326.再び冒険者に
早朝に神殿でお参りし、旅の目的ができて俺は少しだけ元気になった。
宿屋に戻ると、朝食の時間になっており、昨日しこたま酒を飲んだ酒場が食堂になっていた。
けっこう深夜まで飲んでいた俺たちや酔客がいたのに、それを片付けて、早朝から朝ごはんの準備をしてくれている。
宿の人たちはいつ寝ているのだろう。
「どうしたんだい?顔色が良くなってるよ」
主人のカベルネさんが今朝も元気いっぱいの言葉をかけてくれる。
「神殿にお参りしにいってな。やることがわかったような。そんな感じだ」
「そいつはよかった。さあ、まずは朝ごはんを食べることからだよ。一年の計は元旦にあり、一日の計は朝ごはんにありと言うじゃないか」
「いや、それは聞いたことがないな」
「まあ、今考えたからね」
よろよろとゴルニュが起きてきたのはそのあたりだ。
「ルネ、水をくれ……頭が……」
「飲み過ぎなんだよ。だからその年になっても嫁が来ないんだ」
「それとこれとは……話が違う」
呻くようにゴルニュは言って、もらった水をちびちびと飲んだ。
二日酔いだな。
「いいから、あんたも飯を食べな」
「飯はいい……」
「ダメダメ。食わないと一日もたないよ」
弱音をはくゴルニュに幼なじみの押しの強さでカベルネは無理矢理席に座らせ、朝食をとらせた。
「ぐう。いつか目にもの見せてやる」
「あれは、あんたを心配しているように見えるな」
「そうか?……というか、そっちは平気そうだな」
「まあ、酒は強いほうだからな」
「うらやましい限りだ」
もそもそと俺たちは朝ごはんをたいらげた。
ゴルニュも、食べているうちに調子があがってきたようで、結局完食した。
「とりあえず、冒険者組合に行ってみようか、と」
「うんうん。それがいいと思うぞ」
朝食のあとはゴルニュと別れ、俺は冒険者組合へ向かった。
隣だが。
組合の入口で冒険者パーティとすれ違う。
昨夜、酒場にいた奴らだ。
「なんだ、お前」
ほぼ初対面の冒険者にそう声をかけられて、俺は面食らう。
「なんだ、とは?」
金髪の戦士らしき若者。
若さゆえの跳ねっ返りか?
「このピオネ冒険者組合の最強たる戦士ヴァインさんに挨拶がないって言ってんだよ」
どこに行ってもこういうやからはいるもんだなあ、と俺はちょっとおかしくなった。
そのおかしみが、口に出たのだろう。
バカにされたか、と思ったのかヴァインは額に青筋を浮かべる。
「貴様!」
「おおっと悪いな。あんたのこととは別のことを考えていたんだ。気を悪くしないでくれ」
「てめぇ、舐めてんのか!」
「いや、そんなつもりは」
「ヴァインさん、まずは依頼をこなしましよ」
と、ヴァインの仲間たちが怒りに我を忘れそうになったヴァインを止めた。
どうやらよくあること、らしい。
ヴァインたちが去っていき、俺はようやく建物に入ることができた。
ここピオネの冒険者組合は俺の知る者よりこじんまりとしている。
リオニアスのように休憩所が併設されているとか、酒場があるといったことはない。
受付があり、依頼用紙が貼り付けられた掲示板があるくらいだ。
「いらっしゃいませ。ようこそピオネ冒険者組合へ」
と、元気よく受付嬢が挨拶してきた。
この村の人たちは元気がいいな。
「新規に登録したい」
「冒険者登録ですね。承ります」
ふわふわした金の髪に、組合の制服らしき水色の服がはえている。
笑顔を浮かべて受付嬢は用紙に記入を始めた。
「ギア。前衛」
よく考えると、リオニアスではユグが手続きをしてくれたから煩わしいことはなかったな。
「ギアさん、ですね。契約している魔法はいくつですか?」
さも当たり前のように、それを聞かれたことに俺は驚く。
