343.炎対炎、そして裏切りあるいは制裁
吹き飛ばされたソーラアは後方へ炎を噴き出すことで体勢を整え着地する。
「奇しくも、私とお前、どちらも“覚醒”した姿は炎の化身ということか」
というソーラアの声に、俺は「いいや」と答えた。
いぶかしげに燃えるソーラア。
「そもそも覚醒とやらがなんのことかわからないし、俺はお前のように炎に呑まれたわけじゃない。炎を使っているんだ」
サラマンディアの血が、その始祖が俺の炎となって現れている。
それは凡百な炎ではない。
「炎は炎だ。燃え上がれ“紅炎剣”」
ソーラアは自身の剣である赤い刀身のそれを抜いた。
ふつふつと刀身が泡立ち、ソーラアと同じように剣が炎に包まれていく。
「久しぶりに本気でやろう。行くぞ“朧偃月”」
俺の抜いた大太刀は、その黒い刀身を闇夜と木を燃やす炎を照り返した。
二つの刃は激突した。
二度、三度、何度も何度も。
「どうやら互角のようだな」
「確かに今の俺とお前は互角のようだな。……正直、驚いている」
「何を驚く?」
「俺の強さにさ」
「なにを!?」
「まあ、それは戯れ言だな。俺が驚いているのは別の話だ」
「はあ?」
「あんたが俺に曲なりにもついてきているっていうのがな」
「ほざけッ」
ソーラアは“紅炎剣”を振るう。
俺は朧偃月でそれを受け止めた。
さっきまでと同じだ。
両者の攻撃はこうやって一進一退を繰り返していた。
だが、俺はそこに一手を加える。
「“暗黒刀”」
それは刀身を暗黒で包み、攻撃力と攻撃範囲を上昇させる魔法だ。
魔王軍技術局が開発した制式魔法の一つだ。
主に暗黒騎士が契約し、その活躍を手助けした魔法だ。
その魔法が、俺の炎である“閻魔天”に炙られ、焼かれて、変容した。
魔法が魔法の影響を受けて、その姿を変えたのだ。
その名が俺の脳裏に鮮やかに燃え上がり、刻まれる。
「“暗黒刀”改め“獄炎華・朧偃月”」
大太刀にかけられた魔法は、炎の意匠の紋様と化してその刀身を彩る。
そして、その峰から爆炎が噴き出す。
それは敵を燃やす炎ではなく、剣の威力を増す噴流だ。
しのぎを削っていた二つの刃。
その一方が威力を増したのなら、もう一方は姿勢を崩される。
大太刀の峰から噴き出した炎は、ぐいぐいと紅炎剣を押していく。
そして、その持ち手であるソーラアのことも。
「バカな」
「そのまま、倒れちまえ!」
凄まじい突進力を獲得した朧偃月は、紅炎剣の防御ごとソーラアをぶった斬った。
もちろん、炎であるソーラアは斬られたくらいでは死なないし、その武器である紅炎剣も炎を糧に再生する。
だが、ソーラアは明らかにさっきより消耗していた。
炎の勢いは弱まり、ぶすぶすと煙をふいている。
「ぐ、ぐうう」
「しぶといな」
「まだだ。まだ私は負けぬ。“覚醒”第二形態“大焦熱”!」
ソーラアの炎が勢いを増し、さきほどのような偉容を取り戻す。
「使わせてもらう“後光”」
それは、ピオネ村で魔法屋をやっていたネッビオーロからもらった魔法だ。
そして、俺の五番目の、人間種がもてる最後の契約魔法となる。
その効果は、発動している魔法の効果をさらに上昇させる。
“閻魔天”と“獄炎華・朧偃月”の効果を、だ。
俺の後ろには深紅の火焔が燃え上がり、朧偃月のまとう炎は漆黒に染まる。
その姿は異国の神である明王のようだ。
「き、貴様も第二形態を……」
とおののくソーラア。
「お前の常識でものを語るな。俺のこれはそんな面妖なものじゃない。抑えていた力を解き放っただけだ」
「これが本来の貴様!?」
ついさっき発現した力だから本来の姿というわけではない。
そもそも、この炎の使い方だって手探りなのだ。
だが、ハッタリは効かせておいたほうがよい。
