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336.ピオネ村でのあれこれ

 食事会が終わり、俺は帰途についた。

 帰り道を送ってくれたのはヴァインだった。


 ピオネ男爵の息子であり、冒険者だ。

 俺と共にゴブリンの巣穴に突入し、なんとか生き残った若者である。


「父上はいつになく上機嫌だった」


「そうなのか」


 確かに気さくに俺に話していた。

 まあ、内容のほとんどが葡萄酒のことだったが。


「いつもしかめっ面をして、俺のことも眼中にない感じで……」


 父親に気にされていない、とそう思ったヴァインは冒険者組合に登録し、冒険者になったのだそうだ。

 それでも、父親は怒りも悲しみもしなかったようだ。

 それもあいまって、ヴァインはますます冒険にのめりこんでいくことになる。


 しかし、男爵の気持ちを推測すれば困惑と誇らしさだったのではないだろうか。

 男爵も若いころは徒党を組んで商隊の護衛をしたり、賞金首を討ち取ったりしていたようだ。

 ヴァインの無茶っぷりが、自分の若いときと重なって見えたのかもしれない。

 血を分けた息子が、自分と同じ気質を持っているというのは親にとって嬉しいことであると思う。


 その親の気持ちは、ヴァインが精神的に成長して、自身も親となればわかるだろう。


 丘の上の屋敷から、下にある宿屋まではそれほどかからない。

 だから、ヴァインは話したりないような顔だった。

 しかし、もう夜も遅い。

 それを察して、ヴァインは挨拶をして来た道を帰っていった。


 宿屋に帰り、自室のベッドに寝転がるとほどほどに酔った体が休息を求めていたことに気付いた。

 目を閉じるとすぐに夢の中に入り込んでしまう。



 銀色の蝶々が何かを指し示すように飛んでいる。



 たったそれだけの夢だった。


「ギアさん、起きてるかい」


 と呼ぶ声は宿の主人のカベルネさんのものだ。

 時間的にはまだ早朝という時間だが、あんなに大声を出していいのだろうか。

 と考えたところで、そういえば今は閑散期すぎて他に泊まり客がいなかった、と思い出した。


 俺は部屋の外に顔を出す。


「起きてるが、なんだ?」


「ああ、すまないね」


 とカベルネが申し訳なさそうに頭を下げた。

 そしてこう言った。


「明け方にネッビオーロ様に会ってね。ギアさんに店に来るように伝えてほしいって言われたのさ」


「ネッビオーロ……ああ、魔法屋の」


「そうそう。そのネッビオーロ様だよ。朝食の時でもよかったんだけど、伝えそびれたら申し訳ないと思ってさ」


「いや、手間をかけさせたな。ありがとう」


「いや、こちらこそ寝ているところにすまなかったね。朝食はもうちょっとかかるから、もう一眠りしてもいいよ」


「そうか。もう少ししたら下へ降りるよ」


「ああ、そうしておくれ」


 戸を閉めて、ベッドに腰かける。


 しかし、ネッビオーロ、魔法屋の婆さんが俺に何の用なのだろう。

 魔法の証明書は昨日もらってあるし……あ、もしかしてあれに料金がかかるとか、か?

 もし、そうなら悪いことをしたな。

 早朝に呼びつけたくなる気持ちもわからなくはない。

 よし、朝ごはんがすんだら行こう。


「ゴブリア」


 ふと、思い立って俺に従う赤帽子レッドキャップを呼ぶ。


「ここに」


 俺の視界の外からわき出たかのように、赤帽子が控えている。


「ちと試したいことがあってな」


「なんなりと」


「ゴブールもいるか?」


「ここにおります」


 もう一体の赤帽子も影からわき出たように俺の前に現れる。


「お前らが俺についてこれるか、確認したい」


「我々は己の力はゴブリンでも抜きん出ていると自負しておりますが、どうやって証明しましょう」


「試合でもいたしましょうか?それとも駆け比べでも?」


 うんうん、ちょっと俺のことを舐めているのがわかるセリフである。

 こいつらの実力は確かに凄いのだろうが。


 俺は二人に向けて、殺気を放った。


 英雄に匹敵する力を持っていたある人物でも警戒をあらわにし、とある国の王宮の兵士は腰を抜かし、冒険者でもへたりこんでしまう程度の殺気だ。


 ゴブリアとゴブール、二人のゴブリンは対照的な行動をした。

 ゴブリアはかたくなな姿勢を解いて、とろんとした目付きになった。


「あ、ああ。これほどとは……想像の埒外、まさに真に仕えるべき御方の御業……」


 とかちょっと怪しい口振りで呟いている。


 大丈夫か?