元の世界では魔法の契約はかなりの努力をして成せる技術だが、ここではもしやそれが当たり前なほど魔法に長けているのだろうか。
これはちょっと認識を改めないといけないかもしれない。
「四つだ」
「わかりました。後でいいので、魔法屋さんで証明書をもらってきてください」
「証明書?」
あ、と受付嬢が何かに気付いた顔をした。
「そういえば記憶が無いんでしたよね?」
「ああ」
という設定である。
「魔法屋さんでは、契約している魔法がどういうものか判別できます。それを組合では身分証の代わりに保存しているんです」
「契約した魔法はおいそれと変えられないし、それぞれで別の組み合わせになる。それで個人の特定ができるというわけか」
「その通りです」
ニコリ、と受付嬢は微笑む。
「了解した。魔法屋に行ってみよう」
「お願いします」
「と、なるとそれまで冒険者として働けない、ということか?」
「いえ。実を言えばギアさんのことはゴルニュさんが保証してくれますので、支障はないです」
「それはありがたいが……どうして、ゴルニュはこうも良くしてくれる?」
「なぜなんでしょうね」
受付嬢と一緒に首をひねる。
が、ここで答えは出ないと思う。
『ここはそなたの想い人の司る世界ゆえに、基本的にそなたに好意的なのだよ』
突然、頭の中に響いてきた声。
俺はその声に聞き覚えがあった。
「ラスヴェート……?」
元の世界の主神であり、魔界の王であった神だ。
その魔王の権能は俺に受け継がれている。
そういえば、ここの神殿に奉られていたな。
『こたびのことは余の身内がしでかしたことでな。そなたにも迷惑をかけておる』
『解決に向けて神々も尽力しておるが、そなたにも協力してほしい』
『具体的にはその世界の脱出だが、そちらは余の権限が及びにくい場所だ』
『そなたの力なら突破は可能だろう』
『頼むぞ』
『……』
それきり、ラスヴェートの声は途切れた。
奴の身内か……。
ということは原因は神にあって、俺やリヴィ、そしてあの時本営にいた者たちが巻き込まれた、という感じだろう。
少しずつ輪郭は見えてきたが、まだよくわからん。
「どうしました、ギアさん?」
「ん、いや。大丈夫だ」
「それならいいですけど」
ニコニコと受付嬢は対応してくれる。
好感度が高い、というのはこういうことらしい。
「俺でも受けられる仕事はあるか?」
「登録したての新米ですと……あー、えーと一つあるんですけど……」
「なんだ?」
「このあたりに大きなゴブリンの巣穴があるんです」
「それは聞いたな」
ここに来た時にあった農夫に、だ。
「その討伐作戦が今行われているんですけど」
「ほう」
「討伐部隊から支援を要請されてまして」
「支援か。どの程度の、だ?」
「本来なら荷物運びや部隊の休息時の歩哨補助なんですけど」
「けど?」
「どうも戦局が芳しくないようです。おそらく戦闘に入ると思います」
「もしかして、さっきの……ヴァインだったか?奴らも、か?」
「ええ。ヴァインさんは三級冒険者なので戦闘支援ですね」
あれで三級、か。
そういや、初めて会ったとき俺に突っかかってきたバルカーも三級だったな。
最強を名乗っていたのも似ている。
面白い。
やってやるか。
「それを受けよう」
「わかりました。けど戦闘は任務外ですから無理はしないでくださいね」
「無理はしないさ」
「では“ゴブリン討伐作戦・支援・追加”任務を開始します。がんばってください!」
「おう!」
ギアが去った後、受付嬢のピノは冒険者登録証の整理をはじめた。
彼女の目に触れないところに一枚の登録証がある。
そこには“一級冒険者”ギアと記されているが、彼女がそれを知ることは無かった。