こちらの弱みを見せるのは悪手だ。
「ほら、行くぞ」
普通に斬りかかる。
それだけで朧偃月の峰から炎が噴き出し、俺の思考を読んだように軌道と威力を調整してくれる。
ソーラアもさすがに手練れで紅炎剣で防ぐが、もはや防いだ剣ごと斬られる。
すぐに炎で再生するが、その炎ももう消えかけている。
「まだだ。まだ私は……!?」
ソーラアの胸元から剣の切っ先が生えていた。
いや、背中から両手剣が突き刺さっているのだ。
「ぜ、ゼルオーン!?」
「いやあ、悪いね。あんたの不死を“破壊”した」
「き、貴様!騎士団を裏切るのか!?」
「いやいや、団中法度にいわく。負けぬこと、負ければ潔く死ぬこと。つまり、あんたの負けさ。死ね」
ソーラアの炎が完全に消え、黒焦げになった。
もはや炭だ。
ぼろぼろと崩れたソーラアの亡骸は、もはや人の姿も保てなくなり森の土に同化した。
「よし、次はお前の番だな」
俺は、ソーラアを貫いたことで位置的に俺の前に立つことになったゼルオーンに刃を向けた。
「ちょ、ちょっと待ったあ!」
「あん?」
「提案がある」
「いや、お前はなんか危険な気がするから、ここで斬る」
「話を、話を聞いてくれ」
「うーん?」
「ご主人、ここは少し話を聞いてもよいのでは?」
ゼルオーンに短刀を突き付けながらゴブリアが言った。
「おえ?いつの間に」
「お前はどう思う?」
潜んでいるゴブールに聞いてみる。
「殺すのはいつでもできる」
ゴブールも短刀をゼルオーンに突き付けた状態で、姿を見せる。
「うえ?同じのが二体!?」
「あんたは?」
エルフのミスルトゥにも聞いてみる。
「この男はなんか軽佻浮薄なくせに剣呑だから、敵にしたら面倒そう」
「なるほどな」
「俺の評価っていったい……」
「話を聞いてやろう」
俺は“閻魔天”の炎を収めた。
思ったより魔力を使っていたのか、くらりとくる。
が、悟られないように振る舞う。
「騎士団はこの世界にある程度の影響力を持つ組織だ。俺たちが敵対したのは不幸な事故だ。和解しよう。そして、あんたの目的に協力する」
「要は?」
「俺は見逃してほしいな、なんて」
「そのために仲間を殺した、と?」
「あんたのためだ、とは言わんよ。もともとあいつは嫌いだったしな」
「俺には合わん組織だ」
「というわけで、俺も仲間に入れてくれよ」
危険そうだ、と思った。
が、この裏切り者が思っているより面白そうだとも感じた。
「役に立てるか?」
「もちろんだ」
「ちなみに俺のこの世界での仲間で、はじめての人間だ。よろしく頼むぜ」
「へ?」
と、ゼルオーンは思い出したように己に短刀を突き付けている二体の赤帽子を見た。
その刃は引っ込む様子を見せない。
「俺って、警戒されてる?」
「あたりまえだろ?」
もう、こいつは完全に間者だと思って接しよう。
その時、オレンジ色があたりを染めた。
ゆっくりと木々の隙間から朝日が射し込んでくる。
朝だ。
竜胆の村に打ち込まれた火球はそれほど大きな被害を与えなかったようで、村の火災はすでにおさまっていた。
むしろ火事の被害を考えると、この場所の方がひどいかもしれない。
燃えた木は一本や二本じゃない。
地面はどこもかしこも、こんがり焼けている。
「ゴブリア、ゴブール、ゼルオーンから短刀を離してやれ」
「御意」
「了解」
短刀の圧力が無くなって、ゼルオーンは「ふう」と息をはいた。
「朝だ。出発しよう」
「御意」
「了解」
「はい。こんなところからは一刻でもはやく立ち去りたいですわ」
「俺は休みたい……が、離れるほうが重要なのは承知してるぜ」
こうして、エルフのミスルトゥ、破壊騎士ゼルオーンを加えて俺はエルフの竜胆の村から出発した。
 




