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342/417

342.君のこれからに良き波紋をもたらすことを願って

 それは油断か。

 あるいは、昼間から戦い続け、さっきまでエルフたちの矢を受けていたダメージが残っていたのか。

 いや、この世界に来てからの疲労が回避行動をわずかに遅らせてしまったのかもしれない。


 ともかく、ソーラアの攻撃が俺に直撃した。


「骨の芯まで燃えろ」


 そういや、と燃えながら俺は思った。

 ずいぶん生ぬるい戦いしかしてこなかったな、と。


 最後に戦ったのは師匠“剣魔”シフォス・ガルダイアとだ。

 だが、師匠と俺の実力は隔絶していた。

 いつの間にか、逆転してしまっていたのだ。


 俺が本気を出すことなく、師匠は敗北を認めた。


 この世界に来てからも、戦ったのは主にゴブリンだ。

 本気も何も出していない。


 それでソーラアのことを、最初は舐めていた。

 何がリギルード並だ。

 ソーラアにも、リギルードにも失礼な感想だろ。

 相手の力も見ずに、身体能力だけで判断してしまうのは悪だ。


 それは魔力の大小で、純血か混血かで判断されていた俺が、一番嫌だったことじゃないか。


 いつの間にか、俺も慢心していたのだ。


 そこで意識は落ちこみ、ここから消え去った。



 けれど。


 だが。


 しかし。


 俺は、終わらなかった。


 真っ暗な、空間。


 それはおそらく、俺の心の中。


「情けないことだな」


 と、暗闇から歩みでてきた誰かがそう言った。


 赤髪の壮年の男性だ。

 どこかで見たことがあるような気がする。


「サラマンディア。炎の血族の者が炎に焼かれて敗北するなど」


 その姓を口にされた時、俺には二人の人物の顔がちらついた。


 一人は、アードゥルだ。

 俺の兄であり、サラマンディア家を継いだ人物だ。

 そう思ってみれば、兄がもう少し年を重ねれば目の前の男性のような容貌になるのかもしれない。

 だが、少しばかり兄には精悍さが足りない。

 そんなことを思い出した。


 兄に(本人は俺にそう呼ばれるのを嫌がっていたことも思い出す)最後に会ったのは、俺が魔王になる前だ。

 元気でいるだろうか。


 もう一人の人物、いや、そう言うには身近すぎる存在。

 俺だ。

 俺がもし赤髪で、もう少し年をとれば目の前の男性のようになると思う。


 ということは、だ。


 兄に似ていて、俺に似ている。

 違う。

 逆だ。

 兄と俺が、似ているのだ。


「アグネリード・サラマンディア……」


「ふ。父とは呼ばぬか」


 少し、傷ついたような顔を、彼はした。


「そう呼ぶには、俺とあんたは遠すぎた……」


「……まあ、そうだな」


「俺は……死んだのか?」


 で、なければ死んだはずの父親と会うことなどあるまい。


「今の貴様は、ラスヴェート神より継承した魔王の力の大半を置いてきた状態だ」


 急に説明を始めてくる。

 俺はおとなしく聞くことにした。


「つまり、これが今の貴様の実力ということだ」


「つまり、弱いということだな」


「あるいは、その世界の強者は魔王軍の暗黒騎士並の力を持つということだ」


 ソーラアがどの程度強いのかはわからない、がその所属する霊帝騎士団で実際に行動する立場であることはわかる。

 ある程度の指揮権、ゼルオーンのような騎士を自由に使えることからそれなりではあるのだろう。


「オルディ・ベヘストには会ったことはあるか?」


「同じ軍に所属するお偉いさんと士官という立場でなら」


 魔王軍四天王の一人、“豪華業火アシャワヒシュタ”の異名を持つ炎使い。

 それがオルディ・ベヘストという人物の魔王軍での立場だった。


「あれは私の直接の上司であり、親戚だ」


「そうか」


 だからどうした、という感想しか出ない。

 そもそも、俺はサラマンディア家との縁が薄いのだ。


「あれは突然変異的な炎の力を持っていた。だが、サラマンディア家の血としては薄いほうだ」


「何が言いたい?」


「炎使いとしての力の発現に混血かどうかは関係ない。むしろ、サラマンディアの血が濃くない方が強い力を発現する可能性が高い」


「それがどうしたっていうんだ」


「ようやく父として、お前に何かをのこせると思ってな」


「一体、何を」


「シフォス・ガルダイアをはじめとした様々な者がお前を強くしてくれただろう。私はお前が誇らしい。暗黒騎士になったから、魔王になったからではない。お前が自分の足で立って歩ける人間であることが誇らしいのだ」


