348.時を止めて、命持たぬ君とたわむれ
『その譲渡の時に、余の部下がその世界に閉じ込めていたモノが解放されてしまった』
ラスヴェートの祭壇から膨大な魔力と共に、かの神の声だけが聞こえる。
この魔力の奔流は、それだけラスヴェート神の力がとてつもないことと、それだけの力を持ってしても会話しかできないこの世界の異常性を示している。
「閉じ込めていたモノ?」
『うむ。それがこちらに現れたために今度の事件に繋がったのだ』
「今度の事件?」
『そう。魔王軍本営隔離事件だ。魔王軍本営全域が異界に隔離された。その中に閉じ込められた者もいる』
「それは……あの時の、か?」
この世界に来るきっかけとなった、リヴィの異変。
どうやら、その後があったらしい。
『閉じ込められたのは、シフォス、メリジェーヌ、ラグレラ、ニコ、キャロラインの五人』
「師匠やメリーさん、ラグレラはいいが、ニコとキャロラインか」
前二者は実力的には申し分ない。
どんな異変でも任せておけるだろう。
ラグレラは未知数だが、サンラスヴェーティアの一件では強者であることを見せていた。
問題は、残りの二人だ。
ニコは妙な加護がある気がするが、キャロラインは普通の女の子だ。
生き延びることができるのか。
『それがな。非常時には若い娘の方が頼りになるものらしい』
話を聞くと、ニコは勇神ハヤトの支援を受け、一時的に剣の達人並の力を持ち、キャロラインも師匠の支援を頑張っているらしい。
「それは、なんというか意外だな」
『というわけで異変は異変だが、まだ猶予はある。そこで力をつけるなり、脱出するなりするがよい』
「待て。俺はここでもう一週間は過ごしている。そんなに長期間異変は続いているのか?」
『時間的な問題はない。なぜなら、その世界の一月はこちらの一刻程度だからな』
「は?」
『そちらの時間で一年過ごせばこちらでは一日が過ぎる、という具合だな』
「そう、か。そうなのか」
安堵したわけではないが、焦燥が無かったといえば嘘になる。
夜、目を閉じるたびに自分が手遅れになっている不安に苛まれていることは誰にも言っていない。
『ちなみにその世界の脱出方法だが、余の知っておるルートを教えておこう。世界樹の天頂にある次元門を抜ければ余のもとにたどり着ける。さすれば余が直々にそちの世界へ送ってやろう』
「仰々しい名前のルートだな。そこへはどうやっていくんだ?」
『うむ。その世界に七つある大聖殿に隠された英霊の封印を解き、人間、エルフ、巨人、獣人の四種族がそれぞれ崇める神像に嵌められている宝玉を得るのだ。その宝玉を霊峰の中腹にある氷結洞窟の中にある祭壇に捧げ、守護者であるカグヤノミコトを倒せば世界樹への道が開ける、という寸法だ』
「わかった。却下する」
いくら時間があるとはいえ、そんな聞いただけでも面倒なルートを通るのは時間の無駄だ。
一年では終わらない自信がある。
『そうか?余がその世界の創造に関わった時に特別に設置させたものなのだがな』
「今まで誰か世界を超えてあんたに会いに来たことがあるのか?」
『あると言えば嘘になるな』
「ないんじゃないか」
『いいのだ。こういうのは』
「さすがは時間に余裕のある神様だな」
『さて、余計な話をしたせいで時間がなくなってしまった。余の手助けを断ったからには己の力で帰ってくるのじゃ』
「わかった。ありがとうラスヴェート」
『何がだ?』
「これでも不安だったからな」
『ふむ。余の力を受け継ぎし魔王であっても不安か』
「力と心は別物だからな」
『なるほどなるほど。それは至言であるな』
では余は去るぞ。
達者でな、と祭壇に流れ込む魔力が途切れた。
ラスヴェートが去っていったのだ。
「特に何もありませんね」
ミスルトゥのはっきりとした声が聞こえた。
「そうだな。何かあれば俺の力を見せつけることができたのにな」
今度はゼルオーンだ。
二人が話をはじめた。
いや、止められた時間が動き出したのだ。
と共に、去っていったラスヴェートが抑えていた何かが目を覚ます。
遺跡に祭壇と来れば何かが起こるのは必然だろう。
「全員戦闘配置だ。来るぞ」
「来るぞって何が!」
「ここにわたくしたち以外生き物はおりませんわ」
文句を言いつつも二人ともなんだかんだ戦える状態になる。
「生き物では、ないんだろうな」
ばぁーん、と祭壇が吹き飛んだ。
そこには石でできた手が生えていた。
手、というよりはマニピュレーターと言った方が雰囲気は出る。
それは閉じ込められていた地下から姿を現す。
「なんだありゃ」
「古い伝承で聞いたことがあります。石でできた命もたぬつわもの、機械兵」
発音は同じだが、俺の知る石人とは微妙に違うようだ。
魔界の一種族として意志を持つ者だと俺は認識していたが、こちらでは意志を持たないカラクリ人形のようだ。
高さは2メートルほど、妙な紋様が彫られた石材を組み合わせて人型にしたように見える。
機械兵はその石材の塊のような腕を振った。
それだけではただの鈍重な攻撃だが、そうはいかなかった。
腕の紋様が光輝く。
青いそれは寒々とした氷のようだ。
回避しようとした俺は足元の違和感に気付く。
「足が凍って!?」
それはミスルトゥもゼルオーンも同じだ。
足元が凍りついているのだ。
「さっきの紋様か!」
そう言っている間にも機械兵の腕はこちらへ迫り来る。
「来たれ“閻魔天”」
俺の中の魔力が渦巻き、炎として顕現する。
足元の氷は瞬時に溶け、俺はミスルトゥの前に駆け寄り、そこに激突寸前だった腕を止める。
「すみません!」
「いいから動け!ゼル!」
「応よ!ぶっ壊してやらあッ!」
ゼルオーンも無理矢理、凍りつく足を動かし踏みつけ、その勢いで両手剣を振るう。
その巨大な刃は、ただの鉄塊のように機械兵の腕に叩きつけられた。
その一撃で腕は木っ端微塵に、粉々に、粉砕された。
それだけの威力の剣、ではなく“破壊騎士”としての奴の能力だろう。
「“魔力弾”」
ミスルトゥが放つ青白い魔力の塊は、機械兵の胸部に衝突した。
その衝撃に機械兵はよろめく。
今だ。
俺は跳躍し、空中で朧偃月を抜く。
そして、半自動的に大太刀に炎がまとわりつき、“獄炎華”モードに入る。
危機を察したか、機械兵は無事な片方の腕を振り上げ大太刀を防ぐ。
ガギリ、と大太刀の刃が腕に食い込む。
腕に彫られた紋様が今度は赤く輝く。
どうやら、腕を炎属性にすることで“獄炎華・朧偃月”の炎を防ごうとしているらしい。
「なかなかに良い対応だ。だがな、俺の炎は“闇”属性だ」
朧偃月の峰から噴き出した漆黒の炎が、炎の防御などまったく関係なくゴリゴリと機械兵の腕に食い込んでいく。
そしてついに腕は切断された。
さらに勢いを増した大太刀は機械兵の頭部に振り下ろされる。
頭部には太いスリットが入っていて、そのスリットを動き回る緑色の球体がこちらを見ている。
その目がパチパチと瞬き、そして消えた。
登場のインパクトはあったが、機械兵は文字通り手も足も出ずに敗北したのだった。




