり減っており、そのまま埋葬された。

 三代から五代目は亡くなったものの、ラスヴェートのもとには魂のコピーが保存されている。


 そういえば、とラスヴェートは二代目の“霊帝”だけはよく覚えていなかった、と思い出した。


「“霊帝”は精霊の王でしたゆえ、完全なる滅びは訪れませんでした。その記憶と力を近くにいる精霊に継承することができたのです」


「なるほど、“霊帝”が滅びていないのはわかった。だがその他の答えはまだ聞いておらぬ」


「“霊帝”はその特質さゆえに完全に滅びることなく、そして継承を繰り返すことで無制限にスキルを入手できたのです」


「精霊は強い感情が溢れることで誕生する。それはすなわち、感情のある生物が存在する限り、精霊は増え続けるということ。“霊帝”が存在し続け、継承を続けていたとなるとそれが保持するスキルは膨大なものとなる、ということか」


「はい。魔王ガオーディンの死後、竜の女王の台頭以前に私はそれに気付きました」


「千年ほど前か……霊どもの寿命など知らぬが、どれほどの継承が行われたのか」


 スキルは魔界に住む者に発現する魂の形、力だ。

 必ず発現するわけではないが、魔王に近ければ近いほどそれは発現しやすくなる。

 魔王である“霊帝”から記憶と力が継承されれば、ほぼ確実に発現するだろう。


「結果、私は“霊帝”を調査し、捕獲することにしました」


「ふむ」


「最終的に私は敗北し、しかしそのまま野放しにするわけにはいかずに“霊帝”を我が身に取り込むことにしました」


「余の任じた神を打ち負かすほどに、か」


「はい。魔力そのものである精霊、その集合体である“霊帝”は神に近くなっている、と私は感じました」


「しかし、お前はお前としてここにいる」


「私は、私の創造した世界に“霊帝”を封印しました」


「魔法世界イグドラールに、か」


「その通りです」


「なるほど、それで、か」


「それで?」


「いや、こちらの話だ。イグドラールに封印した“霊帝”はどうなった?」


「はい。ご存知かと思いますが、イグドラールの中は時間がこちらより早く流れます。そのため“霊帝”は恐るべき速度で進化しておりました」


「時間経過によって発展するスキル、を保持していたのかもしれぬな」


「はい。その世界のいくつかの国家に“霊帝”の強い影響が出てきました。さらにそのせいで私にも“霊帝”が影響するようになっておりました」


「余に報告するという方法はとらなかったのか?」


「申し訳ございません。思考もコントロールというか誘導されておりました」


「ああ、感情を司る、それが精霊の本質であったものな」


「しかし、無意識下で私はラスヴェート様に助けを求めており、魔界の魔王軍本営を訪れました。そこで」


「そこでリヴィエール嬢に出会った、か」


「はい。ラスヴェート様の匂いがいたしました」


 ラスヴェートの力を譲り渡したギアの妻となる女性。

 それがリヴィエール嬢だ。

 ならば、ラスヴェートの影響がないとは言えまい。

 それを魔法の神は嗅ぎとったのだろう。


 だが、それも“霊帝”の目論見だったとしたら。


「リヴィエール嬢の人外の魔力を狙ったのかもしれんな」


 魔法の神は、その神威と“霊帝”を彼女に譲渡した。

 やがて、“霊帝”は彼女を侵食し、本営を中心にした新世界を創造した。


「私は星の海へと排斥されており対処できませんでした」


「それは知っておる。お前を回収したのはつい先ほどのことなのだからな」


 魔界の魔王軍本営が球体化した新世界と化したのはついさっきのことだ。


 その中には五名の人物が囚われている。

 たまたまその中に、ハヤトの知り合いがいたことで中の様子を知ることができている。

 魔界側でも“深淵の夢の使者”が夢に適正のある人物を送り込んでおり、解決に向けて活動しているようだ。


「おそらく、その新世界の中で行われているのは“空の結合”かと思われます」


「空の結合、とは?」

 

 ラスヴェートにも知らないことはある。

 彼は最強にして、最高の神ではあるが全知でもなければ全能でもない。

 だが、知らないならば聞けばよい。


「この世界に満ちる青白い魔力と新たな世界の力となる赤い魔力を融合させて、その反発力で全てを滅ぼすことです」


「新たな世界の力……それは、余が太古に葬った巨神の力のことか?」


 天界がざわつく。

 ラスヴェート十二神が、動揺しているのだ。

 十二神こそは世界を滅ぼす赤い巨神をラスヴェートとともに倒した者なのだ。

 その巨神の力が関わっていたとなると、話は面倒になる。


「新たな世界は今もなお虎視眈々とこの世界を滅ぼそうとしております。その通り道たる金属の祭壇は世界各地に存在します」


「それはおいおい対処せねばならんな」


「その余裕があれば、ですが」


「反発力とやらはそれほどのものか?」


「あの円盤世界は消え去るでしょう」


 魔法の神の声音は落ち着いていた。

 おそらくは“霊帝”の影響が抜けているのだ。


 その状態で語ることだ。

 おそらくは本当なのだろう。


 ラスヴェートは暗澹たる気持ちでそう思った。

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