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340.夜の襲撃

 聞けば、宿り木たちはエルフの古老たちの意志決定機関である“樹楽台じゅらくだい”の要請は聞くが、その集落に留まるのも出ていくのも自由なのだという。

 集落のエルフには止める権利はない。

 無理に止めようとすれば、エルフ社会に軽蔑され、新たな宿り木が派遣されることが難しくなるのだとも聞いた。


 地脈の魔力を引き出せる宿り木は貴重な存在であり、その人事権を持つ樹楽台による緩やかな統治が行われているようだ。


 だから、俺についていくといったミスルトゥを止めることはモーヴたちには出来なかった。

 魔力が使えない状態で、必死に、何人もの仲間を犠牲にして奪還したミスルトゥをみすみす手放すというのは、モーヴたちにとってどれだけ悔しいことだろう。


 だが、当のミスルトゥは楽しげに笑うだけだ。


 モーヴたちを置いて、俺と赤帽子二人、そしてミスルトゥは根の宮の外へと出てきた。

 中に入らなかった監視の者たちもいたが、俺たちを見てぎょっとするだけで手出しはしてこなかった。

 魔法は使えないし、もし狙撃して間違ってミスルトゥに当たりでもしたら、エルフ社会から追放されてしまうかもしれない。


「そういうのは野良ノーランドエルフと言うのですよ」


 とミスルトゥが言った。


「エルフ社会から追放されたエルフを野良ノーランドと呼ぶのか?」


「そうですよ。一度、樹楽台から見放された者は二度とその加護を受けることはできない」


「厳しいのだな」


「エルフは長命ですからね。愚か者が年を取るのは、それこそ愚かしい。摘める芽は摘んでおくべきだ、と考えているのかもしれません」


「一握りのエルフたちを守るために、か?」


「それは人間も同じですわ」


「まあ、そうだな」


 一握りの王や貴族のために、大多数の庶民が苦労する。

 今、俺が説明されているのは、その縮図に過ぎない。


「一つ教えていただけません?」


「ん?なんだ?」


「あなたなら搦め手を使わずとも正面から堂々と突破できるはずでは?」


「そんなに買い被るなよ」


「いいえ。あなたならできます」


「ずいぶんとはっきりと言うな」


「そもそも矢の壁にまともに当たろうとは普通は思いませんよ?」


「そうか?」


「例えば魔力を込めた剣で広範囲物理攻撃、ずばん!ぐわー、術者はしんだ、とか?」


「それは、まあ出来なくはないが」


「でしょう?なぜしなかったんです?」


「モーヴたちを殺すのは俺の本意ではないからな」


 その返答にミスルトゥは不思議そうな顔をする。


「モーヴたちはあなたを殺そうとしたのに、ですか?」


「まあ、そうなんだがな」


「殺したくなかった?」


「エルフ、ご主人が困っている。ご主人は疲れているのだから自重せよ」


 ついてきていた赤帽子のゴブリアは、迷惑そうにミスルトゥに言った。


「あらあら、その自慢のご主人の役に立たなかったゴブリンさんではないですか?」


「な!?」


「本当のことでしょう?」


「ミスルトゥ。これは俺のものだ。これに対して誹謗するのなら、俺を相手にしていると思え」


「ご主人……」


「ふうん。なるほどなるほど、自分に属するものに対する保護意識が強い、と?」


「俺を分析するな」


「では、わたくしもその中に入れていただきたいですわ」


「何を急に」


「精神的紐帯意識、いえ、仲良くなるのが大事というわけです。仲良くしましょう、ゴブリアさん」


 何を言っているのかわからない時もあるが、ミスルトゥはミスルトゥでいろいろ考えているようだ。


 やがて、俺たちは竜胆の村の外へ出た。

 村の中はまだ静かだが、朝になればみな気付くだろう。

 宿り木が再びいなくなったことを。

