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324.見知らぬ土地、隣に君はいない

「おい、あんた。こんなところで寝ていると風邪をひくぞ」


 そんな声と、ゆっくりとそよぐ風、頬をなでる草の感触に俺は意識を取り戻していく。


 目を開けると、真っ青な空が広がっていた。


「目ェ、覚めたかい?」


 のぞきこんできた農夫が俺を見て安心したように笑う。


「ああ……」


「ここいらはまだいいが、この先にはゴブリンの巣穴がある。あれらに襲われたらたいへんだ」


小鬼ゴブリン?」


「あんた変な発音するね。ゴブリンはゴブリンさ」


 農夫の言うゴブリンはどうやら俺の知る小鬼とは違うらしい。

 似たような怪物を無理矢理翻訳したような感じか。


「ここは、どこだ?」


「あんた……?……何か病気かい?それとも頭を打ったかい」


 あまりにも当たり前のことを聞かれて農夫は戸惑っている。


「まあ、そんなところだ」


「ふーむ。ここはメイローズ王国の辺境、ピオネ村の近くの農場だよ」

 

 メイローズ王国……聞き覚えはない。

 人間界にある主要な国家は大陸の外までだいたい把握しているが、そんな名前の国は聞いたことはなかった。

 辺境の辺境の小国ならありえるかもしれないが、その可能性は低いと思う。


 違う世界、という可能性を俺は考えた。


 ついさっきのようにも感じるリヴィとの突然の別れ。

 その時に放たれた青い閃光、それが俺をどこか遠くに運んでしまったのではないか。


 まあ、ここで寝ていても何もならない。

 俺は立ち上がった。


「礼を言う。その、ピオネ村はどちらだ?」


「向こうだ」


 と、農夫は向こうを指した。

 その先に、確かに人里が見える。


 俺はその村に向かうことにした。


 農場から街道へ出て、土を踏む感触を楽しみながら歩く。

 違う世界らしき、とはいえ気候や植生は元いた世界と変わらない。

 人間界と魔界くらいの違いならいいが、気温や空気がまったく違う世界に来なくてよかった。

 どうすれば戻れるのか、どうなればいいのか皆目見当もつかないが動くことから始めねばならないだろう。


 村に近付くと少しばかり違和感を覚えた。

 村は木の柵で囲まれ、入口は木戸で遮られていた。

 そこから衛兵らしき気配がいるのを感じる。


 あまりにも警戒心が強い。


 村の外の農場にいた農夫のあっけらかんとした態度とはまったく違う。

 そういえば近くにゴブリンの巣穴がある、というのだったか。

 しかし、ゴブリンだぞ?

 そんなに警戒するものか?


