325.再会。本人ではなく像だが
夜になりかけた夕方。
ゴルニュがやってきた。
軽鎧だった昼間とは違って、平服を着てさっぱりしている。
なんでも、丘を挟んだ向こう側に衛兵が優先的に使える浴場があるらしい。
「いやあ、待たせたか?」
「どうやら寝不足だったようでな。ゆっくり休めた」
「そいつは良かった。よおし、とりあえず飲むか」
とゴルニュと俺は連れだって宿の一階の酒場にやってきた。
ちらほらと一仕事終えた村人が飲み始めている。
一角に堅気でなさそうな四、五人の男女が飲んでいる。
冒険者だ、と見当がついた。
どこの世界でもあんな感じなのだろうか。
空いている席につき、ゴルニュがカベルネさんに麦酒を頼む。
ややあって運ばれてきた木製のジョッキで乾杯する。
「酒作りの村だからな。麦酒は専門ではないがイケるだろ?」
と、ゴルニュは笑う。
確かに、あっさりとしているのにコクがあって、後味が爽やかだ。
「確かに、悪くない」
「だろう?」
と、何杯か飲み、適当につまみを食べていると、ゴルニュが急に真面目な顔になった。
「ちと観察させてもらったが、一般的な常識は持ち合わせている、足りないのはこの国の知識だな?」
「なかなか鋭いな」
「ただの記憶喪失ではないな?」
「世界を飛び越えてきた、いや漂流してきた、という方が正確か」
「異世界人か……いや、まだ詐称している可能性はあるな?」
冗談めかしてゴルニュは言う。
なんらかの悪意を持っているかもしれない相手を警戒しているのがわかる。
「それで俺を酔わせた、と?」
「悪意は無かった、と言い訳をしておこう」
酔わせて本音を引き出そうとしたらしい。
まあ、俺は毒耐性が高いから酒精も効きづらいためにまだ酔ってないのは内緒だ。
「差し支えなければ教えてくれないか。この村を、国を、世界を」
ゴルニュは俺をじっと見た。
何かを確かめようとする顔。
そして、納得したのか彼は口を開いた。
「ここはピオネ村。メイローズ王国のピオネ男爵の治める葡萄酒造りで有名な村だ」
ピオネ男爵。
新しい名前だ。
ここの領主。
男爵ということは、一代で成り上がった貴族ということか?
まあ、それは重要ではない。
ゴルニュの話を聞こう。
「また、このあたりは辺境地方と言われている。王国の中でも外れの方にある一帯ということだな」
「王都は遠いのか?」
「歩いていくと一月はかかるな」
「それは遠いな」
「話を続けるぞ?この国はメイローズ王国。アカツキ教を国教とする国だ。国王はロオオッド三世、近隣の国家と七国同盟を結んでおり、しばらく大きな戦争に巻き込まれていない」
アカツキ教。
ロオオッド三世。
七国同盟。
「アカツキ教とはなんだ?」
「法の三神を崇める宗教だ。メイローズのみならずこの世界のほとんどの国家はアカツキ教を国教としているんだ」
「ほう」
人間界におけるラスヴェート教のようなものか。
「冒険者組合の建物の隣が神殿になっている。明日にでも参ってみればいい」
「わかった」
「ついでに組合の話もしておくか。冒険者組合は冒険者の互助組織だ。依頼を出し達成したものに報酬を払う。また一般人からの依頼受付もやっている。つまり」
「依頼人と冒険者を繋ぐ仕事をしているということか」
「理解が早くて助かる」
「登録には何か手続きが必要なのか?」
「いや、簡単な申請があるくらいで特に身分証とかもいらないし、なんなら手ぶらで行っても問題ない」
「そいつは……なかなか豪気だな」
とはいえ、リオニアスの冒険者ギルドなんかギルド長の一存だったからな。
入ってきたばかりの俺を二級冒険者だとかなんとか持ち上げて。
