333.銀の蝶と魔王の密約
「な、なんなんだ。なんなんだ貴様は!」
ゴブリン皇帝のゴブリヌスは砕けた玉座を避けながら後退していく。
「この世界の伝説では神に抗う魔人、と言うらしいな」
俺はそれをゆっくりと追う。
「それは……人間の伝説だ」
「ならばこう名乗ろう。俺は“魔王”だ」
「まおう……」
「王たる者として、貴様のやりようはあまりにも目に余る」
「だからといって斬るというのか?野蛮な」
「王だけが生き残って、そこに何が残るというのか」
「王たる我が生き残らねばならない。それはゴブリンの摂理だ!」
「なら俺は魔王として、その摂理を否定する。民が残らねば王の価値などなくなるのだ」
「王を斬るというのか」
「俺はすでに数えきれぬほど斬ってきた。今さらゴブリンの一体が増えたところで何の痛痒があろうか」
俺は大太刀を上段に構えた。
「や、止めろ」
「もう遅い」
振り下ろした刃は、ゴブリヌスの頭蓋から全身を真っ二つに切り裂くだろう。
それで終わりだ。
だが、刃は強固な障壁によって止められた。
「な!?」
俺の一撃を防ぐほどの障壁を出せる相手がいるのか?
ゴブリヌスは気絶している。
奴ではない。
では誰だ?
俺は自分の胸元がオレンジに輝いているのに気付いた。
光の元を取り出す。
それは銀の蝶の髪飾りを、俺用の首飾りになおしたものだ。
その元の持ち主の名を俺は呼んだ。
「リヴィ……なのか?」
光が意思を持つように瞬く。
「俺がまた道を間違えると思ったのか……はは、本当にしょうがない男だ、俺は」
何度、彼女に救ってもらえば気が済むのか。
怒りにまかせて、殺さずともよい命を奪うのは王たる者のすることではない。
理屈はわかっている。
ただあまりにもゴブリヌスが、民を軽んじることを言うから怒りが抑えきれなくなっただけだ。
「わかった。ここは終わりにする」
嬉しそうに二度、光は瞬く。
「そうだ。お前を助ける。たとえ世界が違っても、世界の裏側に居ようとも、そうだろ?」
光は瞬き、そして消えた。
どこか遠いところにいるリヴィだが、俺と確かな絆がある。
それだけははっきりとわかった。
気絶したゴブリヌスの頬をぺちぺちと叩き、起こす。
「おい、起きろ」
「うーん、むにゃむにゃ。後五分」
「俺は目覚ましじゃねえ」
「……!?……は!?……生きて、いる?」
「そうだ、お前は生きている」
「なぜ、だ?」
「お前にまだ利用価値があって、やることがあるからに決まってんだろ?」
「あ、鬼、悪魔!」
「だから魔王だって言ってるだろうが」
「ま、まあ良い。それで何をさせようと言うのだ」
「外に出ている奴らも回収して、ここから引っ越せ」
「……せっかく作った巣穴なのに」
「こんなのがあるから余計なことを思い付くんだよ」
「むう。強さに逆らえぬ自分が憎い」
「まだあるから話を聞けよ」
「わかった。わかったから斬らないでくれ」
「もう斬らんて。いいか、これからお前らゴブリンは俺の手足となって働け」
「貴殿の?いったい何をするつもり」
「聞きたいか?」
「うーむ。あまり聞きとうないな」
「とりあえず連絡役として赤帽子を何体か寄越せ。そして、新しく拠点を作り、作ったら教えろ」
「傍若無人とはこのことか」
「ちなみにゴブゴブゴフゴブ(俺はゴブリン語を話せるからな)」
「!?」
今度は本気でゴブリヌスは驚いたようだった。
やはり、ここのゴブリンはどこかで小鬼から別れた種なのかもしれない。
妙に従順になったゴブリヌスに別れを告げ、俺は巣穴を脱出する。