 その倦怠感とともに。


「どこへ向かいますか?」


 ミスルトゥが聞いてきた。

 正直、深い森のなかを、それも深夜に歩き回りたくない。

 だが、この村にいることはできない。


「そうだな。目標はこのあたり最大の都市グリーサに行くことだが……」


「グリーサ!辺境地方最大の都市にして、緑あふれる森の都ですわ」


「知っているのか?」


「ええ。でも行ったことはありませんわ」


「まあ、そうだろうな」


「けれども樹楽台と緩い同盟関係にありますから、情報はあるんですよ」


 人間の都市とエルフが同盟か。

 俺がサンラスヴェーティアとやったことと同じようなことを、ここでもやっているのか。


 俺たちが目の前の真っ暗な道を見ないように語る明るい話を遮るように、闇夜に真っ赤な軌跡が走った。


「あ、火」


 とミスルトゥが言った。


 火矢、あるいは火球の魔法。

 それが意味することは。


「村への襲撃、か?」


「ご主人、こちらへ」


 と、ゴブリアが草むらを示す。

 ミスルトゥはエルフだけあって、さっさと草むらに隠れる。

 俺が最後に隠れると、さっきまで俺たちがいたところに人影がやってくる。


「燃やせ」


「“火球”」


 魔法使いが火球をその手に浮かべた時、あたりがその炎に照らし出された。

 そこにいたのは六人。

 人間が二人、エルフが四人だ。


「ゼルオーン、準備はいいか?」


「もちろんだ。俺を斬り殺しやがった黒い奴を必ず殺す」


「それはついで、だ。私達の目的はエルフの宿り木の奪還だぞ」


「わかってるって」


「いくら我々が不死だからといって、斬られれば傷つくし、痛い。繰り返し死ねばレベルも下がっていく。気を付けろ」


「了解」


 人間のうち一人は、俺も知っている顔だ。

 昨日、間違いなく斬り殺したはずの“破壊騎士”ゼルオーンだ。


 もう一人の男は、自分達を不死だ、と言っていた。

 人間に見えるが、実はアンデッドだったとか?


 いや、普通に人間のようだが。


「あのエルフたちは野良ノーランドエルフですわ」


 こっそりとミスルトゥが囁いてくる。


「居場所を失ったエルフが、奴隷商と手を組んだ?」


「いえ、あれは奴隷商よりたちの悪い奴らです」


「奴隷商よりたちの悪い?」


 ミスルトゥの説明の前に、ゼルオーンに命令していた男が野良エルフに命じる。


「燃やせ。手を休めずに魔法を打ち込み続けろ」


「わかりました“破炎”の騎士様」


 と野良エルフたちは恭しく頭を下げ、そしてすぐに火球での攻撃に加わった。

 なぜか恍惚に見える表情を“破炎”の騎士とやらはしている。



「どうする?」


 俺の問いに、積極的に答えるものはいなかった。

 ゴブリアもゴブールも、エルフたちに傷つけられた。

 それを焼かれているからと積極的に助けに行くわけはなかった。


 エルフのミスルトゥも竜胆の村がどうなろうと気にすることはないだろう。

 彼女にとっては、ここは派遣されてきた場所だ。

 単なる仕事場に過ぎない。

 それもたった今辞めてきた。


 俺は?

 俺にはここを、守る理由はない。


 だが。


「俺はな。知り合った奴らを見捨てていけるほど、厚顔じゃねえんだ」


「あなたたちはどうするの?」


 とミスルトゥが赤帽子に聞いた。


 ゴブリアはこう答える。


「ご主人の仰せのままに」


 そして、ゴブールは。


「やる?」


 と聞いてくる。


「知り合いが死ぬと寝覚めが悪い。それだけだ」


 竜胆の村は徐々に燃え始めている。


 俺は茂みから飛び出した。


 不意打ち気味の登場に、ゼルオーンは驚き、そして俺だと視認するとニヤリと笑った。

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