353.歩きはじめる
世界の変貌は、ここの創造神がその神威をリヴィに譲り渡した時に発生した。
結果、リヴィはこの世界の女神となった。
だがその時に、元の神が封じていた何かが解き放たれてしまったのだ。
その正体はわからないが、もしかしたらそれがあの夜のリヴィの態度の原因かもしれない。
そして、この世界では神の権能の変更によって歴史自体が書き変わるほどの変貌をもたらした。
それはいくつかの国が消え去り、また誕生した。
人々の記憶や、記録すら書き換わった。
書き換えられたことすら気付かぬうちに。
しかし。
それを覚えていた者もいた。
消え去った国、霊宮王国。
繁栄の極みから崩壊寸前にまで落ちぶれたフレイメント皇国。
他にもいくつかの国や地域の出身者がそれぞれにより集まっていくつかの集団ができた。
それをまとめあげたのは、新生した世界でも英雄と言われた“騎士の中の騎士”オリエンヌ・メイスフィールドだった。
彼はもともとクー・スー帝国の騎士団長を勤めていた。
その帝国の最強の騎士として活躍していた彼だったが、変貌の結果クー・スー帝国は無くなった。
クー・スーという名の小国は残ったが、かつての栄光は失われた。
その世界線ですら、オリエンヌは“騎士の中の騎士”と呼ばれていた。
オリエンヌは変貌の後、失踪した。
そして、次に世に現れた時にはその後ろには“忘れなかった”者たちを引き連れていた。
世界を糺すことを目的とした集団“霊帝騎士団”はこうして生まれた。
霊帝騎士団が魔法世界イグドラールで注目されるようになったのはその成立過程もそうだが、その戦力も大きい。
傷を恐れず、戦鬼のように戦うその姿は対峙する者に恐怖を覚えさせるのに十分だった。
また彼らは、魔法使いではないにも関わらず、魔法のような何かを発動することができた。
たいていの場合、彼らの関わった戦場はただではすまない。
世間一般に秘密にされている騎士団員の“不死性”、そして何らかの能力がこれを成しえている。
神器。
秘密の正体を知るものは少ない。
オリエンヌが変貌の前後で変わらぬ称賛を受けているのは、この神器を所持しているからでもある。
たとえばそれは、人間に幾度死んでも復活させる不死性を与える神器“魔の大釜”。
たとえば、人に秘められた力を呼び覚ます“運命の石”。
そしてもう一つ、彼が持つことでその武力をさらに高める武具。
この三つの神器を所持するがゆえに、オリエンヌは“騎士の中の騎士”であった。
エルフの隠れ里的な雰囲気を醸し出す“樹楽台”から帰還した俺たちは冒険者組合の組合長から質問攻めにあいながらも無事に帰って来たことを喜ばれた。
そして、グリーサ古代遺跡の魔力反応調査の報酬を受け取り、旅の支度を整える。
そうこうするうちにゴブリアから、ゴブリン族の使者が来たことを告げられたのだった。
「ゴブリン皇帝からの?」
「御意にございます」
人目につきにくい路地裏に入り、そこで使者と会うことにした。
やってきたのは赤帽子だ。
「同盟者様におかれましてはご機嫌うるわしく」
「余計なことは言わんでいいから皇帝からの言葉を言え」
この赤帽子も最初のころのゴブリアとゴブールと同じように俺のことをちょっと下に見ているようだ。
こいつにも例の殺気を浴びせようかと思ったが、彼の横にいる二人の赤帽子が使者へ短刀を突きつける寸前の殺気を浴びせていた。
それ以上主をないがしろにすれば同族とて容赦なく処刑する、という雰囲気なのがゴブリア。
お前止めとけ、相手の力量をよく見てみろ、と牽制しているのがゴブールだ。
二人の性格の違いが見えて面白い。
「……!?……これほどまでに手懐けなされたか……」
手懐けた覚えはない。
