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330.退屈な道行きの戯れ言

「何人か巣穴に連れ去られてしまったんだ」


 討伐リーダーのラングの話では3パーティ12人で攻略を開始した。

 付近のゴブリンを一掃し、巣穴に迫ったところ先ほどのラージゴブリンが現れ、一行は苦戦を強いられた。

 そのため、追加のパーティを要請したのだそうだ。


 ちなみに、俺が受けた支援任務はゴブリンの巣穴が広大な場合に備えて依頼していたものらしい。


 ラングの慎重さが、俺を引き寄せたのだ。


 そして、追加の戦力としてヴァインたちがやってきたところで周囲が包囲された。

 ヴァインたちを含めた4パーティはゴブリンの大群に分断されてしまう。

 そして、前衛と後衛も引き離されてしまい、その後衛の一部が巣穴に連れ去られてしまった、ということらしい。

 青ざめた顔をしてへたりこんでいるの後衛たちは、なんとか前衛と合流できたとのことだ。


「ちなみにその連れ去られた奴らは……」


「みな、女性だ。魔法使い一人に神官二人だ」


 俺の問いの真意をラングは理解したようだった。

 俺の知る小鬼ゴブリンとここのゴブリンの生活様式は似通っている。

 ならば繁殖方法も似ているのでは、という嫌な予測によるものだ。


 ゴブリンにメスはいない。

 オスしか生まれない。

 そして、そのオスは他の人型生物と交配して子孫を残すのだ。

 そのため、うかつにもゴブリンに捕獲された女性はその苗床となる。


 ポーザの使役する小鬼ゴブリンのゴブさんくらいだろう。

 本能を抑えて生活しているのは。


「だが連れ去られて時間がたっていない。それに巣穴の外に大量にゴブリンが出ている。おそらくまだ無事だろう」


 家の外で冒険者がうろうろしているのに、中で子孫繁栄も何もないだろう。

 普通はまず外敵を打ち払うのが先決だ。


「待て、もしかしてこの人数で巣穴に入るつもりか?」


 とヴァインが口を挟んできた。


「ええ。もともとの任務もゴブリンの巣穴の討伐だ。それに仲間が中にいて帰るわけにもいかないでしょう」


 ラングの口調がちょっとだけ変わる。

 それはおそらくヴァインが、領主の息子が相手だからなのだろう。

 領主の機嫌を損ねれば、平民である冒険者などなんの抵抗もできずに打ちのめされるだけだ。


「俺は反対だ。領主軍の到着を待って一気に制圧するべきだ」


 という意見をヴァインは述べる。

 まあ、正論だ。

 それが確実にゴブリンのことを倒せる手段だ。


「その間に、連れ去られてしまった奴らはゴブリンの子を孕むことになるだろうな」


「貴様、余計なことを!」


 俺に苛立った視線を向けるヴァイン。

 よく観察すると、組合前で彼を諌めた仲間がいない。


「お前の仲間も巣穴に連れていかれたのだろ?」


「……そうだ。だが」


「だが、冒険者だけで突入しても無駄死にだ。とでも言いたいのだろう?」


「そうだ」


 確かに、ラングやヴァインたちはあのラージゴブリンになぶられていた。

 いつでも倒せるのに見過ごされていた。

 下衆に考えると、仲間たちとの交配を見せて絶望させてやろうとゴブリンどもが考えたのだろう。

 もしくは、冒険者を餌にして新たな獲物を釣ろうとでも思ったか。


「俺は違う」


「なんだと?」


「俺なら助けられる」


新米ニュービーが何をいきがって」


「悔しさを忘れなければ本当に最強になれる」


「な!?」


 ヴァインは己でピオネ最強の戦士だと言っていた。

 それは強い自負であり、目標だろう。


「ついてこい」


 俺は一人、巣穴シタデルに足を踏み入れる。


「お、おい!」


 ヴァインがついてきた。

 入口からラングの声がする。


「こっちは俺が守る。中は頼むぞ」


 その声におう、と答える。



 しばらく歩くと分かれ道に差し掛かる。


「これはどっちだろうか?」


 ヴァインが考え込むが、俺は迷わず左へ進む。


 巣穴の中はじっとりと湿っていて、蒸し暑い。

 通路も土ではなく、何かよくわからないものが敷かれていて歩きづらい。

 後を追ってくるヴァインは強い口調で俺に問いかける。


「なぜ、左を!?」


「天井だ」


「天井?」


「ああ。左の分かれ道だけ天井が煤で汚れていた。ちょうど松明を持った群れが通ったあとのようにな」


