344.森の都に入ろう!
グリーサの街へ向かう街道にはちらほらと旅人の姿が見える。
辺境地方のさらに辺境である村々へ物資を運んだり、食糧を輸送したり。
旅人には商人が多い。
だが、その他にも屈強な冒険者や魔法使いが歩を進めている。
そんな旅人に混ざって、俺たちは歩いていた。
エルフの村の一つ“竜胆”での一件からすでに三日がたっていた。
エルフのミスルトゥ、破壊騎士のゼルオーン、赤帽子のゴブリアとゴブール、そして俺の五人はそれ以上の事件に巻き込まれること無く森を抜けていた。
どれほどの数がいるかわからないエルフの領土である森では、最悪襲われることも覚悟していたが、そんなことはなかった。
「エルフはそんなに暇じゃないですよ」
と、エルフの重要な役目である“宿り木”のミスルトゥが言った。
「ヒマかどうかは関係ないんじゃないか?」
「エルフは深い森の中で祭祀と狩猟によって生活しているんです。祖先を祀る祭祀をしなければエルフ文化圏の中で精神的に死にます。狩猟をしなければ物理的に死にます」
「宿り木を誘拐した俺を追ってくるとかしないのか?」
「わたくしが自由意思で竜胆の宿り木を辞めたことはすでに知られているでしょう。それでもこうして森を出られた、ということはエルフたちがわたくしを追うことに頓着していないのでしょう」
「そういうものかねえ」
「そういうものです」
「お前の方はどうなんだ?同僚を騙し討ちにした結果、騎士団から追われたりしないのか?」
と、ゼルオーンに聞いてみる。
「言い方ひどくないですか?」
このゼルオーンは、俺に同僚の騎士ソーラアが倒される寸前に後ろから、ソーラアを刺し殺した。
ソーラアのことが嫌いだったらしいが、それだけでは殺す理由にならない。
何かとんでもないことを隠して、俺たちについてきている。
そんな気がしている。
まあ、少なくとも騎士団とやらと連絡をとりあっているのだろうとは思う。
「ひどいもなにも本当のことだろ?」
「そうですけどね。まあ、少なくとも殺されても咎められないようなことをソーラアって人はやってたってことじゃないんですかね」
「俺にそんなことを言われても困る」
そんな組織の裏事情的なことを聞かされても困るのだ。
知り合ってまだ三、四日しかたってないのに深い話をされてもなあ。
そんなに仲良くないだろ?
そもそも初遭遇が殺し合いだったしな。
二人の赤帽子は隠れている。
たわいもない話をしながら、街道を歩いていた俺たちの視界に城壁が見えてきた。
「あれがグリーサか」
「ええ、森の都ですわ」
エルフの古老たち、その集まりである樹楽台とのつながりがあるらしき街。
とりあえず、その森の都らしき片鱗は外からは見えない。
「入るのに手続きが必要なんですけど……エルフの嬢さんは人間に通じる身分あるんですか?」
ゼルオーンがなぜか心配そうに聞いてきた。
「ございませんわ。わたくし生粋のエルフですもの」
なぜそんなに自信満々なんだ?
「それじゃあ、嬢さんは入れませんよ」
「いやです。ギア様、どうにかしてくださいません?」
「……ゴブリア。お前たちはどうやって入るんだ?」
「ここの警備はエルフよりザルなのでこっそり入るつもりですが」
姿は見せないが、ささやくような声がする。
まあ、そんな感じだろうな。
「……もし、ミスルトゥも同じルートで入るとしたら」
「無理です」
はっきりと断定される。
わかってる。
俺も無理だということは。
だが、正規ルートで入れない場合はどうすればいいのか。
「……一応、俺の雇い主のルートがあるんですが」
「雇い主?」
「もともと、ここへは奴隷商の護衛ってことで来てますから」
「そういえばそうだったな」
ゼルオーン一行が、ミスルトゥを拐ったことからこいつらと知り合うことになったのだ。
その時に奴隷商は壊滅させていた。
「あいつらの上にもっと大きな商人がいるんですよ」
「そいつらに奴隷として納入するために来た、と?」
「こっそり入るよりは確実です。……しかし」
「その商人との交渉は避けられない、だな?」
「ええ」
「心配するな、交渉は得意だ」
と、俺は鞘に収まった大太刀に触れた。
「きょ、脅迫と交渉は違いますからね?」
ということで、ミスルトゥに奴隷のふりをさせる。
首輪をし、手枷をはめて勝手な行動ができないように見せかける。
男二人がエルフ女性を奴隷として連れ歩くのは、大変に注目を集めることに俺は気付いた。
とはいえ、もう偽装工作をしてしまっているのだ。
どうしようもない。
グリーサの城門はさすがに都市のものだ。
ピオネ村の木戸とは違って立派だ。
ということは、入場する者に対する衛兵の態度も立派なものである。
「エルフ奴隷か。護衛だけでここまで来たのか?」
「ええ。商人さんが恨みをかったエルフに殺されてしまいまして、雇い主に連絡を取りたいのです」
「そうか」
エルフを奴隷にするような奴は死んで当然だ、というような顔で衛兵は短くそう言った。
メイローズ王国は奴隷を禁じてはいない。
だが、人であろうとエルフであろうと、一人の人間のことを支配下におくことにメイローズ人は拒否反応を示すようだ。
衛兵は典型的メイローズ人らしく、規則では問題なく通せるが、奴隷をもっている奴らに痛い目を合わせてやりたい、という感情が透けて見える。
「このエルフはボルフェティノ商会の商品です。ここで時間を掛けすぎると我々まで怒られてしまいます」
と言って、ゼルオーンは小袋にコインを詰めたものを衛兵にこっそり手渡す。
妙に手慣れた手つきだ。
「ボルフェティノの……わかった。さあ通れ」
そうして、俺たちはグリーサへと入った。
街の中は、外以上に人々の好奇と嫌悪の視線が痛い。
ちょっと悪目立ちが過ぎるな
それはそうと、森の都とミスルトゥが言っていた意味がわかった。
そこかしこに木が生えている。
建物と木は共生しているらしく、壁も緑の葉に覆われている。
夏は木陰が涼しそうだ。
「で、どうする?」
「もうボルフェティノの手の者には勘づかれました」
「そいつらだけではない気がするがな」
この都市に入った時に商人ではない感じの視線を何ヵ所かから受けていた。
「そうでしょうが、これは初期設定の通りにボルフェティノのところへ向かいましょう」
「まあ、他の手立てを思い付かなかったしな」
都市の商業地区の一角にあるボルフェティノ商会を目指す。
さて、奴隷扱いされているミスルトゥは、はじめてのグリーサの風景になにか興味をひかれるらしく、きらきらした目であたりを見ている。
「森とはまた違って、人間は石作りの家に住むのは知っていましたけれども。これは調和のとれているようで不安定な建物で暮らしていて、これで人間はどうやって調和がとれた生活をするのでしょう」
とミスルトゥが言った。
質問のようだが、俺もゼルオーンも答えられない。
そもそもとして、俺はこの世界の一般常識をよく知らない。
だから答えられない。
まあ、調和だのなんだと、というエルフ独特の価値観は同じエルフでないと答えられないだろう?
そして、俺たちはボルフェティノ商会の建物の前に到着したのだった。