「何者だ!」


 その強い口調で、俺は思い違いに気づいた。


 なんのことはない、村人が警戒していたのは“俺”だったのだ。


 どこから来たのかわからない。

 なんか曲がっている大きな剣を持っている謎の男。

 そんな不審者が来たら木戸を閉ざし警戒するのは当然だろう。


「旅の者だ」


 言葉は通じているようだ。


「この村に何の用だ」


「恥ずかしながら記憶を無くしてな。近くに村があると教えてもらってここまで来た」


「記憶を……?」


 ちょっとだけ衛兵の口調が和らぐ。


「このあたりのことはよく知らんのだ。情報を教えてくれればすぐに出ていく」


「名は?それも忘れたか?」


「名は覚えている。ギアだ」


 俺の名は元の世界ではよく知られている。

 つまり、その名前の認知度からこの世界が別の世界であると分かる、かもしれない。


「……通れ」


 木戸が開けられ、俺は中に招き入れられた。


 ピオネ村は、村というにはやや規模が大きい。

 街といっても遜色ないような広さだ。

 小さな丘を中心にそのまわりに建物が建てられている。

 その丘の上の建物が領主の館だろうか。


 どこからか葡萄の匂いと酒精の入り交じった芳しい香りがする。

 どうやら葡萄酒を作っているようだ。


「良い村だ」


「そう言ってもらえると助かる」


 話しかけてきたのは衛兵だった。


「ええと?」


「私はピオネ衛兵隊のゴルニュだ。さきほどは無礼な態度をしてしまった、すまない」


 ゴルニュと名乗った衛兵は、二十代後半の青年だ。

 がっしりとした体つきに角張った顔が特徴的だ。


「いや、不審者なのは確かだった」


「それもまああるが、このメイローズ王国にはちょっと言い伝えがあってな」


「言い伝え?」


「漆黒の大刀を持つ魔人が神に仇なすためにやってくる、みたいな話がある。おとぎ話のたぐいなんだが、あんたが妙にその魔人の姿にかぶってな」


「なるほど……」


 なんだそのピンポイントに俺のことのような言い伝えは。

 確かに俺は黒い刀身の大太刀を持つ魔人だが。

 神に仇なすつもりなどまったくない。


「もしかしたらあんたは冒険者だったのかもしれないな」


「冒険者……?……この世界にもあるのか……」


「後で色々話がしたいので、村の中心にある宿屋に行ってくれないか?私の名前を出せばそれなりに対応してくれるはずだ」


「わかった。俺も話を聞ければ助かる。ありがとうゴルニュさん」


 ゴルニュは衛兵任務に戻り、俺は村の中心を目指して歩き始めた。


 なんだかこの流れは懐かしい。

 魔王軍を抜けて、人間界へ来た時に初めて訪れた人間の街はリオニアスだった。

 あそこは石の城壁で囲まれた都市だったが、よくわからない土地を歩いていく、という不安と期待はここも同じだ。


 あの時は隣にリヴィがいた。


 ピオネ村の中心の丘へは広めの道が続いており、いくつかの店が立ち並んでいた。

 食料品を売る店、鍛冶屋、雑貨店に続いて、魔法屋とかいう店もある。

 いったい何をどうやって、売っているのだろう。


 その先に目指す宿屋があった。

 “葡萄の丘”亭という、いわゆる酒場も兼ねた普通の宿屋だ。

 その隣には剣を二本重ねた紋様の看板がかけられている“冒険者組合”の建物があった。

 冒険者ギルドとは違うのか?

 しかし、紋様マークも同じだしなあ。

 後で確認してみよう。


 葡萄の丘亭に入ると、この村の特産らしき葡萄酒の香りが強く漂っている。

 魔界では葡萄という果物に馴染みがなく、また人間界でも貴族の嗜好品という扱いから、あまり俺は飲んだことがなかった。

 だが、魔王になってからは贈答品で送られてくるので飲まざるをえない。

 味はまだよくわからないが、うまいのと口にあわないのはなんとなくわかるようになってきたように思う。

 この村の葡萄酒は、どうだろうか。


「いらっしゃい。ああ、あなた噂の旅人さん?」


「そうらしいな」


「なるほどね。確かにゴルニュさんなら怪しく思っちゃうかもねー」


 小麦色に日焼けした二十歳すぎくらいの女性だ。

 快活な話し方で、こちらまで元気になる。


「その、ゴルニュさんからここに来ればいい、と」


「わかってるよ。そういういわく付きの旅人はとりあえずうちで引き取ることになってるから」


 いわく付きの、ね。


「俺はギアだ」


「私はこの葡萄の丘亭の主人をやってるカベルネ。旦那は料理人、娘が一人、ゴルニュさんは同い年の幼なじみってやつだね」


 旦那がいるのか。

 娘?もいるのか?


 女性の年齢はよくわからん。


 そのまま、カベルネに部屋まで案内してもらった。

 二階の部屋で日当たりがよく、清潔なシーツのベッドがどん、と置かれている。


「今夜は夕食こみでゴルニュさんとこに請求しとくから。明日以降の身の振り方が決まったら料金のことは話そうかね。ゴルニュさんが来るまでゆっくりしておくれ」


「ああ、ありがとう。使わせてもらう」


「じゃあ、ゴルニュさんが来たら呼ぶから」


 カベルネは階下に降り、俺はベッドに腰かけた。


 さて、これからどうなるのか。


 なるようになるしかないか、と俺は寝転んだ。

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