入口付近に赤帽子が二体待っていた。
「我が王より、貴殿に仕えよと命じられました」
「お前らの新たな主人のギアだ」
「左の私がゴブリア」
「右のおいらがゴブール、でございます」
「よし、ゴブリアとゴブールだな。しばらくは俺の影として働いてもらう。遺恨はあると思うがよろしく頼むぞ」
「遺恨は、ありませぬ」
とゴブリアが言うので俺は意外に思った。
「なぜだ?俺はゴブリンをかなり斬ったぞ?」
「ゴブリンは数が多く、またすぐに増えます。そのため同じ苗床から生まれたものであろうと競争相手。ことに同じ進化をしたものはもはや敵同士といっても過言ではありません」
「俺が赤帽子をたくさん斬ったせいでお前らに出世のチャンスがやってきた、と?」
「そうとらえていただいて結構です」
「まあ、考え方はいろいろある。とりあえずお前たち二人とは仲良くしたいから、殺しあいはするなよ?」
「「御意」」
と二人の赤帽子が言うので信用することにする。
「よし、俺が呼ぶまで近くで待機だ」
「「はは!」」
と答えて、二人はどこかへ消えた。
だが、気配はする。
「あえて気配を残しているのか?隠密をするのに不必要だ。完全に消せ」
と言うと、スッと二人の気配が消えた。
なかなか有能だ。
これは良い拾い物をしたかもしれん。
外に出ると、殺意に満ちた目をしたラングと、困ったようなヴァインと、ヴァインによく似た壮年の男がいた。
うん混沌。
「兄貴!」
「無事か?」
ヴァインとラングが同時に声をかけてきた。
「おう、無事だ。そちらも……無事なようだな?」
「ああ。ヴァイン……様が出てきてから、急にゴブリンどもが引いていってな」
ゴブリヌスの指令だろう。
あれで統率力があるのが謎だ。
「兄貴、奴は……倒したのか?」
「ああ。一刀両断した」
「ゴブリンの王を倒したのか」
と、ヴァイン似の男性が声をかけてきた。
「そうだ」
「愚息の話では王を倒せば巣穴が崩壊するとのことだったが」
「さあな。ハッタリだったんじゃないか?」
「左様か」
なぜか後ろにいるゴルニュが慌てている。
なぜか同じような表情をラングがしている。
「旅の冒険者ギア殿。ゴブリンを倒してくれたこと、そして愚息を助けてくれたこと、礼を言う。まことに助かった、ありがとう」
「いえ。それほどでも、ありません」
「シャトーラ農場の主からも礼があった。貴殿がいなければ我が領土は荒廃するところであった」
男性は何度も頭を下げる。
もし、俺が考えているような人物なら。
「これ以上は領主殿の格に関わります」
「しかし、我が気持ちを伝えておきたいのだ」
男性は“領主”であることを否定しなかった。
「ピオネの特級葡萄酒で手を打ちましょう」
「ほう?貴殿に我が自慢の葡萄酒の味がわかるかな?」
なぜか葡萄酒のことに触れると、楽しげに笑う領主だった。
しかし、領主自ら鎮圧に出向くとはな。
それほどこのゴブリンたちが厄介だったのか。
あるいは、愚息と言っていたがヴァインのことが心配だったのか?
それはあるかもしれない。
領主殿は葡萄酒が好きなようだ。
なにせ、息子の名前にまで葡萄酒と名付けるくらいだ。
葡萄酒と同じくらい息子が好きなのか。
それとも、息子と同じくらい葡萄酒が好きなのか。
そして、ゴブリン討伐作戦はピオネ側の勝利で終わることになった。
討ち取ったゴブリンは約三百体。
冒険者含めた人間の死亡者は無し。
大勝利と言ってもいい。
その過程はかなり厳しいものであったにせよ、だ。
けれども、皆は知らない。
俺とゴブリンが結んだ密約のことは。




