337.次なる町へ、の前に騒動に巻き込まれるのはよくあることだ
出立を告げるとゴルニュは名残惜しそうな顔を見せた。
「そうか。短い間だったが、お前には本当に世話になった」
「ああ。あんたに村に入れてもらえて本当に助かったよ」
他にも関わった人物はいる。
だが挨拶をするならゴルニュだろう。
一宿一飯の恩義もある。
「これからどこへ行くんだ?」
「そうだな。メイローズの王都にでも行こうと思っている」
「そうか。もし、近くに来ることがあったら、また村に寄ってくれよ」
「ああ。酒もうまいし、食べ物もうまい。また寄らせてもらう」
村と外をへだてる木戸を出る。
そして、王都へと続く街道を俺は歩きだした。
村で入手した地図を眺める。
それほど正確ではない地図だ。
だが、俺はかなり細かく書き込みをしている。
村での情報、男爵からの情報、そして赤帽子の二人が調べた周辺の様子がこの細かに書いてある。
王都までの情報は詳細には無い。
あまりにも、このピオネ村がある辺境は王国の中心から遠すぎるからだ。
この辺境地方から中心部へは途中に、いくつかの大きな都市を通過する。
その最初の目標である辺境地方最大の都市グリーサまでは、おそらくたどり着けるだけの情報が揃ってある。
ピオネ村から見えなくなってきたあたりで、二人の赤帽子が姿を現した。
「ご主人。この先で騒動です」
赤帽子の一人ゴブリアは、殺気をぶつけたあの日以来、俺のことを主人として扱うようになっていた。
敬意を示してくれていると考えてよいのだろうか。
「騒動?」
「はい。人間の商隊がエルフに襲われています」
「そいつは……どちらを助けるか迷う局面だな」
エルフは(元の世界では)森で暮らし、弓術と森魔術に秀でた種族だ。
魔界における魔王継承戦争では、吸血鬼軍に次ぐ規模のエルフ連合軍が継承者マシロによって組織された。
だが、エルフ連合軍は吸血鬼軍に敗北。
そして、今は魔王軍に降っている。
継承者マシロにもその後いろいろあったが、それは別の話だ。
この世界のエルフも同じなのだろうか。
ゴブリンも違う点は多いが、基本的なところは同じなようだから、エルフもそうなのかもしれない。
「人間の馬車は篭……じゃなくて檻になっている。その中にエルフが一体いる」
続けての報告はゴブールからだ。
態度に変化が現れたゴブリアとは違い、ゴブールは最初と変わらぬ態度だ。
ゴブリンにとって篭と檻は同じように見えるのだなあ、と文化的な発見をする。
まあ、それはそれとして。
「ということは人間たちは亜人狙いの奴隷商の可能性があるな」
エルフは人間基準でいうと美形の場合が多い。
そのため、人間の富裕層に奴隷として売買されるらしい。
嗜虐趣味のある貴族などが高値で買うようだ。
「いかがします。ご主人」
「俺は魔王だ。魔王は魔王らしく、人間をいたぶるさ」
「では早く向かいましょう。エルフたちの方が劣勢に見えます」
ゴブールの報告に頷き、俺は駆けた。
赤帽子たちの見立てどおり、エルフたちは苦戦していた。
自慢の鋭い狙撃は、なぜかたった一人の人間によって全て弾かれていた。
何かの呪いが掛けられている鎧だろうか。
人間のたった一人の鎧武者によって、エルフたちは奇襲した利点をまるで活かせずに追い詰められていた。
「くくく。エルフどもめ、この俺を倒せると思うてか。この破壊騎士ゼルオーンによって倒されろ!」
ゼルオーンの振るう大剣はエルフたちの放つ矢を弾き、かつ充分に開いていた間合いを詰めて攻撃を届かせてくる。
その攻撃でまた一人、エルフの仲間が斬られる。
「先生、少しは残しておいてくださいよ。エルフ奴隷は高値で売れるんですから。何体いてもいいんです」