「そんな見分けかたが……」


「ヴァイン……だったか。ピオネの衛兵らが探していたぞ。誰にも言わずに出てきたのか?」


「お、俺は自由な冒険者だ。誰に何をはばかることがあろうか」


「確かにな。冒険者は自由だ。権力者の顔色を窺わなくともよい。だが」


「だが、なんだ?」


「さっきお前はこう言ったな。領主軍の到着を待って、と」


「あ、ああ。それが、なんだというんだ」


「冒険者の自由とは、権力の庇護を受けないということなんだ。普段はアウトローだ、なんて言っておいて困ったときはお上だよりなんてのは死ぬほどカッコ悪いと思わないか」


「そ、それで死んだらどうにもならないではないか?」


「死ぬよりも自由を得たいものなんだ。……冒険者というやつはな」


「そ、そうなのか?」


「もちろん、安定を望む奴らだっているだろうさ。だがな、自由闊達な風のように生きたいと望む奴らもいる。お前はどうして冒険者になったんだ?」


「お、俺か?」


 ヴァインは別に冒険者をやらなくてもいい。

 領地を持つ男爵家の跡取りとして、貴族の礼儀や知識を深めるほうがよほど将来の役にたつはずだ。


「ピオネの領主の息子なのだろう?」


「あ、ああ。……俺は嫌だったんだ。礼節とか、うわべだけの笑顔とか、だからこうやって屋敷を出て冒険者をやってる」


 グルマフカラ王と気が合いそうではある。


「支配者に必要なものがわかるか?」


「なんだいきなり?」


 眉をひそめて、ヴァインが聞いてくる。


「無言で迷宮ダンジョンを歩くのは苦手でな。暇潰しの会話だと思えよ」


「……権威と力だ」


「権威とはなんだろうな?」


「は?」


「考えたことはあるか?なぜ、ピオネ村はお前の父に従っているかを」


「それは……父上が国王陛下に領主として認められたからだ」


「なるほど。国王の権威をお前の父が借り受けて領主として村を納める正当性を得ているというわけだな」


「そうだ」


「ならば国王の権威とはどこから来ているのだろうか」


「え?え?」


 ヴァインはその思考の限界に到達した。

 考えたこともないことを考えて、何も考えられなくなってしまった。


「お前の言った通り一つは力だ。言い換えれば、暴力を用いた正確な調停が物事を納めるということなんだ」


「分かりやすく、言ってくれ」


「公平に裁く国なら安心して統治を任せてもいいだろ?不平不満が出ないようにするのが支配者の目指すべき場所だ」


「暴力を用いた、と言うのは?」


「違反者は容赦なく処断する、ということをわかりやすく見せているのさ」


「はあ」


「大事なことはもう一つある」


「なんだ?」


「権威の正当性を示すにはもう一つ方法がある」


「暴力によらない?」


「ああ」


「それはなんだ?」


「それは時間だ。長い間、きちんと治めていたということがすでに権威の正当性を保証しているんだ」


「問題が無かったから統治できていた。それを時間が証明している、というわけか」


「そう。そしてその時間というのは歴史であったり、立派な建造物であったりするが、こと人間関係においてはこう呼ばれたりする。“礼節”とか“礼儀”とかな」


「ん?どういうことだ」


「さっきの時間の話と同じことだ。こういう時にはこういう反応を示す、なぜならそういう決まりだから。それで問題無かったのだから」


「なるほど同じか」


「そして、その礼儀というのは同じ文化習慣を持つもの同士での共通言語でもある。私とあなたは仲間です。だって同じことをしているでしょう?」


「そうか。そういうことか」


「だからお前はそれを習わされていた」


「嫌で嫌でたまらなかったが、そういう意味があると知れば見方が変わるな」


「ちなみに今俺が言ったことは俺の勝手な意見だ」


「なに?」


「むやみに人の言うことを信じるな、ということさ」


「それは……ずいぶんと自分勝手ではないか?」


「自覚はある」


「開き直るな!」


「さて、退屈な道行きの戯れ言はそろそろ終わりにするぞ。ようやくお出迎えに来てくれたようだからな」


 通路の向こうに大柄な体躯の影が揺らめいて見えた。

 ヴァインは息をのみ、剣を構える。


 さあ、戦闘開始だ。

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