321.極光夜2-04
「私が……私が負けるというのか?」
暗黒騎士はキャロラインを見た。
その漆黒の鎧には大きな傷がいくつも走り、左腕は肩当て、小手が失われていた。
それはキャロラインの攻撃を素手で受けたからだ。
その中身である黒い影が露出している。
「決着……の前に一つ聞きたいことがあります」
「私が木偶だと言って話を止めたのはお前だ」
暗黒騎士のその言葉を聞き流して、キャロラインは質問をした。
「“暗黒の霊帝”は誰の複製なのですか?」
面頬の奥の影が動揺しているのが、キャロラインには見てとれた。
「なぜ、それを!?」
「あなたに教えてもらったんですよ?」
前の、この場所で。
「ただの“霊帝”なら聞き覚えがある」
とシフォスが口にした。
「どのようなモノなのです?」
「今から千五百年くらい前の魔王だ」
「……はあ?」
キャロラインは、まあこの時代ではものを知っているほうだがさすがに魔界の決まりごとや、その歴史にまで詳しくはなかった。
「数千年前、さばえなす混沌のごとき魔界をラスヴェート神が平定し、魔界を治める統治者として魔王を配下から選出した」
「魔界もまたラスヴェート神の手の内……」
「魔界に住むものは意識しておらぬがな。そして初代の魔王“将烈帝”は魔人の王であった」
そう言ったシフォスの顔の表情が消えた。
これを口にするのに意識して表情をコントロールしなくては喋ることが苦痛な物事、なのだろう。
「その魔王は即位した時すでに老齢だっまゆえに早くに亡くなった。そして、その後に魔界で巻き起こった継承戦争を制したのが精霊族の魔王“霊帝”だ」
それが“霊帝”か。
それと今のこれが何か関わっているのか。
いるのだろうな、とキャロラインは思った。
そして、シフォスの話した中で気になる単語があったので聞いてみた。
「継承戦争とはなんですか?」
「魔王が亡くなった後、各種族の中から継承者と呼ばれる代表が選出される。その継承者たちは争い、最後に残った者が次の魔王となるのだ」
「魔王とは一系の血筋とか、一人の人物がずぅっと保持し続けるものではない、ということですね」
完全に実力主義、というわけだ。
その結果としてより強い魔王が誕生し、魔界を強力に統治していく、ということになる。
「そうだ。霊帝のあとは妖鬼から“闘神”ガオーディンが出て、その次を“緋雨の竜王”が治めた。その次が、人間界を侵攻した魔人の“約定の烈王”だ」
その名は知らなかったが、その存在は恐怖の象徴としてすべての人間が知っていた。
人間にとって、彼こそが“魔王”だった。
まあ、それは今は関係ない。
「では、こういう言い方が妥当からわかりませんが“霊帝”とは二代目の魔王であった存在、ということですね」
「うむ」
この会話の間、暗黒騎士はキャロラインとシフォスに刃を突きつけられ動きが取れなかった。
「なぜ、私の本体を知っているかはわからないが、それを詮索することは無益だ。なぜなら、世界は……」
「世界は滅びる、でしょう?聞きあきました」
キャロラインは暗黒騎士をスルーして、玉座の後ろへ足を進めた。
前回と同じように、七色の金属でできた祭壇と宙に浮かぶ透明な球体、そしてその中に眠るリヴィエールは変わらずにそこにあった。
「マルツフェル冒険者ギルド特記報告。ザドキ大墳墓について」
と、ここまでやってきたラグレラが何かを暗謡しはじめた。
どうやら、冒険者ギルドの報告書らしいが、なぜそれをラグレラが?
