33.その扉を開けて、冒険の日々へ
「で、どうします?」
冒険者ギルドの待ち合いスペースで、リヴィが勢いよく言った。
あの“メルティリア”の襲撃から半月。
冒険者ギルドは真新しい建物になって再建された。
費用は国持ちである。
“黄金”ティオリールの仲介により、リオニア王国はリオニアスへの不当な扱いを知り、陳謝した。
というか、国の最高意思決定機関である九卿の半数が更迭され、残る半分もティオリールに弱みを握られている状態では、リオニアスへ最大限の配慮をせざるを得ない、のだそうだ。
金と人員が、そのまま放置すれば王国の弾圧の象徴となりうる冒険者ギルド廃墟の再建に送り込まれ、あっという間に建物は出来上がったのだった。
新しい待ち合いスペースは、以前併設されていた酒場スペースを潰す形で造られた。
普通、冒険者は一日の冒険の終わりを酒を浴びるように飲むことで楽しむ、とされているが若年層の多いリオニアスの冒険者たちは、酒に馴染みがないため、ギルドの酒場の売上はけっして良くなかったのだという。
ここはそういう場所でもいいだろう、とギルド長ユグドーラスの鶴の一声で酒場は潰されることになった。
飲食のできる待ち合いスペースと、朝昼は軽食、夜は定食を出す料理屋を兼ねた場所がギルドにできたのだった。
その待ち合いスペースで、俺とリヴィとバルカーが話し合いをしているのだ。
「俺は“バルカーと愉快な仲間たち”が良いと思う」
元気よくバルカーが馬鹿なことを口走っている。
「うん、バルカー君は愉快だね!」
と、リヴィが提案そのものは完全にスルーする。
「愉快だね……って、最近リヴィエールが辛辣だ」
「わたしは“ギア総帥と十三翼の英雄”がいいと思う」
リヴィの意見に、バルカーでさえもドン引きした。
「……リヴィエール、どこに十三人いるんだよ?」
「これから増えるよ」
決めているのは、俺たちのパーティの名前だ。
パーティの名前が知れ渡れば、それだけ依頼も増える。
そのためにも、良いパーティ名をつけるために話し合いをしていたのだ。
例えば、リオニアスにはオクスフォーザ率いる“ブロークス”や同じ三級冒険者パーティ“シーフェアリーズ”などがある。
先日戦った“メルティリア”も名の知れたパーティではあった。
また、リオニアスの外では“鉄雷の海王”というパーティも最近メキメキと頭角を現しているのだそうだ。
ならば、自分たちも通りのいい名前をつけようじゃないか、とバルカーが言い出して、今に至る。
「師匠は何かないんスか?」
「俺か?俺はそうだなあ……」
思い付かない。
今まで自分の属する集団は最初から名前が決まっていたのだ。
魔人の貴族の奴隷子。
魔王軍の新任兵。
剣魔の弟子。
暗黒騎士隊。
冒険者。
新たに名前を付けるという習慣がないだから、思い付かなくても仕方ない。
「自分が成りたい未来をつける人もいますね」
「パーティの得意技能をつけるのもアリだな」
成りたいもの、それは冒険者。
いや、正確に言うならば心踊る冒険の日々だ。
「ドアーズ」
「ドアーズ?どういう意味ですか、ギアさん」
「古い言葉で冒険の日々、デイオブアドベンチャーズ、それの頭文字をとった言葉だ」
「冒険の日々、デイオブアドベンチャーズ、略してドアーズ!」
「なんか格好いいスね」
遥か昔に、少しだけ教わった古語。
その覚えていた単語を組み合わせただけの、しかしそれでも俺が目標とするべき言葉。
「そして、ドアーズという単語は綴りこそ違うが、古語で扉を意味する」
「扉」
「扉」
「あの扉を開けて、冒険の日々へ……という感じか」
「それにしましょう!ギアさん」
リヴィがすぐにそう言った。
そして、一呼吸遅れて、バルカーが。
「俺も賛成だ!師匠」
と賛意を示す。
ということで、リオニアスにあるリオニア冒険者ギルドに新たなパーティが登録された。
パーティリーダーをギアとする“ドアーズ”だ。
「では、三級パーティ“ドアーズ”の皆さんに指名依頼があります」
パーティのランクは、所属する冒険者それぞれのランクの平均なのだそうだ。
ドアーズの場合は、俺が二級、バルカーが三級、リヴィが五級、平均すると三なので三級パーティというわけだ。
人数が多ければ、大きな依頼を受けやすいが、実力が足りない者を入れるとその分パーティランクが下がるため、難易度の高い依頼は受けられない。
二級パーティだったという“メルティリア”は、かなり強かった、ということになる。
そして、今言われた指名依頼とは、依頼者がお願いしたいパーティを指名すること、だそうだ。
贔屓の商人がいる冒険者や、冒険者ギルドが推薦する冒険者がよく受けている。
指名依頼が来るということは実力が認知されている、という目安にもなる。
「どんな依頼だ?」
新しく雇われた受付嬢のマチさんは、その細い指で依頼書をめくる。
「海洋学者のタラッサ・メルキドーレさんから、リオニア近海の渦の異常について調査の手伝いをしてほしい、とのことです」
「海洋学者のタラッサ……さん、ねえ」
知らない名だ。
知らない他人から指名される、というのは不安になる。
「ギルド長とティオリール審問官のお知り合いらしいですよ」
「なるほど、その縁で俺たちに指名が入ったわけか」
しかし、今度は別の意味で不安になってきた。
ユグドーラスとティオリールの知り合いということは、勇者関連の人物の可能性が高い。
まあ、勇者の一行に海洋学者とやらはいなかったはずなので、英雄級冒険者ではなさそうだが。
ああいうのと知り合うのは、“黄金”くらいで充分だ。
「この依頼は水運ギルドも噛んでいるので、できれば受けてほしいんですけど」
水運ギルドは、リオニアスを中心とした海上貿易、そしてそれを行う商人たちの組合だ。
リオニアスを経由して、リオニア王国へ運ばれるさまざまな物資を管理し、売買できる非常に有力なギルドの一つである。
この水運ギルドを敵に回したニューリオニア、及び前任の財務卿のことを“黄金”ティオリールが心底蔑んだというのは公然の秘密である。
ニューリオニアからの乏しい物資で、リオニアスがなんとか生き延びてこられたのも、この水運ギルドあってこそであった。
リオニアスの市民、でもある冒険者ギルドの職員たちがその依頼を丁重に扱っているのも頷ける。
「わかった。詳細を聞いて、問題がなさそうなら受けよう。リヴィ、構わないな?」
「はい。ギアさんの判断におまかせします」
「ありがとうございます。実は、さきほど水運ギルドのリオニアス支部長であるリオニア回船問屋のイッツォさんがいらしてましたので、イッツォさんから話を聞いてください」
水運ギルドのことを匂わせたのは、そこの大物がここにいたからだった。
支部長で、さらにその業務が水運ギルドの役割そのものである回船問屋を営んでいるイッツォが俺たちを見ていたようだ。
「不躾な真似をして、気を悪くされてないか心配しました」
「いえ、そちらも商売にかかわることでしょうから仕方ありますまい」
橙色の帽子が特徴的な、背の低い壮年の男だ。
口ひげともみあげを品よく整えていることから、身だしなみに気をつかっている、つまり、気を使える余裕と財力があるということがわかる。
こちらを見る顔は柔和で、悪意は無さそうに見えた。
「そういっていただけたなら幸いです。さあ、別室で話をしましょう」
そういうと、イッツォは俺たちを手招きした。
 