「今さら、父親のようなことを!」


 百年以上も放っておいて。

 本当に今さらだ。


「頼まれた、というのもある」


「頼まれた?」


「良き伴侶を得たな」


「それは!?」


「お前の中に眠る炎の力を目覚めさせる。サラマンディアの炎を」


「俺は、サラマンディアじゃない」


「いや、間違いなくサラマンディアだ。私とエファスの息子だ」


 父親の幻影は、燃える炎となって俺に吸い込まれる。


 真っ暗な中で、突然床が抜けたように落ちていく感覚にとらわれる。

 どこまでも、深く深く落ちていく。


 俺はその落下感の中で幻を見た。

 幻としか言い様のない映像を。


 それは父アグネリードと母エファス、そして師匠のシフォスが共に巨人と戦う場面であったり、砦を燃やしながら戦う場面であった。

 見知らぬ赤髪の魔法使いがドラゴンと戦う場面もあった。

 また別の赤髪の戦士が妖鬼と戦っていたりもした。

 様々な赤髪の人物が何かと戦い、酒を酌み交わし、手を繋ぎ、生きて、そして死んでいった。


 サラマンディアの歴史だ、と頭のどこかでわかっている。


 俺に繋がる。

 炎使いの一族の。


 一瞬、ラスヴェートの姿がかいまみえる。

 かの神が魔界を平定するさらに以前に、最初のサラマンディアが生まれた。


「やあ」


 幻影の、炎の始祖はなぜか気安く声をかけてきた。


「僕はアモン。序列七位の侯爵だ」


 肩書きに意味はない。


「確かに。僕と君を繋ぐものはほとんどない。微かな血とサラマンディアの名だけだ」


 アモン・サラマンディアは笑う。


「その血をたどって僕は君に、僕の見いだした炎の力を届けよう。それが君のこれからに良き波紋をもたらすことを願って」


 深き暗黒の底にとてつもない熱量が沸き上がった。


 俺はその熱に押し出されるように上昇していく。

 さっきまでと逆に上へ上へ。


 どこまでも勝手な一族。

 勝手に物事を決めて、勝手に進めて。


 なら、その後継たる俺も好き勝手にやらせてもらうしかないじゃないか。



 ソーラアによって燃やされたギアが燃え尽きたように倒れる。

 赤帽子のゴブリアは信じられない、といった顔で立ち尽くす。

 それを苦い顔をしながら、隠れてゴブールは見ている。

 エルフのミスルトゥはどうしましょう、という顔をしていた。

 破壊騎士のゼルオーンは、さてどうするかと両手剣を握る。


 炎の色が変わったのはその時だ。


 ごうごうと燃える炎の中から響くような声、いやそれは詠唱だった。


「我が炎は、我が内より燃え上がる、我が血よりあふれて灼熱せよ断罪の“遮止雙王閻魔天ヤマラージャ”」


 ソーラアはその魔法が形成された衝撃で吹き飛ばされた。


 そこに在ったのは赤と黒の炎をまとうギアだ。


「やべえ、奴も覚醒しやがった」


 と破壊騎士ゼルオーンは楽しげに笑った。


「覚醒?」


 ミスルトゥはつい聞き返す。


「騎士団にのみ伝わる秘儀により、その力を目覚めさせることができる。その力が目覚めた状態を俺たちは“覚醒”と呼んでいる」


 ってなんで俺はここまで話してるんだろうな、とゼルオーンは自嘲した。


 ギアはソーラアの方を向いた。


「悪いが、うまく制御できそうにない。やり過ぎてしまうかもしれんが……ああ、そういえばお前らは不死だったな。ちょうどいいか」


 その浮かべた笑みはまさに魔王だ、とミスルトゥは思った。

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