 ゴブールの方は、瞬間的に短刀を抜いて臨戦態勢になった。


「あ……ああ、まさかこれほどとは!想像の埒外、これは刹那の間も目を離してはいけない!」


 とか、声はしっかりしている。

 しかし、本能が恐怖を感じたことで起こした自身の動作に戸惑っているようだ。


 まあ、どちらも逃げ出したり、動けなくなったりしているわけではないから合格だろう。


「よし、姿勢をただせ」


「「ははッ!」」


 と二人とも直立不動の姿勢となった。


「俺は今日この村から出発する予定だ。お前たちは先行し、街道で何か起こってないか確認しろ。また、ゴブリンの居住地の確認も頼むぞ」


「「了解しました」」


「よし、行け」


 二人は気配も残さずに消え去った。


 見事だが、どういう技術なんだろうか。

 そういえば、“忍者”モモチも似たようなことをしていた。

 何かそういう技術体系があるのかもしれないな。


 俺は服を着替え、階下に降りた。

 朝食は用意されている。

 柔らかなパンと温かい野菜のスープ、それにゆで卵と腸詰めの茹でたものがついている。

 昨夜の男爵邸での夕食会に比べたら、比較にもならないがこういうホッとする食事の方が実は好みだったりする。


 残さず食べ、カベルネに礼を言う。


 そして、魔法屋に向かうことにした。


 今日も空はよく晴れている。

 澄みきった青空は、空が高く見える。


 魔法屋の入口は開け放たれていた。

 妙な道具類は洗われて干されているし、何かの巻物は拡げられて虫干しされていた。

 こう見ると、怪しい雰囲気などというものはどこにもない。


 ネッビオーロもここ数日着ていた頭まで隠れるローブではなく、普通の服を着ていた。

 怪しげな魔法使いの老婆的な見た目はどこに行った?

 そこにいるのはきれいに年を重ねた老婦人だ。

 少なくとも俺にはそう見える。


「おう、来たな」


「呼ばれたからな……というか、なんだこれは?」


「晴れたから店の掃除をしていたが?」


「……そうか」


「こないだ、お主に言われてな。そういえば使える魔法を覚えておったな、と思い出してな」


「ん?俺が何か言ったか?」


「いや、気にせんでいい。こちらの気持ちの問題じゃ」


「そうか?」


「それを探していたら、ついでに掃除をしようと思い立ってな」


「で、見つかったのか?」


「ほれ、これじゃ。別に覚えなくても良いが、もし必要なら使ってくれると嬉しい」


 渡されたのは中に複雑な魔法式が封じられた水晶玉だ。


「これは?」


「中に“後光ハロー”の魔法の契約式が封じてある。この水晶を砕けば自動的に契約できるぞよ」


「聞いたことのない魔法だ」


「“後光ハロー”は単体では特に効果を発揮しない。が“後光”発動状態では契約した魔法の効果か上昇する。補助魔法の一つじゃな」


「なかなか面白そうだな」


「気に入ってくれるなら何よりじゃ」


「いくらだ?」


「いらぬ」


「あ?」


「これから長い旅にでるお主への餞別じゃよ」


「長い旅……?」


「なんとなくそういう予感がしただけじゃがな」


「……そうか。ならありがたく受け取っておく」


「わしの用は終わりじゃ、手間をとらせたな」


「この世界の女神に変わって礼を言う」


「大仰な物言いとも思うたが、お主が言うとなんとなくふさわしいような気がするのう」


 かかと笑うネッビオーロに別れを告げて俺は宿に戻る。


 もうそろそろ出立の時だ。

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