338.とあるエルフの村にて
「私達は、この森の中にあるエルフの一部族“竜胆”の者です」
「竜胆……花の名前だな」
「エルフはそれぞれの部族が花の名前を持ちます。これは星の庭にそれぞれの祖先が生まれた時に傍らに咲いていた花が由来だそうです」
エルフの伝承に詳しいわけではないが、はじめて聞く話だ。
そういえば、魔界に住むエルフたちは暁の主であるラスヴェートが“前にいた”エルフをモチーフにして造り出した、と聞いたことがある。
ならば、この世界にいるのは“前にいた”エルフたちの末裔、なのかはどうかはわからない。
「竜胆族、か」
「はい。私は竜胆の子守木兵のモーヴです。さきほどのことは改めて礼を申しあげます。ありがとうございました」
モーヴは頭をさげた。
「ところで、これはどこへ向かっているんだ?」
襲撃場所である街道から離れた俺とエルフたちは徐々に森の奥へ奥へと進んでいた。
「私たち竜胆の集落です。ギア様のご都合がよろしければそこであらためてお礼をしたいと思います。それに」
そこでモーヴは言い淀んだ。
「それに?」
「ミスルトゥ様を根の宮へ戻さなければなりません」
ミスルトゥ、とはさきほど救ったエルフの娘だ。
奴隷商に捕らわれていたのを俺が救ったわけだが、エルフたちの必死の追撃、その犠牲も仕方ないととれるモーヴの態度、箱入りのお嬢様のような佇まい、それらから推測するに竜胆族の長の娘、といったところか。
ちょっと気になるのが“根の宮”という言葉だな。
エルフが森に住み、花や葉などに自分達を重ねている、というかほのかな崇拝、信仰らしきものをいだいている、というのはなんとなくわかった。
だが、根とは?
地に隠れ、見えないところにこそ真実がある、とかそういう話だろうか。
まあ、本性が魔人である俺がそういうところを気にするのもおかしな話だ。
「遠いのか?」
「いえ、あと半日といったところです」
ピオネからの地図を頭に思い浮かべる。
ピオネ村から出発して、森に入ったあたりで襲撃。
そこから街道を外れて東へ半日。
その場所は確か、ガリア樹海と呼ばれる道なき大森林のはずだ。
辺境地方の三分の一を占める面積を持っている。
そこはこの竜胆族のようなエルフの部族が大量にいるのだろう。
そして、それを狙う奴隷商も。
雇われて、エルフを襲い拐っている奴とともに。
きっかり半日。
夕暮れになる少し前に、俺とエルフたちは竜胆族の集落にたどり着いた。
生活様式はそのあたりの人間の村と変わりはない。
ピオネ村の方が栄えているが。
ただもうすぐ夕食どきなのに炊事の煙があがってなかった。
物悲しい、というか寂しい雰囲気の村だと感じた。
「さあ、ミスルトゥ様」
「……はい」
モーヴに促されて、ミスルトゥは奥の建物に入っていった。
あれが“根の宮”なのか?
それにしては普通の建物すぎる気がするが。
それからしばらくすると、家々に灯りがついた。
急いで夕食の準備をするようにエルフたちがせわしなく動きはじめる。
「こいつは……」
「さあ、ギア様、こちらへ」
と妙に生気を取り戻したようなモーヴが俺を一際立派な建物に誘った。
ここで待っててください、と言われた部屋で俺は窓から登りはじめた月を見ている。
妙な、不安でもない胸騒ぎがしている。
ミスルトゥが戻ったとたん動き始めたエルフたち。
そもそも違和感は、襲撃の時からあった。
なぜ、モーヴたちは弓術とともに得意とされる“森魔術”を使わなかったのか。
破壊騎士を名乗っていたゼルオーンの鎧はおそらく“矢そらし”の効果があったのだろう。
それはモーヴたちもわかっていたはず。
だが、かたくなにエルフたちは弓しか使わなかった。
魔法を使えなかった?