「もし、何か職を探しているのならここがオススメだ」
「わかった。明日訪ねてみよう」
「今夜の宿代は心配しなくていい。あんたみたいな迷子は少なからずいるからな。それを一晩助ける予算があるんだ」
なぜか気を良くしたゴルニュと飲み続け、その夜は更けていった。
わずかでも酒精が回ったせいか、夢は見なかった。
早朝に目覚めた俺は散歩がてら神殿にお参りすることにした。
なぜか俺の部屋で寝ているゴルニュは、今日は非番らしいので放っておく。
葡萄の丘亭、その隣に冒険者組合、その隣がアカツキ教の神殿だ。
神殿、というよりは教会といったほうが通じやすいかもしれない。
掃除をしていた初老の神官にお参りしたいと言うと、敬虔な信徒よ、と言って扉を開けてくれた。
俺はアカツキ教の信徒ではないので若干、心が痛い。
開かれた扉から中に入る。
礼拝のための椅子がいくつか並べられ、それらは全て神像と祭壇を向いていた。
近付いていくにしたがって、心臓が早鐘のように強く鼓動する。
見たことがある、見覚えがある。
設置された神像は三柱だ。
向かって左に凛々しい若武者の像。
知勇に長ける暁の大神ラスヴェートと台座に刻まれていた。
ラスヴェート!?
向かって右側にはローブをまとった魔法使い然とした女神の像。
魔法の契約を司る麗しの女神アグリス、という名らしい。
よくわからない神だが、なぜかその容姿には見覚えがあった。
まあ、そんなのはどうでもいいことだ。
ラスヴェートはものすごい神だから、別の世界で信仰されていても驚きはない。
もう一柱についても、ノーコメントだ。
問題は、真ん中の女神の像だ。
“白き星と炎を司る世界の中心”
その仰々しいのが、彼女の称号だという。
思わず口から彼女の名前がこぼれでる。
「リヴィ……」
その神像は、多少デフォルメされているものの、間違いなくリヴィの姿をしていた。
台座に刻まれていた名前も“リヴィエール”だ。
これは、彼女だ。
だが、なぜ?
「星々の煌めきを司り、そして悪にたいしてはその炎をもって裁きを加える。銀の蝶を使役する世界の守り神。それがこのリヴィエール様です」
いつの間にか横に来ていた初老の神官がそう説明した。
この世界の人々にとっては、リヴィは神様なのだ。
「……」
「失礼、何かお悩みがあるのかと思いまして」
神官は微笑んだ。
どうも向こうの神官たちがどれもこれも腹黒いというか、世俗的というか、現実を見るタイプばかりだったので、目の前の神官の微笑みがいまいち信用できないのは悲しいところだ。
だが、彼が俺のことを心配しているのはわかった。
「ありがとう。だが大丈夫だ」
この世界の者ではなく、目の前の神様が妙な別れかたをした妻だと、どう説明すればいい?
「あなたは噂の旅人さんですな?」
「ああ」
「記憶を失っている、と」
そういう設定だ。
「そのようだ」
「なら、かの女神様が何かあなたに伝えたいのかもしれません」
女神が?
「そいつはどういうことだ?」
「ここは辺境の地ゆえに神々の声はなかなか届きにくい。しかし、王都メイローズの神殿や光の都デヴァインの大神殿ならばきっと神の声が聞こえるでしょう」
「そういうものでしょうか」
「さて、私にもよくわかりません。こういえばよい、という声に動かされた。そのような心持ちですので」
神官はそういって笑みを濃くした。
つまりは、この神官に影響力を及ぼせる上位の存在、神々の誰かがメイローズやデヴァインとやらの大きな神殿で俺を待っている、ということだ。
旅の目的ができた。
と短絡的に思ったわけではないが、それでもやるべきことが見えたのは大きい。
俺は神官に礼を言って、神殿を後にしたのだった。