「ラグレラさん?」
「確か32ページ、七色の金属でできた祭壇とそこから現れた“天使”を名乗る魔物。それを討伐したのはリオニア冒険者ギルド所属“ドアーズ”」
それは、ギアさんのパーティだ。
と、キャロラインは思い出した。
そうだ。
確か、リヴィエールちゃんが突然休んだ日があって、お見舞いに行ったら寝言で天使とかギアさんとか呟いていたっけ。
「その金属の祭壇が、これだ、と?」
キャロラインはラグレラに聞いてみた。
「確証はないけどね。報告書ではブランツマーク伯が剣を突き刺して祭壇を破壊、天使の出現を阻止したとあったよ」
他国の冒険者ギルドの報告書までそらんじることができるラグレラの記憶力と、その記憶する範囲の広さは特に誰も指摘しなかった。
「なら、これも壊してしまいましょうか」
「止めておけ」
と、暗黒騎士が言った。
「理由は?」
「その祭壇は、この不安定な世界が存在するための楔だ。それを破壊すればただちにここは崩壊し、中にいるお前たちの魂もそれに巻き込まれて壊れてしまうだろう」
「それは嫌ですね」
「止められぬよ。滅びは免れることはできない。誰しもそうだ。それを少し早めるだけ。ここはそういう場所だ」
「じゃあ、私たちが何をしても無駄だと?」
ニコが暗黒騎士に聞いた。
「その通りだ」
「ニコちゃん。言ったでしょう?それに聞いても無駄だって」
キャロラインの中で、もう結論は出ていた。
「キャロルちゃん?」
「この祭壇は破壊します」
キャロラインは祭壇に向けて構える。
納刀し、抜き打ち様に切り捨てる。
ように見せた。
「止めろッ!」
暗黒騎士がシフォスの制止を振り切って跳躍する。
「そっちへ行ったぞ!」
シフォスの叫び、跳ねながら抜刀する暗黒騎士。
キャロラインはくるりと祭壇に背を向け、飛びかかってきた暗黒騎士を迎撃した。
「祭壇の前にあなたを倒します。そう、言いましたよね」
刀を抜く。
それだけの所作に、どれほどの技があるか。
キャロラインはさきほどまで知らずにいた。
今だってハヤト神の力を借りて、ようやく扱える。
抜き放った刃は、暗黒騎士の無銘の大太刀と激突した。
「私を誘ったと!?」
「ええ。我を忘れ、私の前に大きな隙をさらす瞬間を、待っていました」
「なんと!」
祭壇を破壊するキャロラインを後ろから襲おうとした暗黒騎士。
焦りからか、その体勢は隙だらけであった。
キャロラインは丁寧に大太刀を打ち落とす。
絡みとられるように、暗黒騎士の大太刀は彼の手から抜け落ち、無防備になった胴にキャロラインは斬りつけた。
まったく防御できなかった暗黒騎士はくぐもった声をあげて、どさっと床に落ちた。
ひゅう、とシフォスは口笛を吹いた。
「見事な一刀だ」
「相手の虚を誘い、すかさず斬る。良い攻撃じゃったぞ、キャロライン」
と、メリジェーヌが誉める。
暗黒騎士は地の底から響くような声でうめき、そしてこう言った。
「もうよい。我が本体を解き放ち、先に貴様に滅びを与えてくれようぞ」
地に落ちた暗黒騎士が泡立ちながら溶けていく。
真っ黒な汚泥が泡立つのは、嫌悪すべき何かを見ているようで不安になる。
だが、私はここまで来た。
誰一人死なせずに、この二周目を攻略してみせる。
汚泥から昆虫の脚のようなふしくれだったものが幾本も生えてきた。
それらはねじくれて、からみあい、やがていびつな人形を形成する。
冒涜的なその形は、前回戦った時より、さらに醜悪だった。
「さあ、望み通りに出てきてやったぞ。我こそは“暗黒の霊帝”。滅びを推進し、加速する者なり」
「そちらが名乗るのなら、私も名乗らなければならないでしょう。……私はキャロライン・マークフロガ・リオン、滅びを免れるために刀を手に取った者」
一度は終わった局面を覆すために、キャロラインはこの場所へ帰って来た。
そして、今がその時。
前回はシフォスとキャロラインの二人だった。
しかし、今回はメリジェーヌも、ニコも、そしてラグレラも生き残っている。
「来い」
「行きます!」
キャロラインは一歩を踏み出した。
新たな歴史を刻むための力強い一歩だった。