生気がなかったエルフたちが動き始めたのはミスルトゥが戻ってから。
ミスルトゥが捕らわれていた時に魔法は使えなかった。
鍵はミスルトゥと根の宮か。
モーヴが呼びにきたのはそのすぐ後だった。
歓待というのにふさわしいもてなしを受けた。
出された果実酒の酒精が強いのが気になるところだが、それはそれぞれの技術というやつだろう。
深夜になって宴席がおひらきになったあと、俺は用意された部屋の柔らかな草の敷物に横になっていた。
「ゴブリア」
「御身の側に」
隠密に特化したゴブリンである赤帽子のゴブリアは呼べばすぐに来てくれた。
「監視はないのか?」
「めちゃくちゃおります。ゴブールは監視を撹乱させております」
「そうか。捕まらないなら存分にやれ」
「わかりました」
「何かわかったか?」
「根の宮、という場所に多くの見張りがおります」
「まあ、どうやってか知らんがそこから拐われたわけだからな。それもエルフの根幹に関わるミスルトゥが」
「動かれますか?」
「そうだな。エルフたちは俺が酩酊耐性を持っていることは知らんしな」
「ご主人には酒が効かないのですか?」
「ああ。ほとんどのステータス異常は効かん」
暗黒騎士時代の(部下たちがなぜか地獄のと呼ぶ)訓練の成果た。
「では、どうなされます?」
「根の宮に行ってみよう。今から目をそらせるのはどのくらいだ?」
「五秒なら」
「充分だ」
俺はパッと立ち上がり、夜のエルフの村へ飛び出した。
そこからカウントし、四秒半で根の宮の扉をくぐった。
「さすがです」
「お前はここに残れ、何かあればすぐに知らせろ」
「御意」
根の宮の建物の奥は下へと続く階段になっていた。
建物の奥が下へと続いている、というのはリヴィたちと初めて会った時のことを思い出すな。
街道で襲われていたリヴィたちを助けて、パリオダの鉱山にやってきた俺は裏切られて鉱山へ続く穴に落とされた。
シチュエーションがよく似ている。
そういえば、裏切った冒険者の名前は“ミスティ”だったな。
名前もちょっと似せて来たのはなんだろうな。
それを思い出しながら、俺は下へと進んだ。
地下は大きな空洞となっている。
ほのかに明るいのは発光する苔がそこらに生えているからだろう。
中心には天井まで続く巨木が一本、洞窟の天と地を繋ぐように生えていた。
その木の根元に、彼女がいた。
ミスルトゥだ。
俺はゆっくりと近付く。
魔力が物凄い勢いで流れていくのが見える。
おそらく、ここに地脈があるのだ。
魔力の流れはどんな生き物にもある。
同じように世界にも魔力の流れはある。
その流れを魔界では地脈と呼んでいた。
「あらあら、まさかお出でくださるとは思いませんでした」
「ミスルトゥとは古代語で宿り木のこと、大きな木に取りついて生きている木の一種だったか」
「そうですよ。わたくしはこの根の宮と地脈を繋ぎ、地上の竜胆に魔力を与える宿り木です」
「エルフとは面白い生態を持つのだな」
「そうでしょうか?人間は人間でよくわからないことをするではないですか?」
「例えば?」
「自然の摂理に反した村、森を切り開き、自分達の居住地を増やし、私達を拐って金にかえる。わたくしにはよくわからない」
「そいつはな。欲望だ。うまいものを食いたい、贅沢をしたい、自分の土地が欲しい」
「他の種族を虐げても?」
「ああ。人間には人間の、エルフにはエルフの考え方がある、ということだ」
「それが世界を滅ぼすとしても?」
「世界は滅びないんだ、それだけでは。滅びるのはその中にいる人間であり、エルフだ」
「あー、なるほど。滅びるのはこちらですか。そっかそっか、わたくしも思い違いをしていましたわ」
なるほどなー、と言っているミスルトゥは笑顔だった。
うーん、性格がつかみがたいな。
その時、一筋の叫びが聞こえた。




