332.巣穴が無くなってぐっちゃり、という想像したくない最期
ゴブリンの巣穴はいくつかの小部屋が連なった構造になっていた。
まるで蜂の巣を割ってみた時に見える六角形の集まりのようだ。
一つ一つがゴブリンの住居というか個室らしい。
地下にせっせとこのようなものを作っていたことを想像すると、彼らの苦労がしのばれる。
それぞれの部屋をつなぐように、これも六角形を組み合わせた通路がはしっており、基本的にはここを突っ切っていけばよい。
だが、構造上の癖か、それともわざとか通路は屈折しており、真っ直ぐ進めない。
そして、曲がり角からゴブリンたちが奇襲してくるのだ。
ただのゴブリンたちもいれば、赤帽子も参戦してくる。
奥へ進むにつれて襲撃の頻度は高まり、奥にこそ重要な何かがあると感じられた。
もうやけくそになったのか、ヴァインも持ち前の剣技を活かしてゴブリンどもを斬っており、足手まといとは言えなくなっていた。
まあ、オラオラとかくたばれ!とか口走る、ちょっと危ない顔になっているのは危ない兆候だろうか。
「ていうか、この部屋をぶち壊していけばいいじゃないですか?」
と、ヴァインが迷宮全否定の発言をしてくる。
「まあ、それができれば苦労はないが。ここの構造を見るに壁をむやみに壊すと力の伝導のバランスが崩れて巣穴ごとぐっちゃりいくだろうな」
巣穴ごとぐっちゃり、でヴァインの顔が歪む。
俺だって地面の下で潰れたくはない。
「部屋をぶち壊すのは……やめましょう」
俺は頷いて歩みを進めた。
幾度かの曲がり道、幾度かの奇襲を経て、俺たちは巣穴の最深部へとたどり着いた。
そこはこれまでの部屋より広い六角形の空間があり、その中央に琥珀か瑪瑙のような材質の石でできた玉座があった。
その玉座には、疲れきった老いたゴブリンが座していた。
「もし、そなたらの仲間を返すと申したら、これ以上の殺戮を止めてくれるか?」
意外なその言葉に、ヴァインが反応した。
「先に冒険者たちを殺したのは貴様らゴブリンだ」
「それは謝ろう。すまなかった」
「え……いや、しかし」
「どちらが先か後かという議論には意味はない。我々は君たちから奪ってきたし、君たちは我々を殺してきた」
「ど、どうします、兄貴」
ヴァインが俺に小声で聞いてきた。
ところで誰が兄貴だ。
最初の最強俺様キャラはどこへ行ったのか。
「土足で玉座に近付いたことは詫びよう。だが、もはや引き返せないところに来ている。お前たちはピオネの領主の息子を襲った。もう人間の軍隊が迫っている」
「な、なんと」
「それに、あんたが殺気に溢れているのが漏れ出ている」
老いたゴブリンは背中からナイフを投げつけてきた。
俺もヴァインも軽くよける。
「ふ、ふひひ。わしもまだまだ甘い」
老いゴブリンは背中から黒い帽子を取り出し被った。
「黒帽子か」
赤帽子となったゴブリンがさらに殺戮を続けると、その赤く染まった頭部が凝り固まって黒くなる。
そこまでになったゴブリンはさらなる上位種“黒帽子”になるとされる。
暗殺に特化したそれはゴブリン族の中でも恐れおののかれている。
「永遠の暗黒に沈め」
「悪いな。暗黒は俺の専売特許だ」
黒帽子はナイフを投げつけ、それを目眩ましに短刀で斬りかかってくる。
ナイフを弾けばその隙に短刀が胸に突き刺さるし、ナイフ自体も毒を塗ってあるから刺さるわけにはいかない。
なら、どうするか。
ナイフの軌道と黒帽子の攻撃が同時に収まる円周で大太刀を振るえばいいのだ。
そこを正確に読みきった俺は、やや斜めの縦斬りを黒帽子に浴びせかけた。
投げられたナイフを巻き込みながら振り下ろされる斬撃に黒帽子は、しかしすれすれで避けた。
「ふ、ふひ」
「避けるか」
「まさか、わしの動きを見切っているのではあるまいな?」
「もっと早い相手と戦ったことはある」
いかにゴブリンの上位種たる黒帽子といえど、突き抜けた強さなどはない。
これならまだ白竜の武人の方が強い。
「はったりを!」
攻撃しようとする黒帽子の先を取り、縦に両断する。
攻撃に移られると手数の多さが面倒なので、先に斬った。
物も言わずに黒帽子は事切れた。
「おい、いるんだろ!」
「まったく、黒帽子でも相手にならんとはな」
上から声が聞こえた。
天井からゆっくりとでっぷりと太ったゴブリンが降りてくる。
「で、でかい」
「あれが本当の、ゴブリン王だ」
「いかにも。私がこの国の王ゴブリヌス・ササラカヌヤンである」
おそらく、浮遊魔法を使っているのだろう。
ゆっくりと降り立ちそのまま玉座に座る。
「こ、こいつが」
「種族としてはゴブリン皇帝となる。種も違う貴殿らに平伏せよ、とは言わないが、もっと敬意を抱いてほしいものだな」
「王のさらに上位種か。ここの奴らが厄介なわけだ 」
「黒帽子に命じた騙し討ちをよくぞ見破り、私の前に立った。誉めてつかわす」
「兄貴、たたっきりましょう」
ヴァインが不穏当な発言をする。
「おっと私を不用意に害すれば、この巣穴が崩壊するぞ」
「ほう?」
「やはり王たる者、奥の手を用意せねばと思うてな。私の死とともにこの巣穴を崩せるようにしておいたのよ」
「巣穴が無くなってぐっちゃり……」
「王たるあんたの望みはなんだ?」
「決まっておる。私の繁栄だ」
「つまり、外にいる奴らも中で襲ってきたやつらも、そのための礎だと?」
「そのとおり。人間の領主の息子がいるならちょうどよい。ゴブリンが本気になればここまでのことができるのを知れば、不可侵の約束ができるであろう」
「俺は、三百は斬ったぞ?」
「必要な犠牲だ。その強さ、できれば二度と敵対したくないものだな」
ヴァインは気付いた。
兄貴と呼んだ男の、憤激を。
目の前のゴブリンにはわからないのだろうか。
これほどまでに激怒していることを。
それがなぜなのか、ヴァインにはわからないが。
キィンと音だけが聞こえた。
ギアの腰におさまった大太刀が何度も閃いたのが見えた気がした。
次の瞬間。
ゴブリヌスは地面に落下していた。
「ぬ?」
何かが、玉座だけを粉々にした。
ゴブリン皇帝がわかったのはそれだけだ。
また、ギアの大太刀が閃く。
今度は六角形の広間の壁が粉々になる。
「ヴァイン。女たちを連れて先に行け」
「あ、兄貴は」
「俺のことは心配するな」
有無を言わせない雰囲気を察して、ヴァインは動いた。
壁が砕けたことで、仲間たちが囚われている部屋があらわになったのだ。
急いで駆け寄り、様子を聞く。
「みな、大丈夫か?」
「ヴァイン様!助けに来ていただいたのですね」
パーティの神官をはじめ、同じ任務についていた女性冒険者たちはみな無事のようだ。
「話は後だ。今すぐここから出るぞ」
「え、あ、はい?」
あまり時間をかけると、巣穴が無くなってぐっちゃり、になるとヴァインは気付いていた。
女性たちがみな走っていくと、ヴァインはギアに声をかけた。
「兄貴!全員逃げました!」
ギアは頷いたようだった。
ヴァインも逃げた。




