334.報酬についてのもめごと
ピオネ村に帰るとけっこうな大騒ぎになっていた。
簡単なゴブリン討伐が、実はかなりの大事で農場が襲われ、冒険者は帰ってこない、ついには領主軍が出陣と、大変なことになっている、と村人が気付いたのだ。
領主軍が帰ってくるまで、村は静まり返っていたと後から宿屋のカベルネさんに聞いた。
冒険者組合では、一緒に帰って来たラングたちと組合の職員がもめていた。
「規則は規則なんですから」
「俺たちは何もしていない」
「受け取ってもらわなきゃ困るんですよー」
「受け取る権利がないと言っているんだ」
俺はもめているところに首を突っ込む。
「どうしたんだ?」
「おお、ギア。聞いてくれ、大変なんだ」
「ああ、ギアさん。おかえりなさい、大変なんですよ」
二人を落ち着かせて話を聞くと、ゴブリン討伐の依頼達成の報酬をラングが受け取らないと言っているようだ。
これには、ラングの仲間や共に巣穴に挑んだパーティ全員が納得しているらしい。
「なんでだ?」
「おいおい、巣穴の攻略はお前さんがやったことだろう?俺たちが報酬をもらうわけにはいかないよ」
「でも実際問題、依頼達成として報酬はもうここにあるんです。もらっていただかないとこっちが不正を働いたと判断される可能性があるんですう」
「それはそっちの都合だろうに。とにかく、俺たちはできなかったことを評価されたくないね。そもそも、今回の依頼は調査不足だ。上位のゴブリンがあれだけいると知ってたら、それはもう州軍動員レベルの災害だと判断されてもおかしくない」
確かにな。
外に出ていただけでも百体は上位ゴブリンがいた。
巣穴の中にはさらに上位の黒帽子がいたし、首領自体がゴブリン皇帝にまで進化していた。
二十名に足らない冒険者ではそもそも無理な依頼だったのだ。
「調査不足は、ええ、確かに問題になってますけど……」
組合側の言い分もわかる。
組合はあくまで冒険者を助ける組織だ。
組合自体が問題解決能力を持っているわけではない。
調査をしたのも冒険者なのだ。
「そうだ。実際に解決したのはこいつだ。こいつにやってくれ」
とラングが言い出し始めた。
俺の方を指しながら。
「とは言ってもですね。今回ギアさんに依頼したのは、あくまで冒険の支援なんですよ。戦闘までは含まれていないんです」
「確かにそうだったな」
「とはいえだ。ゴブリン包囲網を突破し、でかいゴブリンを倒し、巣穴を制圧し、ゴブリン王を倒したのは紛れもなくこいつなんだよ」
「もちろん、成果は査定に入りますけど……入りたての五級冒険者がそこまでの報酬を得ることはできないんです」
ラングたちは報酬を受けとりたくない。
これは面子の問題だけではない。
今回のような大規模のゴブリンの侵攻を防げる、と冒険者組合に認識されてしまうのが問題なのだ。
本当を言えば、今回ラングたちは巣穴には入れず、そしてゴブリン包囲網によってすりつぶされるところだった。
実力がないのに不相応な報酬をもらうのは、本人たちも、依頼をする組合にも後々悪い影響が出る、ということだ。
組合としては、ゴブリン侵攻を防いだことによって、その多額の報酬が計上された。
それは本来は冒険者に渡せばすむのだが、ラングたちは受け取らない。
このままではその報酬が浮いてしまう。
金銭を取り扱う組織である冒険者組合にとって、支払うべきなのに支払われない金というのは大変まずいことなのだ。
かといって、五級冒険者の俺に支払うわけにもいかない。
俺も詳しく読んだわけではないのだが、冒険者の等級によって報酬の金額に限界があるのだという。
限界、というよりはその等級だとそこまで稼ぐことはできない、という評価なのだ。
稼げる人はすぐに上の等級に行くのだから。
成り立ての俺がちとやり過ぎてしまっただけなのだ。
「いつまでそんなことで悩んでいるんだい。そんなのはすぐに解決する話だよ」
組合の建物の入口がバーン!と大きく開かれて、その声が響いた。
しゃがれた老婆の声だが、聞いたことがある。
確か。
「魔法屋の?」
「あ!ネッビオーロ様!」
「何!ネッビオーロ様だと!?」
組合の受付嬢が反応すると、周囲の冒険者たちが一斉に老婆を見た。
なんだ?
既視感があるぞ?
これは、ユグドーラスを見た時のリオニアスの冒険者たちの反応とほぼ同じだ。
こういう細かいところを似せてくる世界だな。
老婆、ネッビオーロは俺の方にすたすたと歩いてきて、一枚の紙を俺に渡した。
「ほれ、証明書じゃ」
「お?あ、ああ、そうだったな」
そう。
ゴブリンのところへ行く前に俺は魔法屋に行って、自身の持つ魔法がどんなものか証明する書状をもらおうとしたのだ。
それが、今届いた。
「さて、いつまで呆けておるつもりじゃ、ピノ」
ピノと呼ばれた受付嬢は。
「ほ、呆けてなんていませんよ!で、でもネッビオーロ様。簡単に解決できるってどういうことです?」
「ちゃんと仕事にいそんしんでおらんから、こういう初歩的なことを見落とすのじゃ。冒険者登録証Gの棚、そうじゃな十枚目かそのあたりをよく見るのじゃ」
「え?Gの棚……Gの棚、の上から十枚目……!?」
ピノ嬢の目が俺と紙とをいったりきたりする。
「あったであろう?」
「え、ええ。一級冒険者ギア殿、と記してあります」
「一級!?」
ラングたちの驚きの目が俺に向かう。
しかし、この世界ですでに俺は一級冒険者になっていた。
どこかの時点で、元の世界と情報が共有されているのか?
「何も驚くことはなかろう。このピオネは辺境も辺境、主らが知らぬ冒険者、英雄などは星の数ほどおるわ。それにギア殿は記憶を無くしておるのであろう?」
「ああ」
ということになっている。
「だから知らぬのは不思議ではない。まあ、組合の人間が知らぬのは不勉強じゃがな」
「はぁい」
俺はちょっと気になって、ラングに聞いてみた。
「ずいぶん、受付の嬢ちゃんが怯えているが、あの魔法屋は何者なんだ?」
「知らんのか?……ああ、記憶が無かったんだな。今でこそ魔法屋を営んでいるが、ネッビオーロ様は“雷鳴の魔女”と称される大魔法使いなんだ。一級冒険者であり、メイローズ王国の王宮魔法使いでもあった」
「大物だな。なんでこんな田舎の魔法屋なんかしてるんだ?」
「王宮魔法使いを引退したあと、ここの冒険者組合の組合長を長年やっていた」
「それで組合に顔が利くのか」
受付のピノを叱咤したあと、ネッビオーロは俺の方を向いて言った。
「ひっひっひ。これでお主には大金が入ることになるぞ」
「なんだ?あんたに礼を言えばいいのか?」
「いやいや、こちらは証明書を届けたついでに仲裁しただけじゃ。なんの思惑もない」
「そうか。ありがとう」
「ふひひ。他意はないと言うておろうが」
と言ってネッビオーロは組合を出ていった。
「え、ええと。では一級冒険者ギアさんがラングさんたちの依頼に助力した、ということでラングさんたちが放棄したものを含む報酬を受け取る、ということで、よろしいですか?」
と受付嬢のピノが俺たちの顔を見ながら言った。
みなが了承し、頷く。
そして俺は二十人分の報酬を支払われ、一級冒険者になり、宿代とゴルニュの飲み代を払うことができるようになったのだった。