「ならば報酬に色をつけてくれるんだろうな?」
「もちろんですよ」
「ならばよい」
ゼルオーンは口を歪ませるように笑う。
エルフたちが敗北を覚悟したその時、安全なところで戦闘を見ていた人間の奴隷商が縦に真っ二つになった。
「はえ?」
奴隷商を斬った黒い影は、そのまま人間の御者の命を奪い、ゼルオーンの他の護衛たちを襲った。
冒険者らしき護衛たちはほとんど抵抗できずにばたばたと倒れていった。
「ッ!?おいおい、依頼主が死んでるじゃねえか!」
異変に気付いたゼルオーンはその黒い影に向かって怒鳴った。
「安心しろ。お前も同じところに送ってやる」
「ごめんこうむるッ!」
ゼルオーンはその大剣を振るい黒い影に斬りつけた。
「破壊騎士、か。ここでも同じ結末とは、な」
意味深なことを呟いた黒い影は、ゼルオーンの剣を片手で受け止め、そして金属の刃を砕いた。
「え?」
「さらばだ」
黒い影はゼルオーンを斬った。
あれほどエルフの矢を受け付けなかった鎧は、呆気なく斬られた。
中身ごと。
物言わぬ亡骸になった“破壊騎士”を見ながら、俺は大太刀を鞘におさめた。
リオニア王国騎士団に所属していた“破壊騎士”は、裏の任務であるパリオダ領にあった盗賊団の支援任務をしていた。
その途中で俺は、その盗賊団に所属していたミスティと出会い、戦うことになる。
その状況が中途半端に再現されているのかもしれない。
もし、この世界がリヴィによって作られたのなら、その痕跡がそこかしこに、俺に気付いてもらえるように、配置されているのかもしれない。
ついでに馬車に載せられていた檻を破壊し、中にいたエルフを助ける。
傷を負ったエルフたちも集め簡単な治癒魔法を施す。
だが、死んだものまでは治せない。
「助かった、礼を言う」
奇襲をかけたエルフたちのリーダーが、全員を代表して俺に礼を言ってきた。
「気にするな。旅の通り道が騒がしかったからよってみただけだ」
「しかし、なぜ人間ではなくこちらを助けたのです?」
エルフたちの疑問も、もっともだ。
俺は見た目はほとんど人間と変わらない。
そのため、エルフたちは不審に思ったようだ。
「俺は人間ではない。ゆえに、どちらが悪そうか、で判断したが?」
「それは、なんというか……ありがとうございます」
「わたくしからも礼を言いますわ。助けていただいて、まことに感謝いたします」
檻から助け出されたのは、若いエルフ女性だった。
彼女はふらつきながらも、こちらまで歩いてきて、礼を言った。
「ミスルトゥ様、大丈夫ですか?」
「ええ、わたくしは大丈夫。けれど……わたくしのために犠牲が?」
「それは……そうですが、しかしそれはミスルトゥ様をお救いするためでございます」
「あんたたちの関係性はわからないが、他の人間が通りがかるとまずい。ひとまずここを離れよう」
主従の感動の再会の一幕だったが、長くなりそうだったので俺は声をかけた。
エルフたちは、俺の提案に頷き、この場を離れた。
なるべく襲撃の証拠を残さぬように、エルフたちの亡骸や放たれた矢などは回収する。
よく調べればエルフに襲われたとはわかるだろうが、細かいことはわからなくなっているはずだ。
こうして、俺は街道を外れた。
せっかく調べたグリーサまでの街道の情報はおじゃんになってしまった。
だが、退屈はしないだろう。
エルフに、奴隷商。
俺の体験したことによく似た場面。
この世界に残された“彼女”の痕跡。
それを感じることができるかもしれない。
それは元の世界に戻れた時になんらかの解決策を導く手がかりになるかもしれない。
道から外れながら俺はそんなことを思いつつ、歩を進めていたのだった。