ただ上下関係をわからせるために殺気を浴びせたらこうなっただけだ。
「話は終わりか?」
「い、いいえ。我らゴブリン族はメイローズ王都手前にあるゴーレン合戦場跡地に駐屯しております」
「地図」
「はい!」
ゴブリアが地図を差し出してくる。
グリーサからさらに王都へ続く街道のものだ。
道をたどっていくと、王都の手前で二股に分岐しているのがわかる。
一本はそのまま王都へ行く道。
もう一つがゴーレン合戦場跡地を経由する道だ。
「悪くない位置だ。王都に近く、かつ街道から離れているため見つかりにくい。もし、ここに来る者がいたらどう対処するつもりだ?」
使者の赤帽子は目をぱちくりさせた。
「ご存知ありませんか?」
「ここの常識には疎いのでな」
「このゴーレン合戦場跡地はゴースト系アンデッドの大発生地域なのです」
メイローズ王国は数十年前に王都直前まで攻めこまれたことがあった。
隣国ダンジオン王国は、血統的にメイローズ王家とは縁戚関係であり、その血統からメイローズの支配権を主張し攻めこんできた。
連敗続きだったメイローズ軍の最後の抵抗の場所であり、ダンジオン王国が大敗北を喫したのがこのゴーレン合戦場だった。
戦いは凄惨なものであり、両軍の多くの兵士が命を落とした。
その結果、ここはゴースト系アンデッドの巣窟となった。
戦後数十年がたっても、この地を訪れる者はいないのだった。
そこにゴブリン皇帝は新たな巣穴を造り上げたらしい。
「大丈夫なのか?」
「人間の幽霊がゴブリンに何か危害を加えると?」
「そうか。そこにいる幽霊たちは生前の相手である人間だけを認識している、のか」
なので、ゴブリンたちはゴーストたちに完全にスルーされていた。
「はい。なので我々ゴブリンは安全なのです。我らが皇帝は貴公が早く合流していただけないか、と伝えたがっておりました」
「わかった。なるべく早く王都へ向かおうと思う」
「では、それを伝えて参ります」
と、使者の赤帽子は姿を消した。
が、気配が残っていて、その移動ルートが把握できる。
「未熟だな」
「しかし、我々もあのようなものでした」
「そうだったな」
「そもそも隠密状態の赤帽子の気配を普通は見ることはできないんですよ」
「そう、か?」
やがて別行動していたミスルトゥとゼルオーンがそれぞれ合流する。
「ご主人、もう出ますか?」
「そうだな」
グリーサにはあまり滞在しないわりに濃厚な経験が多かった。
「ちょっと待ってくれ。ボルフェティノ商会から言付けがあったぞ」
奴隷を扱うボルフェティノ商会とは、俺の全財産を使って戦闘奴隷を購入した関係だ。
「内容は?」
「五百揃えた。送る場所を教えてほしい、だとよ」
「商会に行くか?」
「いや、俺から伝えられる」
ゼルオーンとボルフェティノ商会とはなんらかのつながりがある。
俺はそれを追及する気はない。
なぜかゼルオーンには甘い対応をしている気がする。
「そうか。ならゴーレン合戦場跡地へ向かわせろ、と伝えてくれ」
「ゴーレン合戦場跡地……正気か?」
やはり、そこは人間にとって危険な場所のようだ。
だからこそ、ゴブリンにとっては最良の拠点となる。
「正気も正気さ。何、幽霊に襲われない手立てはある」
ゼルオーンは納得はしていないが、うんとは言った。
「なら、いいが」
「ゴブリア、さっきの赤帽子に奴隷たちを助けるように伝えてくれ」
「御意」
「よし、そろそろ出るか」
グリーサの外へ。
空は青く澄み渡り、道は続いていく。
残された時間は有限だが、まだ余裕はあるはずだ。
ここに来た時より、仲間や知り合いが増えた。
本当に会いたい人はここにはいないのだけれど。
とりあえず、俺は歩いていこう。




